第六話 偽りの風
ディルセイとルフはバイクを走らせ、東外区の廃工場へとたどり着いた。
その工場は広くはあるが、数年も放置されていたせいかボロボロだ。
入り口は崩れていて、今は裏口からしか入れないのだろう。
「ディルセイ、窓の場所を確認しておいてくれ。いざとなったら君の狙撃が必要だ」
「ああ、すでに近辺の建物も把握済みだ」
頼もしいディルセイの返事にルフは口元を緩め、裏口へと回り込んだ。
グレイは言った、『例の脱獄犯』と。
ルフの認識が正しければ、この廃工場にいるのは恐らく…
「待ちくたびれた、あまり遅いと市民に被害が出るよ」
爽やかなマッシュ頭の青年は、呑気に壊れた機械の上でゲームをしていた。
黒髪だが、彼の目は淡い黄緑色に染まっている。
「脱獄犯なのに随分気楽だなぁおい」
「そりゃ気楽になるよ。やっと脱獄できたんだから」
両手を広げて彼は言った。
「俺の名前はイーザル・クロム、知っての通り脱獄犯さ」
「名乗るほどの付き合いにはならないと思うよ。君はすぐに僕たちに殺される」
「ははっ、どうだろうな。君たちは俺に聞きたいことがあるはずだ」
そう言われて、ルフは口を閉じた。
傍でディルセイが首を傾げるのが見えたが、今は気にしている暇はない。
「情報を提供して逃してもらえるだなんて思っていないだろうね。君は過去に人殺しを一回行っている。これは許されざる行為だよ」
「そんなこと言って…君たちは何人も殺しているんだろ?」
「馬鹿野郎、こっちは正義のために人殺してんだよ!」
ディルセイの声にイーザルは口元を歪め、機械の上から降りた。ようやくやる気になったのだろう。
ルフも懐からライターを取り出した。
「気をつけてくれ、奴は僕と同じような力を使ってくるはずだ」
「…?っておあっ!?」
訝しむように眉を顰めるディルセイに、謎の衝撃波が襲いかかった。
そのエネルギーはまさしく風、それに空気がかなり圧縮されたものだ。
「なんだよそれ!」
「終わったら全て話す!君は狙撃ポイントへ向かえ!」
ライターの炎を増幅させるルフを一瞥し、やがてディルセイは踵を返して外に向かった。
「彼がポイントについたら君はゲームオーバーだよ」
「大丈夫、俺はあの人に戦闘データの収集を任されているだけだからね。勝てようが勝てまいが、死のうが生きようがどうでもいいのさ」
いうと同時に、イーザルは再び突風を巻き起こした。
ルフが炎で受け流しつつそれを交わすと、背後の壁が壊れてしまった。
「まともに受けたらまずいね」
「いつまで避けられるかな!」
連続で放たれる衝撃波に、ルフは身をかわし続けるしかない。
炎が相殺されてしまう相手に対して、ルフは無力なのだ。
(君に全てを任せよう、ディルセイ)
一見怠惰に見える彼の考えだが、その方法が最善策だ。
ルフがここにとどまり続ける限り、イーザルの注意はこちらに向くのだから。
※
「さて」
あまり遠くはない、精々500m程度の距離にある廃ビルの屋上にディルセイは座っていた。
ギターケースから取り出した狙撃銃の調子が悪かったので、今は細かい部品の調整をしているところだ。
ディルセイの扱う『電磁狙撃銃』は、充電した電力を使って銃弾を放つというものだ。
弾丸の威力を増幅させるために、かなり多く部品が組み込まれている。
一つ一つの部品が銃弾の威力に関わるため、全ての部品を完璧にしておかなければならない。
いつかは機械に詳しい人物に、この銃の調整をしてもらいたいものだ。
「これで大丈夫だべ」
最後の部品の調整が終わり、ディルセイは廃工場の中を狙った。
苦戦とまではいかないが、ルフは防戦一方が続くといった感じだった。
そしてイーザルはこちらに気付いていない。
「地獄の皆さんによろしくな」
そう言ってディルセイは引き金を引いた。
だが…
「え、俺の銃弾そんな弱かったっけか?」
見れば、ディルセイの銃弾は奴の風によって勢いが相殺され、届いていなかった。
かすり傷ひとつつけることすら出来ないというのは、流石のディルセイも屈辱だ。
電磁狙撃銃の装填には30秒ほどの時間が必要だ。
連続で撃ちでもしなければ、やつに弾丸が届くことはないだろうに。
「しゃあねえな、そんなに俺の必殺技が見てえか」
口元を歪めてディルセイは言った。
自分の弾丸が強い力で相殺されるのならば、それよりも強い弾丸を撃てばいい。
そうとなれば早速準備だ。
必殺技に適応した部品配置に変える必要がある。
「すまねえなルフ、あと少し耐えてくれ」
テキパキと作業を終えると、ディルセイはもう一度廃工場を覗いた。
500mの距離でディルセイの必殺技を撃てば、防ぐことはまずあり得ないだろう。
最強の剣型の一つ、『黒雷』の力が込められた弾丸を防ぐことなど。
「『黒雷の弾丸』」
言い終えて、ディルセイは引き金を引いた。
※
正確に脳を撃ち抜かれたイーザルの死体を見ながら、ルフとディルセイはしばらく無言で立っていた。
しかしいつまでもこうしているわけにはいかない。
ディルセイはルフに聞かなければならないことがある。
ルフの炎を操る力や、イーザルの衝撃波の力に関してだ。
もしかしたら、今後それが関係した事件が増えてくるかもしれない。
そうなればディルセイも知っておく必要がある。
「教えろルフ、俺たちが高校を卒業してから何があった?」
ルフの目が山吹色に変色したのも、それが関係しているとディルセイは踏んだ。
だとすれば、事が起きたのは高校卒業後、ディルセイが別れてからだ。
ルフはどこか懐かしむような、寂しい目をしていた。
だがやがてその口を開いた。
「僕の能力について話すには、マンセル家について話す必要があるんだ」
「お前の家族が何かやらかしたのか?」
「ああ、アルダレオ・ウィアン・マンセルの野望は、僕たちが確実に止めなければならない」
《キャラクター紹介》
○ディルセイ・テロード
戦闘部に所属する、元殺し屋の狙撃手。
剣型は『黒雷』(主属性:?、副属性:雷)
○イーザル・クロム
脱獄犯、暴風を操る力を持つ。
何者かの助けを借りて脱獄したようだが、ディルセイの狙撃によって死亡した。




