第五話 白い装束
目を覚ますと、部屋にはディオンとエイルスがいた。
ディオンはいつも通りベッドでぼうっとしているが、エイルスは常に回復魔法をかけてくれていたようだ。
彼女の手から眩い光が溢れ出している。
「良かった、無事で何よりだ」
エイルスは安心したように微笑むと、少し気むず気難しげな顔をした。
「マーカスの行為だが、今まで気づいていなくてすまない。君が被害届さえ出せば、彼には処罰が下るだろう」
エイルスはマーカスについて話し始めた。
彼は貴族の家に生まれ、親からの期待を背負って魔法学校に入学した。
しかし彼にはまるで才能がなく、周囲の人間の倍以上の努力を毎日続けたにもかかわらず、まるで向上しない。
いつしか彼は劣等感に苛まれることになる。
そしてある時を過ぎた頃には、もうすでに自分自身の腕の向上をあきらめ、新入生を片っぱしから倒して自分の居場所を守るようになった。
リーフにしたように。
普通なら被害届を出して、学校から離れさせ流だろう。
だが…
「被害届は出しません。僕は彼の行動を隠蔽します」
「…理由を聞こう」
リーフがキッパリと言ったことに対し、エイルスは眉を顰めながら理由を聞いた。
「彼が貴族の元に生まれて、才能がないのにプレッシャーを受け続ければ、歪むのは仕方のないことだと思います」
「だから人を傷つけてもいいと?」
「いえ、彼は成長するはずです」
あの状態は、転機があれば絶対に解決するだろう。
それにもしかすると、今回のことが転機になったかもしれない。
マーカスがもし本当は善人であるのならば、リーフはそれに賭けたい。
リーフは真っ直ぐな視線をエイルスに向けた。
「そこまでいうのなら仕方ない。彼の成長に私も賭けてみよう」
小さく笑うと、エイルスはリーフに同意した。
「しかし彼は今回のことは特にショックだったようだ。君に突然負けたと言っていた」
マーカスが負けた、それは当然リーフが勝ったことを意味する。
だとすれば、その勝敗を決めたのはもちろんアレだろう。
「先生、僕が気を失う瞬間、視界が赤くなったんです。それでマーカスを吹き飛ばしました」
「ほう、聞いたことがない現象だな」
「そうですか…」
エイルスなら何か知っているかもと思ったが、世の中うまくいかないものだ。
「一応調べてみよう。こう見えて私は王立図書館の出入りが自由だからね」
そう言って、エイルスは部屋を後にした。
あの力の正体はともかく、これでリーフは心置きなく魔法の勉強に励める。
※
魔法を放つ際の魔力運搬は、もはや魔法陣をなぞるように魔力を運ばせていると言っても過言ではない。
そのため、複雑な模様が描かれた属性魔法の発動は困難を極める。
出せるようになるためにはとにかく練習が必要、これが、魔法を複数学ぶのが厳しい理由である。
しかしリーフは、二日目にして『ウィンド』のコツを掴み始めていた。
「でも私達初日でできたよ」
「うるさいな、集中できないだろ」
マレンが呑気に放った言葉に、リーフはため息をついた。
マレン、ディオン、そしてルイネはとにかく凄い。
マーカスが劣等感を抱くのが必然であるほど優秀なのだ。
言わずもがなルイネはトップクラスの実力を誇る。
剣型『旋風』は主属性が風、副属性は光。
風、水、光の最上位魔法を完璧にこなし、すでに自作魔法をいくつも所持している始末だ。
下手すればそこらの魔道兵よりも強い。
マレンは闇属性を巧みに使いこなし、速度や威力のあらゆるステータスがランダムに振り分けられた変幻自在の魔法で相手を追い詰める。
彼女の魔法を目にした時は、あまりの美しさに目を奪われてしまった。
彼女の剣型は『獄界』、主属性が闇で副属性が風だ。
ディオンは炎属性の魔法で、とにかく相手のミスをつぶしにかかっていく。
マレンとディオンの決闘を見た時は、マレンの少しのミスを全て拾い上げ、設置魔法を駆使して完璧な勝利をおさめた。
剣型は『副炎』だから、その威力の弱さを立ち回りでカバーしているのだろう。
そしてついこの間まで、ルイネに匹敵とまではいかないが超優秀な魔法使いが2人いたのだという。
少しマーカスに同情してしまうような面子である。
リーフも早くこの3人に追いつく必要がある。
そして異能を封印する魔法の手伝いをしなければならない。
ルイネとディオンのためにも。
「「おっ」」
不意に小さな風が手から飛び出し、リーフとマレンは同時に声を上げた。
『ウィンド』の完成だ。
