第五話 悪転向
現れた男がエルドだと、ジンはすぐに気づいた。
だからこそ、彼を恨んだ。
なぜもっと早く来てくれなかったのだ。
あと少し早く来てくれていれば、イリアは死なずに済んだのに。
「違えよ、違うだろうが…ッ!」
『みんなを守る最強の剣士』、イリアに語った夢だ。
守りたい女一人を守れないで、何がみんなを守れるだ。
人に頼らず大切な人を守る、それがジンの意思だったはずだ。
今更エルドに責任を求めてもどうしようもあるまい。
「俺がもっと…強けりゃよかったんだ…」
拳を握りしめ、ジンは前方で繰り広げられる戦いを見た。
エルドの戦い方は、金と銀の剣を両手に持ち、剣技を使わずに戦っている。
幼少期の記憶だが、エルドは魔力が人より少なかった。そのせいだろう。
しかし、エルドは剣技を使わずともヴァルタイユと互角に戦っている。
あれが剣聖エスパーダの力、本来ジンにもあるはずの力。
努力が足りなかったのだ。
訓練所最強と自惚れ、日々の訓練を疎かにしていた。
ならばするべきことは一つ。
「おい、立てよ」
「ああ」
黄髪の男に手を差し伸べられ、ジンは立ち上がった。
気づけば全員、周囲からいなくなっていた。
「エルドが奴を引きつけているうちに全員避難させる手筈になってる。早く行こうぜ」
※
「異能者は逃げ出した、追わなくていいのか?」
「大丈夫さ、すでに目的は達成された」
「何だと?ならばなぜ尻尾をまいて逃げない」
「そんなの、復讐に一生懸命な君へのせめてもの慈悲に決まっているじゃないか」
嘲るようなヴァルタイユの言葉に、エルドは顔をしかめた。
舐められたものだ、しかしエルドはここでヴァルタイユを倒せるとは思っていない。
まだ先の話、ヴァルタイユの能力を暴いた時こそが決戦の時だ。
異能者を逃す時間は十分に取れた、エルドも鞘を収める必要があるだろう。
「戦いは中止だ、俺は帰る」
剣を納めつつも、エルドはヴァルタイユの攻撃にいつでも対応できるよう柄に手を当てている。
しかしヴァルタイユはエルドを信じ切っているかのように背中を見せた。
「また会う日を楽しみにしているよ、何年か後になるだろうけど」
「ふん、それまでにカケラを集めておくとしよう」
踵を返して、二人は正反対の方向へと向かった。
片方は憎悪を瞳に宿らせて。
そしてもう片方は、嗤いを浮かべて。
※
「ジン!イリア!」
城に避難した10人の訓練生の中に、二人の姿が見当たらない。
フィクスが二人の状況を皆に聞いても、苦い顔をするだけだった。
「ジンなら、剣聖様に連れられてどこかに行ったよ」
翡翠色の髪をした体格のいい訓練性に話を聞き、フィクスは再び地下に向かった。
イリアがいないというのが気がかりだが、ひとまずジンの安否を確認せねば。
通路を駆け抜け、先程の広間へ行くと、そこには探していた少年の姿があった。
「ジン!よかっ——」
「お前が、異能者を集めさえしなければよかったんだ!」
唐突に、ジンの罵声が響いた。
見ればジンはエルドに掴みかかり、涙を流している。
そしてそんなジンを、エルドは冷たく見下ろしていた。
「待て待てジン、確かにヴァルタイユは異能士団の強化を防ぐために異能者を殺そうとしているわけだが、何もエルドを責めるこたあねえだろうよ」
「お前はなんでここに来た?」
「そりゃあ…故郷を滅ぼされたからさ。あいつらに」
「ヴァルタイユがお前の故郷に来たのも、エルドのせいなんだぞ」
「う……」
エルドを庇おうとしつつも、何も言えなくなってしまうウァルス。
フィクスは、この状況が大体理解できた。
しかし一つ確かめたいことがある。
ジンの状況だ。
「…ジン?」
「………フィクスか、久しぶりだな」
鈍色に染まった瞳を揺らせながら、ジンは笑ってみせた。
「聞けよ、イリアが死んじまった」
「……ッ」
何となくそんな予感はしていた。
おそらくイリアは、『星』と『正義』を庇って死んだのだろう。
だからジンはエルドのせいにしようとしている。
当然だろう、全ての元凶と言わないが、間接的にイリアを殺したのはエルドだ。
だがエルドは先ほどから全く動じず、ジンの姿をただ見下ろすだけだった。
「話はそれだけか?」
「…ッ、てめえ…ッ」
「用がないなら出ていけ。新たに加わる四人の戦士に関する仕事を色々済まさねばならんのでな」
「は?」
ジンは信じられないというような顔をして、フィクスとラーナ、そして二人の訓練生を見た。
