第三話 月明かりの下で
「なんか、悪いこと言っちゃったなって」
頬を膨らませながら、ラーナはベッドの上で貧乏ゆすりしていた。
正面の椅子にはアゼルスが座っていて、紅茶をすすっている。
「幼馴染侮辱されたら傷つくものなの?アタシはそういうのいないから分からないけど」
「だって、フィクスがジンの話を聞くときは毎回目が輝いていたもの。ジンの幼馴染ってなんであんなにジンのこと好きなのかしら」
首を傾げるアゼルスに、ラーナは顔を顰めた。
この少女もジンのことを話すときは散々自慢げだったくせに。
ラーナには、なんであれほどジンが好かれるのかが分からない。
アゼルス曰く『夢に一途』らしいが、それだけで好かれるものなのか。
「とにかく、私はフィクスに謝るべきだと思うわ」
「謝るって…このアタシが?」
「謝罪してはいけない人間なんていません」
「はあ…分かった」
深いため息をつくと、やがてラーナは立ち上がった。
「でも、なにをすればいいの?」
「確かにあまり会わないし、フィクス実験で忙しそうよね」
「またベランダに飛びついて来てくれないかしら」
そんなことを言って窓を眺めるラーナに、アゼルスは近づいて言った。
「じゃあ、デートとか誘ってみれば?」
「は?なに言ってんの?」
「あれ、違った?」
唐突に訳のわからないことを言ってのけるアゼルスに、ラーナは心底呆れたような顔をした。
まさかこの女、ラーナがフィクスのことを好きだと勘違いしているのではないか。
冗談じゃない。アゼルスとルシファーのメルヘンチックな脳内妄想を他人に押し付けるのは流石に勘弁だ。
しかし、呼び出すと言うのは良い作戦かもしれない。
「良い店でディナーをするついでに、さりげなく謝る。うん、これがいいわ」
なんだかんだでデートっぽいことをしようとしているラーナに、アゼルスは苦笑を浮かべるしかなかった。
※
「という伝言をもらってきたわ」
中庭にて、アゼルスがフィクスにデート(?)の件を伝えると、フィクスは訝しむような顔をした。
「僕殺されたりします?」
「あ、それは絶対ない。断言するわ」
すでに仲が悪い姫君から夕食の誘いとは、後ろから刺されてもなんらおかしくはない。
国民を守る立場がそんなことをすれば大問題だが、彼女ならやりかねない。
まあ、アゼルスがそう言うならば信じておくことにしよう。
「どうだアゼルス、俺たちも一緒に夕食…」
「馬鹿言わないで、今日はイスブルさんが組んだ勝ち上がり戦をやる予定があるでしょう」
「しまった、すっかり忘れていた」
額に手を当てるルシファーを尻目に、フィクスはラーナのことを考えていた。
フィクスを殺すのが目的ではないのだとしたら、一体なにがしたいのだっろう。
まさか嫌いな人とただ一緒に夕食を取りたいとは思うまい。
「なにもなければ良いんだけど」
※
待ち合わせ場所———王城の正門から少し離れた場所にある小さな公園で、フィクスは少し早めにベンチで座っていた。
公園には本当に誰一人としておらず、待ち合わせ場所として以外にはなにも使えそうにない。
時間まであと一分、唯一公園にある中で役に立つもの、時計を眺めながら、フィクスは時が過ぎるのを待っていた。
しかし時間になってもラーナが来ることはなく、代わりに灰色のフードを目深にかぶった人物がベンチの隣に座った。
さらに十分ほど待ってみたが、彼女がくることはなかった。
人を侮辱した挙句、約束の時間を守らないとは、とんでもない姫様である。
すると…
「いつまでここにいるつもり?」
不意に灰色のフードを被った人物が不機嫌そうに言った。
その声は聞き間違えるはずもない。
「ひ、姫?」
「はあ?ずっと気づいてなかったの?」
「あ、当たり前じゃないですか、そんなに目深にフード被られちゃ分からないですよ」
