異能記『太陽』
「本当か!?」
珍しく顔を輝かせ、アーサーは言った。
もう50近くまでいったくらいの年齢だ。
しかし日々のトレーニングを怠っていないからか、筋肉もあり若く見える。
ここはウエラルド国王アーサーと、女王であるリアナの部屋だ。
ベッド、棚、机以外は特に何もなく、棚の上にはアーサーの両親の写真が飾られている。
「ええ、本当よ」
「やったな!ようやく俺たちに子供ができたぞ!」
子供のように喜ぶアーサーに、リアナは頬を緩めた。
普段はもっと落ち着いた人なのだが、やはり子供ができたことは嬉しいのだろう。
リアナも診断結果を聞いた時は、思わず飛び跳ねてしまいそうになった。
「名前は決めているのか?」
「候補はあるけど、私が決めてしまって良いの?」
「もちろんだ、君が産む子供なんだから」
優しく微笑むアーサーに頷き、リアナは自身の腹部をさすった。
「ラーナよ。太陽のように、国を照らせる明るい子に育ってほしい…そう思ってつけたの」
「良い名だな。この国を統べるに相応しい」
※
「王族としての自覚はないのか」
王、アーサーは厳しい口調で言った。
ラーナがフォークとスプーンを両手で持ち、口の周りに食べかすをつけながら食べていたからだろう。
確かに彼女の食事作法はなっていないが、ラーナはまだ3歳だ。
「あなた、この子はまだ小さいのよ」
「小さいうちから作法をしっかり教育せねば、大きくなってから苦労するだろう。それにこのことは何度も注意しているはずだ」
「でも…だからってそんな言い方は…」
リアナの言葉に、アーサーはため息をついた。
「いいか、小さい頃から王族としての誇りを持っておくことで、将来この子が国を治めるときの気持ちが変わってくる。王族としての自覚を常に持ち、自分を自分の意思で高めていく。俺や父はそうやって成長してきた」
「……」
アーサーの言っていることは分かる。
それでも、リアナには可愛い我が子に厳しい言葉を投げかける気にはなれなかった。
するとアーサーが耳元に口を近づけて言った。
「それで良い。嫌な役目は俺が引き受ける。君はラーナに寄り添い、たくさん愛を注いでやってくれ」
言い終えると、アーサーはそのまま空になった食器をメイドに任せ、部屋を後にした。
※
「母上、それなあに?」
「これはね、陽刀っていうのよ」
森の周辺、騎士団を連れて剣技の特訓をするリアナに、ラーナが聞いた。
リアナの手には炎のように燃える山吹色の刀が握られている。
陽刀——王家だけが持つことを許される刀だ。
陽刀の製作には、非常に高価で希少な鉱石が用いられる。
だから王族にしか持つ資格は与えられないのだ。
「これは民を照らす光…いつか貴女にも陽刀が授けられるはずよ」
そっと微笑み、リアナはラーナの頭を撫でた。
ラーナはキョトンとしている。無理もない、民を照らす光などとこの歳でわかるはずもない。
さて、本日の剣技の特訓も終わった。そろそろ王城に帰るとしよう。
そんなことを考えながら、リアナがラーナを連れて馬車に乗ろうとすると…
「女王陛下!魔物の大群です!」
「…!数は?」
「五千以上です!」
馬鹿な、このタイミングでそれが訪れるとは。
見れば、森の木々の隙間から吐き気を催すほどの量の魔物が前進してきている。
間違いなくこれは災害だ。
最近、何が原因かは判明していないが、各地で災害が増えている。
この魔物の大量発生も100年に一度くらいの災害だったはずなのだが、最近では10年に一度くらいの間隔で起こっている。
もしかしたら、この世界に何か危険が迫っているのかもしれない。
「とにかく今はラーナがいるわ、この子の安全を最優先に。騎士団のうち1人だけ王城に帰って、アーサー王と騎士団長に災害の発生を知らせなさい。残った騎士は魔物を食い止めて」
「は!」
そういうと、騎士団員達は駆け足で魔物の元に向かっていった。
「ラーナ、馬車の中で良い子で良い子で待っていて」
「うん!」
無邪気な笑顔で送り出すラーナの頭をもう一度撫でた。
そしてどこか悲しげに、それでいて力強く言った。
「国を守るのよ」
やがてリアナは顔を引き締めた。腰に差した陽刀の柄を握りながら。
「『刹那の構え』!」
馬車から飛び出し、陽刀を抜き、リアナは叫んだ。
魔物はもう目前に迫っている。
やがて先頭の魔物が武器を振りかざした。
今こそ、王家に伝わる剣技を放つ時。
「『陽炎の舞【神威】』———ッッッ!!!」
煌めく炎刃が、魔物達の間を駆ける。
そして刹那の間に20体近くの魔物が散った。
このペースでいけば王が来るまで持ち堪えられる。
例え自分の身が散ったとしても。
「守ってみせる!刹那の———」
直後、とてつもない衝撃がリアナの脳を揺らした。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
気づいたのは倒れてから、目の前にいる巨大な人型の魔物が握る棍棒を目にしてからだ。
そのままリアナは、周辺の魔物達の総攻撃を受けた。
「陛下!」
駆け寄ろうとした騎士達も次々に魔物の群れに飲み込まれていく。
だんだん視界が暗くなってきた。
もう痛みも感じない。
だがその闇の中に、一筋の光を見た。
それはまるで、太陽だった。
※
魔物を一瞬で全滅させたアーサーと騎士団長は、急いでリアナの元に駆け寄った。
リアナはとても治癒できるような状態ではなかった。
顔は無惨にも腫れ上がり、至る所から大量出血している。
「残念ながら、助かりません…」
悔しげに顔を俯かせる騎士団長とは違い、アーサーはただ無表情でリアナを眺めていた。
そして——
「母上…?」
ラーナが馬車から降り、倒れたリアナの元へ駆け寄ってきた。
もう動かなくなったリアナの顔を覗き込み、首をかしげた。
「怪我してるの?」
「…ッ、ラーナ様…!」
騎士団長はラーナをそっと抱きしめると、涙を流して泣いた。
そして王も、無表情のまま涙をこぼした。
「リアナ…何故…」
そんな彼らの様子を、ラーナは訳もわからずに見つめている。
リアナの傍に置いてある陽刀を拾い、母の顔を見た。
ラーナはここで初めて、死の概念を理解した。
※
あれ以来、王は変わってしまった。
そしてラーナ自身も。
「アタシが国を守る」
冷たい目で王都を見下ろすアーサーを睨み、ラーナは歯軋りした。
顔もよく覚えていない母親の約束を胸に秘めながら。
第四章終了しました。
第五章も引き続き見ていただけると幸いです。
《キャラクター紹介》
○リアナ・ウエラルド
ウエラルド王国の女王で、ラーナの母親。魔物の災害によって死亡した。




