第二話 城内生活
「よりによって本当に姫のプライベートを見てしまうとは…。せめて別のベランダを掴んで欲しかった」
「ごめんなさい…」
頭を抱えてうずくまるルシファーに、フィクスはひたすら謝るしかなかった。
先程フィクスがラーナに実験のことを話すと、何故かルシファーが叱られる羽目になった。
散々罵倒されて叱られて、挙げ句の果てにそばにいたアゼルスにも笑われる始末、落ち込まないわけがない。
そうでなくてもルシファーのメンタルは意外と弱いのだ。
立ち直るのは遅くなりそうだ。
「なあ、アゼルス。膝枕を頼んでもいいだろうか」
「は、はあ!?なに急にわけわかんないこと言ってるの!」
口元を緩めて放ったルシファーの言動に、アゼルスは顔を真っ赤にして後退りした。
前々からルシファーのアゼルスに対するこういう発言が多いのだが、その度に彼女はこんな反応をする。
お互いに気があるのではないか、フィクスは見ている分には愉快だった。
「いや、頼む。部下を慰めてくれ」
「貴方ね…」
メンタルブレイクモードに突入したルシファーにはなにを言っても聞くまい。
次の作戦がいつになるかもわからない以上、彼のこの状態は早めに解除しておく必要がある。
仕方なくアゼルスが正座をし、ルシファーの頭を膝の上に乗せた。
ルシファーは幸せそうに深いため息をつくと、やがて眠ってしまった。
「あっ、ちょ…どうすればいいのかしらこれ…」
「あはは、起きるまでそのままがいいんじゃないですか?」
「…嘘でしょ。ルシファーの昼の睡眠時間ってどれくらいだったかしら」
「せいぜい3時間程度ですね。本を持ってきましょうか」
「そうね、お願い。はあ…なんでこんな目に…」
額に手を当てて嘆息する彼女を尻目に、フィクスは中庭を後にした。
外で騎士団長が副騎士団長に膝枕をしながら本を読んでいる光景、他の貴族が見たらしばらくの間笑いの種になりそうだ。
その度にルシファーは落ち込みそうだが、それもまた一興。
本をとりに行くために図書室へ向かうと、豪奢な服装をした姫ラーナが本を数冊持って退室するところだった。
「あら、無礼な平民じゃないの」
「下品な姫じゃないですか」
フィクスの発言に、ラーナは眉を顰めた。
「その態度はなおっていないようね」
「僕の友人への愚弄は忘れませんよ」
すました顔でそういったフィクスは、先程のことに思いを馳せた。
※
「あなたは貴族に対して肝が座っているようね、緊張もまるでない」
「幼馴染に剣聖の息子がいたんです、ジンって名前の。ほら、剣交祭で優勝した彼ですよ」
「ああ、あの剣聖に遠く及ばぬ弱者のことを言っているのね」
「…っ!」
唐突に放たれた侮蔑の言葉に、フィクスは息を呑んだ。
弱者、確かに一時期のジンはそうだったかもしれない。
卑屈になり、劣等感を感じていた。
しかしそれを乗り越え、今では訓練所最強と言われるほどまで強くなった。
これも全て、彼の努力の賜物だろう。彼の努力は、人の何倍もすごかった。
そんな今のジン・デルフ・エスパーダを、誰が弱者と呼べるだろうか。
少なくとも、この姫よりは誠実に生きているに違いない。
「あなたよりは十分強いですよ、彼は」
「…、へえ、言うじゃない」
この出来事が、互いの敵視のきっかけだった。
※
「すっかり良くなった、ありがとう二人とも」
「そのメンタルの弱さが演技だったらぶっ飛ばすわよ」
「もしかして、膝枕して欲しかっただけですか?」
「な、なにを言うんだ二人とも。俺は本気でこのメンタルの弱さに悩んでいるんだぞ」
大広間で、城内の貴族が揃って舞踏会を楽しんでいた。
週に一度この会が行われ、そのたびに豪勢な食事が並ぶ。
フィクスは貴族ではないので、居た堪れない気持ちで端の方で静かに食事をしていた。
簡単に手で持って食べられるものを必要数だけ持って行くフィクスを見つけると、決まってルシファーがやってくる。
今日はアゼルスも一緒だ。
「それにしてもフィクスはあまり食べないのね。ジンはもっと食べていたのに」
「いや、なんか烏滸がましいかなーって」
「彼は平民の自分はあまり高級なものを食べてはならないと思っているようだ」
「な…」
アゼルスは怪訝な顔をすると、フィクスの手を引いてテーブルに連れてきた。
そしてさらに大量の料理を盛り付けると、強引にフィクスに押し付けた。
ドラゴンの肉を見ただけで目眩を起こしているフィクスに、アゼルスは指を突きつけた。
「いい、この国では実力があるものがいい暮らしができるの。君は十分強いんだから、こういう豪華な食事が許される立場にあるのよ」
「そんなこと言ったって…こんなに食べられませんよ…」
「フィクス、男らしくなりたかったらたくさん肉を食べるんだ」
「そうよ、女の子っぽいって気にしてたじゃない」
「うーん」
引き締まった美しい筋肉を見せつけるルシファーと、豊満な胸部を揺らせるアゼルスに気圧され、フィクスはドラゴンの肉を口に運んだ。
はっきり言おう、美味しすぎる。
こんなに美味しいものは食べたことがない。
「やっぱり僕じゃ割りにあいませんよぉぉぉぉ!」
目を回して倒れ込むフィクスを、慌てて二人が抱き起した。
彼がこの城に来て一年、まだまだ生活には慣れていないようだった。
※
二つの影が王都の城壁の上に佇んでいた。
紳士服、中折帽、かの組織に所属する二人だ。
一人は白髪の少女、長い髪を三つ編みで二つに結び、目が見えないほど深く帽子をかぶっている。
体格は小さく、せいぜい13歳程度と言ったところだろう。
そしてもう一人は、ヴァルタイユだ。
「…リオとディオンは?」
白髪の少女はまるで感情がないといった声色でヴァルタイユに質問した。
「ディオンはまだ慣れていないから置いてきた。リオはこない。今王都にはエルドがいるからね」
「…幹部最強が来ないなんて」
「そういうな、臆病は時に最善の結果を生む。それに今回の作戦は、僕と君二人で十分だ」
嗤いを浮かべると、ヴァルタイユは城壁の外を見た。
『星』と『正義』が帰ってくるのは明日、それまでゆっくりと過ごすとしよう。