「お前ら、まさかこいつに付く気なのか?こんな人間の味方になるのか?」
「…兄貴、別に俺はこの人の意見を肯定するつもりはない。正直俺もこの人の元で働くのは気が引ける」
「お、おい、新入り?本人目の前にいるぞー?」
「でも、ヴァルタイユがした行いを見て、放って置けなくなった。世界も救って、彼らの企みを阻止しないと」
「あんなの『正義』が黙って見ているわけにはいきません!」
フィクスも二人に同感だった。
エルドに責任があるとは正直言えない。
しかし間接的に殺したのは確かなのだ、それをあの態度で突っぱねていいはずがない。
彼の元で働くなどごめんだ。
でもヴァルタイユの行いは非人道的なものだ。
フィクスは、それを放って置けなかった。
「…そうかよ」
ジンの目には、何も映っていなかった。
その鈍色の瞳は、何か別のものをずっと見ているようだ。
そのままジンはとぼとぼと足を動かし、やがて階段を登って城を出ていった。
「邪魔者もいなくなった、入団の手続きをしようか」
そういうと、エルドは四人を一瞥することもなく奥の部屋に向かっていった。
四人は渋々エルドについて行こうとしたが、ウァルスにその気はないようだった。
「先行っててくれよ、ジンに用があるからさ」
※
最初は自分を責めた。
もっと力があればよかったと。
しかし責任転換ができる相手が見つかり、ジンは容赦なく責任をなすりつけようとした。
だがエルドは認めなかった。
結局ジンの力が足りなかったのだ。
その事実を噛み締め、今は前に進むしかない。
再びヴァルタイユに会った時のために。
「おーい」
城を後にするジンの後ろから、ウァルスと呼ばれていた男が追いかけてきた。
「なんだ、用がないなら帰ってよかったんだろ?」
「うん、でも俺がお前に用があるからさ」
間抜け面で答えるウァルスにジンは顔を顰めた。
全く呑気な男だ。先程の場面でも一人だけ和やかにしていた。
こういうタイプの人間は、おそらく仲間が死んでもあまり悲しまないのだろう。
「これからどうするんだ?訓練所も破壊されちゃったみたいだし」
「修行の旅に出る」
「やっぱあれか?ヴァルタイユに復讐したいんだな?」
「…ッ」
先ほどから何が言いたいのだろう。
引き止めておいて、あったばかりの人間を心配するフリをする。
馬鹿馬鹿しい。
「まあそう急ぐなって、俺はお前を異能士団に推薦したいだけなんだ」
「あ?お前さっきの話聞いてたのか?」
「さっきって…復讐したいって話か?」
はあ、とジンはため息をついた。
すでにエルドとジンの会話の内容は覚えていないらしい。
つまりこの男は、『復讐したいなら異能士団に入るといいよ』と言いたいのだ。
冗談じゃない、エルドの元でヴァルタイユを探すよりは、ジン一人で探した方がマシだ。
「とにかく俺は異能士団には入らない。一人で復讐するんだ」
そう言って、ジンは再び歩き出した。
もうここに戻ってくることはないだろう。ヴァルタイユを倒すその時まで。
「お前、自惚れるなよ」
不意に放たれたウァルスの発言に、ジンの足は止まった。
「…何だと?」
「お前が一生かかっても、ヴァルタイユには勝てないぜ。剣交祭の戦いを見て分かった。エルドでも互角なんだから、お前じゃ無理だよ」
その通りだった。
イリアを守る力がなかった自分に、ヴァルタイユを殺せるものか。
歴代最強と謳われる剣聖も互角ときたものだ、勝ち目はない。
「大人しく仲間になれよ。みんなの力があれば、あいつらなんて楽勝楽勝」
「…クソが」
一人じゃ何もできない自分の手に悪態をつき、ジンはウァルスの後についていった。
ここに入る目的はもちろん、復讐のためだ。
訓練所とやることは変わらない、ただ訓練に励めばいい。
(世界の危機なんて知ったことかよ)
『みんなを守る最強の剣士』、その夢はとっくに霧散していた。
《キャラクター紹介》
○ジン・デルフ・エスパーダ
剣聖の家系に生まれた灰色の髪をした少年で、第四章の主人公。
剣型は『黒炎』(主属性:?、副属性:炎)、戦意解放力は65%
○クロス・メルティア
ルシファーの弟。ジンを兄貴と呼ぶ。
剣型は『流星』(主属性:炎光)、異能は『星』、戦意解放力は70%
○ティリア・ファシー
戦闘が好きなツインテールの少女。
剣型は『光流』(主属性:光、副属性:風水)、異能は『正義』、戦意解放力は70%




