第六話 影を追う影
「ザパース殿、よろしいですか」
「ん?ああ、ルシファー副騎士団長か。どうぞ」
所長室で呑気に本を読んでいたザパースは、姿勢を正した。
所長室内は小道具と武器、そして大量の本で埋め尽くされていた。
その内容の殆どが剣の指南書で、一部物語や伝説が記されたものもあった。
ルシファーは所長室内を見渡して目を細めると、やがて口を開いた。
「勉学に勤しんでいらっしゃるところ申し訳ない。急用でこちらに参りました」
「急用、俺にか」
「はい。あとここの生徒一名にも関係が」
ザパースは自分の髭を撫で、ジン辺りかなあ何て考え、続きを促した。
「先日、とある村が何者かに襲撃されたとして、騎士団長率いる騎士団一行が調査に向かいました。魔物なのか、盗賊なのかは一切不明で、調査に向かった騎士団は誰一人として帰ってきませんでした」
「…まさか騎士団長もか」
「はい」
なんてことだ、顔をしかめると、ザパースは顎に手を当てた。
騎士団長は、自分とほぼ同じ実力を持っていたため、二人はかなり仲が良かった。
親しい友人を一人失ったという事実は、ザパースにとっては辛いものだった。
「状況は理解した。それで、この訓練所の生徒に関係があるというのは?おそらくその村出身の生徒なのだろう?」
「その通りです。被害を受けた村は、ここの生徒であるレクト・ジェイルの故郷。彼に伝えるのをお願いしたい」
レクト・ジェイル。数多くある無名の村から訓練所にやってきた、少し変わった少年。
普段は気弱で大人しいのに、感情が荒ぶることが稀にある。
しかし彼が決闘を申し込む姿も申し込まれる姿も見たことがないので、ザパースはそれ以外のことはあまり知らない。
だが、家族が亡くなったことを伝えるのはやはり心が痛む。
彼も強くなりたいという思いでここに来たに違いないのだ。
「うーむ分かった、彼には俺が伝えておく。調査の方は頼んだぞ」
「騎士団の誇りにかけて、必ずや」
※
「どうしたレクト、今日はいつもに増して元気ねえな」
現在7時45分、レクトは自分のベッドで何か考え事をしているようだった。
「何か悩みでもあるなら聞くぞ」
「いや…なんでもない」
そう言って、レクトは再び考え事を始めた。
まあ彼なりの、訓練に対する考えがあるのだろう。ジンは頭をかきながら部屋を後にした。
今日の訓練が終わったら、またアゼルスに決闘を挑んでみようか。
そんなことを考えながら講義室に向かうと、道中でイリアとアゼルスに会った。
「おうっ!?久しぶりだな!」
「あはは、何でそんなびっくりするかな…」
急に現れた二人に驚き、ジンは後ろに反り返った。
久しぶりに会った二人は、随分仲が良さそうだった。
「それでジン、剣技は出せるようになったのかしら?」
「うぐっ、い、今練習中だからな!」
「ジン君なら出せるよ、頑張って!」
痛いところを突かれて顔をしかめるジンに、イリアがエールを送る。
そうだ、まず剣技を出すところから始めないと、アゼルスに勝つなんて夢のまた夢。
しかし本当に、一向に剣技が出せないのだ。
ジンは他の訓練生よりも人一倍努力しているという自覚がある。それは他の訓練生からの評価も同じだった。
毎晩庭にいる生徒の中で、ジンは一番遅くまで鍛錬に勤しんでいる。
もちろん学校に通っていた頃も、フィクスにさまざまなアドバイスを貰った。
自分の中の魔力を練り出す感じだとか、剣先に集中するとか、そんなアドバイスだ。
別に身の回りに、参考になる人がいなかったわけではないのだ。
何故、ジンは剣技が出せないのだろう。
何も言わずに黙り込んでしまったジンに、アゼルスが声をかけた。
「一度、私が見てあげてもいいわよ」
「…ッ!本当か!?」
「ええー、それなら私も見てほしいよ〜」
「分かったわ、参考になるアドバイスができるか分からないけど、二人まとめて見てあげる。今日は少し予定があるから、明日の夜の自由時間にでも、正門で待っていて」
「あ、ああ、ありがとうな」
まさか訓練所最強の剣士から指南して貰えることになるとは思わなかった。
剣技が出せるようになることは期待していないが、大きく成長できることは間違いないだろう。
その日はその場で別れ、講義室で訓練の説明を受けた。
午前の訓練の内容は、再生樹を斬るというものだ。
再生樹はまさに剣の修行のために生まれてきたかのような木で、光った枝を瞬時に斬ることができなければ、たちまち再生する。
それを時間内にどれだけ斬れたか、記録を更新していく訓練だ。
そこで、ジンの力が発揮される。
「どっせええええええええええい!!!!!!!!」
人一倍努力したおかげか、ジンは他の訓練生を凌駕する反射神経で次々と再生樹を斬っていた。
その様子には流石に驚いたのか、アゼルスやマルクなどの生徒もぎょっとしている。
