第九話 禁忌の魔法
「すまない、まさか君にそこまで信頼されていたとは」
「いや、俺が人に頼るようなことをしたからだ。もっと考えるべきだった」
しかし今回の事件、ほとんど何も問題がないように思える。
ディオンは『死神』を捨てることを望んでいて、ハデスは異能が貰えればマレンを返してくれると言っていた。
大人しく異能を渡せば済むことだ。
「リーフ、それはピュアすぎねえか」
リーフの考えは、マーカスに真っ向から否定された。
「奴は冥王だぞ。『死神』の力を使って何をするか分かったもんじゃない」
「…そうだった」
浅はかだった。『死神』の希少性をよく理解できていなかったようだ。
だとすれば今回の事件は大問題だ。
ハデスの目を欺いてどうにかマレンを取り戻す必要がある。
でなければマレンは死に、ディオンは処罰を受けてしまう。
「…あたしがマレンを助けに行く」
不意にルイネが口を開いた。
「一人で行くのか」
「ディオンの尻拭いはあたしが」
「ダメだ、許可できない」
エイルスは彼女の意見に反対している。
もちろんリーフも反対だ。危険なうえ成功率も低く、メリットがない。
「先生がいくってのはできねえのか」
「いや、私が赴くわけにも行くまい。見なさい」
そういうと、エイルスは自分の腕を見せた。
そこには禍々しい紋章が刻まれている。
「一時的に相手の場所を特定できるようになる『スキャン』という闇の魔法だ。あの男、余計な警戒をしてくれる」
「闇属性なんですか?」
「ああ、自在に形を変える闇属性と水属性は開発魔法と相性がいいんだ。冥王のおかげで危険な魔法がいくつも流れてしまった」
やはり彼が過去にこの国に及ぼした影響は凄まじいものらしい。
現代の人が恐れていても当然だ。
「なら、ルイネには僕がついていきます」
「…リーフがか?実践経験は少ないだろう」
「でも、他に方法はあるんですか」
「……」
エイルスとて、生徒に行かせる以外方法はないと分かっているのだろう。
今から王都に救援要請するのでは遅すぎる。気まぐれでハデスがマレンを殺していてもおかしくはない。
「…分かった。3人でいくといい。ただし、無茶はするな。最悪の場合『死神』を渡して逃げるんだ」
「わかりました」
そういうと、リーフ達3人は『英雄の墓地』を目指して走り始めた。
リーフは知らないが、他の二人は場所を知っているようだった。
「必ず戻れ、全員でな」
祈るように、エイルスは呟いた。
※
『英雄の墓地』は、かつて存在した11人の英雄の墓がある墓地のことだ。
クアランドでは一部の人間が、英雄から恩恵をもらえるとしてここに拝みに来るらしい。
周囲は濃い霧に包まれており、いかにも魔物が出そうな雰囲気である。
マレンは墓地の柵に魔力の縄で腕を縛り付けられ、その側をハデスが落ち着きなくウロウロしていた。
「まだかな、割と楽しみ」
そんなことを呟いて、ハデスはマレンを見た。
「なんか昔話でも聞く?」
「いりません」
「おいおい冗談だろ、物語は知っておいて損はないんだぞ」
ハデスは信じられないと言った素振りを見せると、また背を向けて歩き始めた。
すると…
「約束通り一人で来たぞ」
ポケットに手を突っ込んで、ディオンはいつもにまして鋭い目つきでハデスを見た。
ハデスは彼の覚悟を認めたのか、真剣な顔で歩み寄った。
『死神』の継承をするつもりだ。
「その前にだ、俺は君を仲間にスカウトしたい」
「仲間?」
「ああ、共に魔法の極致を見るための仲間だ」
魔法の極致、それはいまだにたどり着いたものはいない。
あのクアランド王でさえも。
魔法の起源はなんなのか分かっていない。
人の文明だと唱える者もいれば、この星のものではないという者もいる。
その魔法の真理を解き明かし、魔法の頂点に立つ。それが魔法の極致だ。
「なんで俺なんだ?」
「君は俺の知らない感情を知ってる。俺が『死神』を得たとして、苦悩することはないだろうしな」
ハデスは少し考え込むようにして言った。
「あと、純粋に戦力が足りない」
「戦力か、あんた一人で十分そうだけどな」
「残念ながら足りない。実は今、とある剣を作っていてね。それには『世界のカケラ』が必要だ」
『世界のカケラ』、聞いたことのない単語だ。
おそらく魔力関係のものだろうが、その性質を名前から予測することは不可能だ。
「知ってるかな、今世界はピンチなんだ」
「…まさか、戯言はやめてくれ」
「いいや本当だ。かつて存在したアホ『魔王デリア』が、『禁忌の魔法』を発動させたせいで世界が壊れたんだ」
「それが本当なら、もう少し詳しく一から説明してくれ」
「ふむ」
またハデスは考え込むような仕草をし、やがて口を開いた。
「世界は10段階の形態がある。そして1段階壊れるごとに死定者と災害の量が増える。その形態を破壊する方法こそが『禁忌の魔法』だ。この魔法はまさに万能、最強の攻撃魔法にもなるし、最強の防御回復魔法にもなるし、時間だって超えることができる。ただし、一回使うごとに世界を一回壊す。その時に生まれるのが、魔力の塊である『世界のカケラ』。これさえあれば最強の剣が作れるんだが、あいにくカケラは一個しか集まっていなくてね」
「カケラを集めれば、剣を強化できるのか」
「そ、魔法の極致に興味ない?」
ここでイエスと答えるものはいるだろうか。
否、ディオンにそんな選択肢はない。
「断る」
「『テンペスト』———ッッッ!!!」
「『エンジェルフォース』」
ディオンが手を挙げるのと同時に、ハデスに二つの中級属性魔法が襲いかかった。
動じることなくハデスは『シールドフォース』を展開し、二つの魔法を防ぎ切った。
そのうちにディオンがマレンの縄を斬り、3人はものすごい速度で逃げ出した。
イリアが『光速術』と名付けたものの魔法バージョン『ソニック』。
光属性の魔力を足に纏わせることで、凄まじい移動速度を得ることができる。
しかしそれは敵も同じこと。
「一匹捕まえた」
ニヤリと笑い、結界を張った。
直後、リーフのみがその場に閉じ込められることになった。
「まずは君からだな」
ハデスは装束を靡かせながら、闇の魔力を纏う掌を前に突き出した。