まだまだ練度は低いが、出せたという事実が大きな一歩である。
リーフが内心で喜んでいると、マレンが笑顔で肩を叩いた。
「おめでとー!次は中級魔法だね!」
「いやいや、僕の『ウィンド』まだ実用的じゃないんだけど」
「やってきゃ慣れるよー、中級魔法練習してたら初級魔法上手くなったし」
「え、それじゃあもう上級魔法まで飛んじゃおうかな」
リーフがそんなことを言って上級魔法の魔法陣ページを開いた。
するとそこにあったのは、いくつもの複雑な魔法陣だった。
模様や文字の数がこれまでの比じゃないくらいで、大きさもある。
それがいくつも重なり合ってようやく一つの魔法なのだ。
「こんなのを一瞬でやってるってこと!?」
プロの魔法使いとの違いに、リーフは目を剥くしかない。
こんなものが本当にできるようになるのだろうか。
「はいはい、積み重ねが大事なんだから、早く中級魔法やる!」
マレンに促され、リーフは渋々中級風属性魔法『テンペスト』のページを開いた。
先程の上位魔法ほどではないが、この魔法も三個ほどの魔法陣が重なっている。
『ウィンド』を覚えたばかりのリーフにとってこれは苦行である。
「でもね、これ割と簡単なんだよね。ただ魔法陣三つに意識を配りながら『ウィンド』より少し複雑な回路に魔力を通していくだけなんだよね」
「それができたら苦労しないって!」
最も簡単そうに言ってのけるマレンに、リーフは改めて格の違いというやつを思い知らされる。
こんな調子で、ルイネの隣に並べるのだろうか。
「いや、めげるな僕。高い目標を持つことが大事だって昔の偉い人が言っていたじゃないか」
頬をぱんと叩くと、リーフは『テンペスト』の魔法陣と向き合った。
これを、五日以内に使えるようにして見せる。
※
「英雄とは、過去に魔法の時代を統率した12人の魔法使いである。その頂点であるゼウスは雷の魔法の使い手で、他のどの魔法使いよりも強かった。しかし一人の英雄が裏切り、自身の好奇心のために多くの国民を犠牲にした。そして英雄に反撃の旗を掲げ、たった一人でゼウス以外の英雄を全て葬り去った。ゼウスは彼を『寂寞の虚界』へと封印し、世界に再び平和が訪れましたとさ」
くらい夜、森の中である集団がいた。
全身を白い装束で覆った男は、愉快そうに笑いながら本を閉じた。
「カッコよくない?この伝説。俺結構好きなんだよね。君たちは?」
男が振り向いた先には、紳士用のコートに身を包んだ人物が10人ほど控えていた。
彼らは男に問われたにもかかわらず、依然として口を開くことはない。
「なんか喋んない?おじさんちょっと寂しいよ。せっかく協力関係にあるのに」
「我々はヴァルタイユ様の命令により、『魔窟』の攻略に力を貸すだけです」
「つれないな、おい。まあいいや、俺には友人がいるから」
するとすぐそばに、何かが降り立つ音がした。
「おいおっさん、俺はあんたの友人になった覚えはない」
「そういうなよアクト、俺は本気で君を信じてるんだぜ」
降り立った少年は、いつだったか森でジン達を遭難させた男、アクト・バロピサだった。
どういうわけか、この二人とヴァルタイユの配下は何か共通の目的を持っているようだ。
「実はさー、アクト君にお願いしたいことがあってさ。このつれない連中と一緒に『魔窟』を攻略してきて欲しいんだよね」
「それは構わないが、あんたはどうするんだ」
「ちょっと学校に野暮用があって。せっかく外に出て来れたんだから新人を見に行きたいし。なんか気になる人いるし」
白い後ろ姿をくねくねさせながら、男は魔法学校の方角へと歩き始めてしまった。
仕方ないのでアクトは、ヴァルタイユの配下を連れて夜闇に消え去った。
「驚くだろうなー、みんな。まさか英雄ハデスが『寂寞の虚界』から出てきたなんて思いもしないだろ?」
《キャラクター紹介》
○マレン・リミヘル
魔法学校の生徒。リーフの魔法の訓練に付き合っている。
剣型は『獄界』(主属性:闇、副属性:風)
○ルイネ・フレデミ
魔法学校の首席生徒。ディオンを救うために『異能を封印する魔法』を研究している。
剣型は『旋風』(主属性:風、副属性:光)
○ディオン・フレデミ
異能『死神』により両親を失ったことがきっかけで、周囲の人間と距離を置いている。
剣型は『副炎』(副属性:炎)
○ハデス
ゼウス以外の英雄を皆殺しにした裏切り者の英雄。
自身の好奇心を満たすため、魔法の極致を目指している。




