第六話 シールドオーラ
「ダメか…」
暗く、魔法陣の光のみが照らす部屋の中心で、ルイネは目を擦った。
彼女が向き合っているのは、十三個の魔法陣を組み込んだ、超大型の魔法陣だ。
『異能を封印する』という魔法に必要な魔力はこの2年である程度把握し、研究も順調になっていい頃合いなのだが、開発は一向に進まない。
国王はずっと研究室にこもっているため、ディオンの異能を封印してもらうどころかまともに話をすることもできない。
自分がやらなくてはならない。より早く弟の苦痛を無くすために。
「…次は『ワードキャンセル』の上位互換魔法の開発を試そう」
今ある魔法では限界がある。
やはりパーツとなる魔法回路を全てそれに対応させなければ。
他の魔法を参考にするなど甘えである。
ルイネが新たな魔法を開発しようと、床に書いた魔法陣を消そうとすると…
「姉さん、いいか」
ドアがノックされ、ディオンの声が響いた。
ルイネが返事をすると、ディオンは相変わらずの目つきでルイネの顔を見た。
「相変わらず酷い面だな、あまり無理はしないほうがいい」
「…あたしは何も困ってない」
もう聞き飽きたセリフをルイネが呟くと、ディオンは呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「新入生のリーフっているだろ、姉さんは食事に降りて来ないからあまり話してないかもだけど」
「…連れてきたのはあたし」
「そうか、それでそいつなんだが、姉さんの研究を手伝いたいから魔法を頑張ってるらしい」
ディオンの話を聞いていたルイネの手が一瞬止まった。
正直嬉しい。
しかし足手まといになりそうで怖い。
ルイネがしている作業は常人にはできないことだということはルイネにもわかっている。
ここにきたばかりの少年が、自分の域に達するとは到底思えない。
「合格ラインは…2週間で上級魔法が発動できるくらいかな…期待はしないでおくけど」
「ならまだ希望はある。リーフがここにきて四日目だが、先程すでに中級魔法を繰り出せた」
「…思ったよりやるみたい…マレンやあんたほどじゃないけど…」
「俺は期待してるよ」
そう言って、ディオンが部屋を出ようとした。
「…他人と関係を持ちたくないあんたが珍しいことをいう」
「………」
ルイネの呟きには何も答えず、ディオンは部屋を後にした。
どうせまた、窓から外を見に行くのだろう。
毎日彼が窓から何を見ているのか、マレンから聞かされているのだから、それくらいのことはわかっていた。
※
「上級魔法の回路がよくわからないなら、防御魔法の練習をするといい」
エイルスにそう言われ、リーフは『シールドオーラ』という防御魔法を練習している。
『シールドオーラ』とは、魔法や物理攻撃をある程度防ぐことができる設置魔法だ。
上級魔法と中級魔法の中間くらいの難易度で、魔力量と魔力運搬の精度によって耐久力が変わる。
属性魔法のように魔法陣がいくつも重なり合っているわけではなく、複雑な文字と模様が多いというだけだ。
そのためシンプルな魔力運搬技術が鍛えられる。
防御魔法は『シールドオーラ』以外には存在しない。
存在しないというのは大袈裟だが、ほとんどが開発魔法だ。
開発魔法は開発した本人の魔力に対応した魔法であるため、他の人間が使うことは難しい。
だから『シールドオーラ』は練習になるだけでなく、プロも愛用する絶対覚えておくべき魔法なのだ。
「でも中級魔法を覚えていれば、発動はあまり難しくないな」
リーフは少し安心したように言った。
これなら、あと数分で出せるようになるはずだ。
しかし『シールドオーラ』は、その程度の認識では甘いようだ。
「リーフ、『シールドオーラ』が魔力運搬の練習に適してる理由を教えてあげようか?」
「え、何か特別な理由があるのか」
「実はこの魔法、実戦では複数配置しながら使うんだよね」
マレンの言葉を聞いて最初は理解できなかったが、理解してからリーフは納得したように頷いた。
実戦で複数配置しながら戦う、それはもう魔法陣を重ねる行為と同じだ。
これだけ複雑な魔法陣を持つ魔法だ、少しずつ設置量を増やして練習していけば確実に魔力運搬技術は上昇するだろう。
そして、上級魔法の魔法陣が理解できるようになるはずだ。
「まあそういうこと。お望みとあらば耐久力のテストもしてあげるよ。私の魔法でね」
「そうやって魔力運搬の精度を上げていくんだな。わかった、よろしく頼むよ」
そういうと、リーフは早速防御魔法の練習を再開した。
まずは一つ『シールドオーラ』を出せるようにならなければ。話はそれからだ。
※
次々に魔力のトラップが起動され、紳士服のコートを着た連中は次々に倒れていく。
しかしその中の誰も悲鳴をあげることはなく、ただ笑みを浮かべていた。
中には拍手をする人間もいた。
アクトにはわからない。
なぜこうも死を受け入れられるのか。
なぜこうも笑っていられるのか。
なぜこうもアクトが仕掛けた罠に絶望する人間がいないのか。
「気に食わねえ、あの男が嗤ってりゃこいつらも笑っていやがる」
頭を掻きむしりながらアクトは『魔窟』を進んでいく。
彼らの絶望を全て食い尽くそうと思っていたが、拍子抜けである。
仕方ないので、そのまま目的を果たすことにした。
『魔窟』の中心には、紅く輝く宝石が宙に浮いていた。
その宝石を回収することが、今回の目的である。
「俺さ、最強の剣思いついたんだよね」とハデスが呟いたのがきっかけで、アクトはここ数ヶ月『魔窟』の場所を探し続ける羽目になった。
しかしハデスの元を離れることはできない。
彼に協力すれば、のちに彼が起こす大騒動のきっかけに全てアクトが関わることになる。
そうすれば絶望が手に入り、アクトの能力が著しく上昇する。
宝石を手に取り、アクトは出口へ向かった。
「『滅剣』、その威力が楽しみだよハデス」
桃色の髪の少年は軽く笑った。
のちに手に入る絶望の量への期待に胸を膨らませながら。




