第八話 冥王再臨
暗い森の中を、一人の少年が歩いていた。
ディオンだ。
不意に散歩がしたくなったのだ。
「姉さん、最近綺麗になったな」
以前までの色濃い隈はなくなり、美しい銀色の目がはっきり見えるようになった。
手入れの仕方がわからないのか、髪はボサボサのままではあるが。
リーフといる時間も長くなった。
やはり共同作業をすると仲良くなるものなのだろう。
「俺も早くみんなの輪に入りたいよ」
だが、異能が封印されたとして、自分はあの輪の中に入れるだろうか。
すでにあの中にいる『死定者』を知ってしまっているというのに。
「そんな考え、頑張ってくれてる姉さんとリーフに失礼だよな」
封印されたらされたで、残された時間を楽しく過ごそう。
そんなことを考えていると。
「あれ、少年、こんな夜中に何やってるの?」
不意に、全身白で覆い尽くされた黒髪の男が姿を現した。
手ぶらだ。おそらく魔法使いだろう。
「何だあんた」
「ん?君もしかして『死神』じゃない?」
ディオンの正体を見事に当てて見せると、男は飛び跳ねた。
「いやー!なんて運がいいんだ俺!最高の日だよ!」
「何者だ」
「君を助けてあげられる人だな」
片眉を上げて男は言った。
助けるとは、何を言っているのだろう。
「この装置を、こういう向きで、学校の三階にある魔法陣の中心に置いてくれたら、『死神』を継承されてやるよ」
「……」
正直胡散臭い。
もしかしたら、学校に何か手を出すのかもしれない。
しかしあの学校にはエイルスがいる。
彼女に実力を間近で見たことのあるディオンにとって、この提案はおいしいものだった。
「分かった。絶対にだぞ」
※
「…できた」
以前よりもさらに巨大化した魔法陣を見て、リーフとルイネは顔を見合わせた。
魔法の効果を調べたが、完全に『死神』を封印できる仕組みになっていた。
「早速ディオンに施そう!僕が呼んでくるよ!」
リーフは嬉しそうに部屋を飛び出していった。
それにしても、こんなに早く魔法が完成するとは思ってもみなかった。
完成する前からすでに心臓の鼓動が聞こえていて、今もまだ止むことを知らない。
これも全てリーフのおかげだ。
彼の熱意とそれに伴った技術で、かなり多くの作業がスムーズに終わった。
まるで自分が二人いるくらいに順調だった。
「終わったのか?」
信じられないといった様子でディオンが入室してきた。
当然だろう。この学校に来て数年の間、ルイネの苦労を目の当たりにしていたのだから。
ディオンはどこか安心したような表情をすると、ゆっくり魔法陣に近づいた。
『異能封印【死神】』、魔法陣の中心に立った対象の異能『死神』を封印する設置型魔法だ。
「それじゃ、魔法を起動するよ」
リーフとルイネは魔法陣に魔力を注いだ。
直後、魔法陣が急速に回転し始めた。魔法起動の合図だ。
やがて魔法陣から光が飛び出し、ディオンを包んだ。
その光に、ディオンは目を奪われていた。
もう『死神』の異能に苦しまなくてもいいんだ。
そんなことを思っているのだろう。
だがそんな期待は簡単に裏切られた。
「…終わりか?」
「え?」
「魔法はもう終わりか?」
ディオンの問いに、二人は答えられなかった。
魔法が効かなかったのだ。
何故だ、異能の効果を把握し、魔法陣テストでもちゃんと機能したのに。
異能の力とは、そこまで凄まじいものだったのか。
「いいよ、気にしないでくれ」
「…ごめん」
口で謝りながらも、ルイネはとてつもない喪失感でいっぱいだった。
あらゆる手を尽くし、完璧な魔法を作ったのに。
だがディオンはそこまで気にしていないようだった。
「良かったよ、手を先に打っておいて」
直後、爆音が響いた。
※
慌てて外に出た生徒とエイルスは目を疑った。
結界が破壊されている、その事実を受け止めることができなかったのだ。
「馬鹿な、貴様は何者だ」
エイルスは正面に佇む男に聞いた。
「貴様って…なんか口悪くない?仮にも学校の教師でしょうよ君」
「黙れ、貴様は客人ではない」
「あ、そう。冥王ハデスって言えばもてなしてくれる?」
その言葉に、リーフ以外の生徒は愕然とした。
リーフがマレンにきくと、どうやら伝説上の人物らしい。
なんでも、かつて存在した英雄をほとんど滅ぼし、どこかに封印されたのだとか。
「仮にも彼は英雄だ。その名を借りるような輩は始末したほうがいいだろうな」
「おいおい、始末しちゃうのかよ。人質がいるってのに」
「…ッ!?」
気づけばハデスは、マレンを片腕で抱えていた。
目で追えない速さに、ようやくその場の全員が危機を覚えた。
間違いなく、目の前にいる存在は伝説上の者だと。
何らかの方法で、封印を解除したのだと。
「まあそう身構えないで。俺は『死神』の能力もらうついでにド派手な挨拶をしたかっただけだからさ。全然派手じゃなかったけど」
戯けて見せると、ハデスはディオンの方に近づいていった。
ディオンは恐怖に目を見開いていて、とても彼らしくはない表情だった。
「てことで、後で一人で『英雄の墓地』に来てくれよ。言っとくけど、他のやつ連れてきたらこの女の子殺るかもしれないからね」
そういうと、ハデスはマレンと共に消えた。
あらかじめその『英雄の墓地』とやらに、移動魔法『ワープ』を設置しておいたのだろう。
「…俺のせいだ」
誰一人として、その場から動くことはできなかった。