このように剣技以外の面では、ジンは他者よりも優秀な成績を残していた。
「剣技以外なら任せとけ!」
※
「今日のジンは凄かったな、流石に驚いた」
「…そうだね」
エリックとレクトは、訓練所の屋上でジンの鍛錬を見ていた。
ジンの訓練はエリックも感心するような効果的な訓練ばかりで、時折こっそり真似てみたりもしている。
本人は自覚していないが、ジンはこの訓練所の多くの生徒の目標となっていた。
そろそろ0時に近づこうとしている時、満足したのか、ジンは建物の中に入っていった。
ジンが建物の中に入っていくのを確認すると、エリックはレクトの方を見た。
「それでレクト君、君が俺をここへ呼んだのには理由があるんだろう?」
「うん、ちょっとした用がある」
レクトは眼鏡をクイっと押し上げ、エリックに近づいてきた。
彼らの距離は5m、その距離を着実に埋めてくるレクトに、エリックは嫌なものを覚えた。
「用があるならさっさと言ってくれないか」
エリックが言うとレクトはその場で止まり———
「ああ、そうだな。俺もさっさと用を済ませたい」
———突如、周囲の空気が凍ったように下がり、辺りの影が一層濃くなった。
そして夜闇に紛れて、漆黒の影が蠢く。
全長約1.5mの影、間違いなくレクトだったものだ。
それが瞬時にして分解され、エリックの背後に回り込む。
そして彼の腕にナイフを突き刺した。
「…な、何をしているっ!?」
慌てて飛び下がり、エリックは剣を抜いた。
腕に突き刺さったはずのナイフはいつの間にか消え、血だけがだらだらと溢れていた。
目の前には、影の状態から再び人間へと戻ったレクトがいた。
「うん、血を見るってのは良い。やっぱりこれが一番の快楽だ」
レクトは両手を広げ、大振りな手つきで言った。
エリックは信じられないようなものを見るような目でレクトを見ていた。
今のレクトの状態は、普段の彼からは想像もできないほど、静かな狂気に満ちている。
何故彼はこんな、隠す気のない害を自分に与えたのだろうか。
いずれにせよ、この場をしのがなければならない。
一刻も早くこの傷を癒す必要がある。
「こ、こんなことをしても大丈夫だと思っているのか…!?」
「いや、衝動が抑えられなかったんだ。所長に報告でも何でも——」
レクトがそう言った直後、真紅の刃が駆けた。
速度は一瞬、まさに戦意の力を全て解放したような技だった。
「お前に言わなくちゃならない事があったんだが、それを言う前にお前に退所宣告をしなくてはならないようだな」
鋼の長剣を肩に担ぎ、所長ザパース・グレイクスは冷たい目でレクトを見下ろした。
その獅子の如き威圧に、エリックは腰が抜けそうになる。
だがレクトは、
「分かっています…元から出ていくつもりでした…」
先程の豹変はどこへいったのか、いつもの気弱な少年へと戻っていた。
そのままとぼとぼと訓練所を後にし、彼の姿は再び夜闇へと消えた。
エリックは思考をフル回転させていた。
レクトがした行動の意味が分からなかったのだ。
ザパースはエリックに近づいて傷の確認をした。
「傷は浅いな、彼がやりたかったことが分かったような気がする」
「…どういうことですか?」
「お前に知られては彼も浮かばれないだろう。さあ、傷を治してやるから俺の部屋についてこい」
そう言って、ザパースは屋上を後にした。
※
「僕なりに考えた結果…サイコパスを演じるのが良いと思ったんです。そうしたら…優しいエリックもしっかり通報してくれるはずなので…」
王都の路地裏で、レクトはある男と話していた。
「ちょっと予想外なことが起こりましたが…結果的には問題ないと思います…」
「——そうか、これで問題なく『異能士団』に入れるだろう」
男は奇妙な、黒い服装に身を包んでいた。
膝までかかるほどの長いコートに、マントがついたような服だ。
そして腰には、虹色に光る剣と、金銀それぞれの双剣が差されていた。
「念のため聞くが、もう訓練所にお前以外の『異能者』はいないんだな?」
「はい…確認はしてあります…」
「いいだろう」
納得したように頷くと、男はマントを翻して路地裏をあとにすべく、通りへ向かった。
「村を滅ぼしたあの男への復讐心を忘れるなよ、『隠者』」
そういうと、黒服の男———エルド・デルフ・エスパーダは不敵に笑った。
《キャラクター紹介》
○ルシファー・メルティア
ウエラルド王国騎士団の副団長。
失踪した騎士団長の行方を調査している。
○レクト・ジェイル
ジンのルームメイト。
唐突にエリックに襲いかかったため、訓練所を追い出された。
○エルド・デルフ・エスパーダ
ジンの兄で、今代の剣聖。
とある村を滅ぼした人物を追っているらしい。
レクトと手を組んでいる。