慌てるフィクスにため息をつき、ラーナは立ち上がった。
「なら、さっさと行くわよ」
※
ラーナが美味しいと称賛するレストランに向かう途中、フィクスは彼女の格好について聞いてみた。
「まさかアンタ、王族が自由に城を出入りできると本気で思ってる?」
ラーナに言われて、フィクスは納得した。
王族が城を自由に出入りできないから、変装して出てきたのだ。
規則も守らないとは。また一つ彼女の評価が下がった。
「でも、規則を破ってまでここにきた理由って?」
「…実は……」
何かを言いかけ、ラーナは顔を顰めた。
その後小さくうめき声をあげ、やがて声を張り上げた。
「謝りたかったのよ!」
「…え?」
「はあ?二回も言わせるとか最低じゃない!」
まだ一回しか言っていないのに喚くラーナに、フィクスは目を瞬かせるしかない。
今彼女は謝りたいと言った。
あの姫がだ、今夜は雨が降るかもしれない。
「でもなぜ急にそんな気になったんですか?」
素直に疑問だった。
あれ以来特にフィクスと会ったわけでもないのに、急に気が変わるだろうか。
「アゼルスに言われた」
「あ、やっぱりそんな感じでしたか」
「でも、アタシは本気で悪かったって思ってる」
またもや放たれた真摯な言葉に、フィクスが再び目を瞬かせた。
「アタシ、剣聖が嫌いだったの。だからついあんなこと言っちゃって」
「そうだったんですね。僕もすみません、無礼な口聞いて」
しかしまた疑問が生まれた。
「なんで剣聖が嫌いなんですか?」
「そんなの、羨ましいからよ」
不貞腐れたように、ラーナは言った。
「アタシは小さい頃から外に出るのも許されていなくて、ずっと部屋で本ばかり読んでいた。なのにあの兄弟は自由に外に出られて、訓練所のみんなと一緒に剣を学べる。なんで同じ貴族でここまで差が出るのかしら」
そんな彼女の思いを聞いて、フィクスは後悔した。
フィクスは今まで、「貴族だからどう」とか「下品な姫」だとか、そんな言葉ばかり彼女にかけていた。
自身の位が気に入らないラーナに対して、なんと残酷な言葉だったか。
それに彼女、きっと表では気品のある振る舞いをしているのだろう。
前にクアランドの魔導兵団長と会った時は、「お淑やかな女性だったわ」だなんてルシファーに話していた。
だから裏ではここまで歪んでしまったのだ。
それに剣聖という立場の境遇をみれば、妬んでも仕方あるまい。
先ほどまでどん底だった彼女の評価が一気に上がった。
むしろ自分の評価が下がった。
今後はもっと人に対する接し方を変えていかなければ、理想の騎士にはなれないだろう。
「色々すみませんでした、姫の心境を理解できずに」
「…お互い様ってとこかしら」
ふと、二人は空を見上げた。
散りばめられた無数の星の中に、一際大きく輝く月がある。
ふと思った。今もどこかで、ジンとイリアは月を見上げているのではないか。
「あれ、見て」
ラーナが指さした場所には、一人の少女が月を見上げていた。
紳士服を着た白髪の少女だ。
服装に違和感を覚えるが、あの年でこんな夜道に一人でいるのは危ないだろう。
「そこの君ー、親はいないの?」
フィクスは声を張り上げて少女を呼んだ。
すると少女はゆっくりこちらを向き、中折帽から露草色の瞳を覗かせた。
「…ここにくることは知っていた」
どこか感情が抜けたような声でそう呟き、どこからともなく白い骨でできた槍を取り出すと、フィクスに襲いかかった。
「…『月弧』」
「——ッ、『雷神・暴風剣』———ッ!!」
水色に輝く氷属性の剣技をフィクスは咄嗟に放った剣技ではじいた。
なにが起きているのか分からない。
しかし、やるべきことは分かっている。
この姫を守れ、騎士として。




