第三話 死神の呪い
ディオンの部屋は、ベッド以外何もない部屋だった。
明かりもついておらず、どういう意図なのかカーテンを閉め切っているので、お互いの顔がよく見えていない状態だ。
ディオンは部屋を借りることを許可してくれたので、リーフはエイルスから明かりを貸してもらい、部屋につけることにした。
カーテンも全開にして、ようやく部屋が明るくなった。
リーフはルームメイトのディオンと仲良くなるべく、先ほどから様々な質問を投げかけている。
しかしそううまくは行かない様だった。
「へえ、ディオンは14歳なんだ」
「…お前、なんで俺のことを知ろうとするんだ?」
「それはもちろん、仲良くなるためさ。同じ部屋に住むなら仲良くしたいじゃないか」
「そうか」
ディオンは気難しげに眉を顰めると、赤い瞳を真っ直ぐ向けてリーフにきいた。
「もし仲良くなった人が死んだら、お前は悲しくないのか」
「え?」
「俺は嫌だよ」
「いや、でも、誰だって死ぬ可能性はあるじゃないか。そんなこと言ったら誰とも仲良く出来ないよ」
リーフが疑問符を頭に浮かべてそういうと、ディオンは笑みを口に浮かべた。
「いや、死ぬ運命にある人間は決まっている。そして誰が『死定者』なのかを確認できるのが異能『死神』の能力だ」
なるほど、つまりディオンは死定者を見定め、その人が死んだ時に悲しくならないように距離を置いているということだ。
死定者というものの存在はよく分からないが、おそらく寿命ではなく途中で死ぬ人のことを指すのだろう。
「リーフ、お前が先ほど言っていた『人の運命は決まっている』というのは間違いではない」
「ああ、僕の思想の話か」
「俺の両親は死定者だった。そして俺がそのことを教えてやると、二人はその場で心臓を押さえて死んだ」
「…!」
ディオンの話を聞き、リーフは息を呑んだ。
大切な人が死ぬ、その事実を異能に宣告され、それを伝えることも出来ないまま、大切な人が死ぬのを見届ける。
そんな地獄の様な生活が嫌だから、ディオンは距離を置いているのだろう。
それなら『死神』の能力なんてない方がいい。
「そんな能力誰も欲しがらないだろうし、人に継承させるって選択肢すらないわけか」
「異能の継承は別に相手の同意が必要なわけじゃないが、こんな思いを他の人に味わわせたくない」
「アドバイスとかは出来ない感じなのかな」
「間接的に死定者だということを伝えるのか。それを伝えて死んだらどうする」
ああ、異能の概要のほとんどは判明されていないと聞く。
しかし『死神』の能力からすれば、異能者自身も能力の概要を知らなかったのかもしれない。
この少年のように、他の人を実験台にすることを恐れていたのだ。
「分かった、ありがとうディオン。僕は他の生徒にも挨拶をしてくるよ」
「そうか」
ディオンはベッドに寝転がり、リーフに返事をした。
※
「また変な虫が湧いてきたってのかよ」
廊下で出くわした黒髪の少年は、面倒くさそうに頭をかいてそういった。
年齢はリーフの一つ年上くらいだろう。
黒い髪をオールバック…とまでは行かず、前髪を少しだけ垂らしている。
体は筋肉質で、魔法使いというよりは剣士といった感じの風貌である。
「変な虫…それは僕のことを言っているのか?」
「ああそうだ、邪魔な奴のことだ」
「その言い方はないだろ、僕や他の生徒を侮辱しているのか」
「はっ!侮辱か!それは嫌味にしか聞こえねえな」
嘲るように笑うと、少年はリーフを軽く小突いて通り過ぎていってしまった。
感じの悪い態度に腹を立てながらも、リーフは目の前にある女子部屋に向き直った。
ルイネとマレンの部屋らしい。
ルイネにはここへ運んでもらうときに会ったが、挨拶はまだ出来ていなかった。
きちんとそういうのは済ませるべきだと考えたのだ。
「あれ?」
リーフは女子部屋の扉をノックしたが、返事がなかった。
中にはいないのだろうか、念のため開けて確認してみることにした。
「おーいルイ…、…何してんの」
中に入るとそこには、巨大な魔法陣を前に作業をしているルイネの姿があった。
部屋は暗く、本棚が壁沿いにぎっしりと敷き詰められている。
「…魔法の実験」
「何で姉弟揃って明かりつけてないんだ」
「…このほうが魔法陣が見やすいから」
相変わらず隈を目元に浮かべ、ルイネはボソリとつぶやいた。
改めて魔法陣を目にして、リーフはゾッとした。
巨大な魔法陣には1mmほどの極小の文字が書かれていて、そのほかにも紋章や無数の線などが描かれている。
一体何を目的としてこんなことをしているのだろうか。
「ひょっとして、君がこんな不健康そうなのはこれのせい?」
「…あたしは困ってない」
リーフの質問に、ルイネはぶっきらぼうに答えた。
「あー!そうだった!この部屋入れちゃダメだったんだ!」
不意に後ろからマレンの声がした。
びっくりして振り返ると、マレンがリーフの手を引っ張って部屋から引き摺り出した。
女子部屋のドアをバタンと閉め、マレンはリーフに言った。
「今あの子魔法の開発してるから、入っちゃダメなの」
「魔法の研究…?」
「そう、魔法を開発するときは、魔法陣で魔力の流れを研究しながら作らなきゃいけないの」
そう言われ、リーフは眉を顰めた。
魔法を作る際、予め魔力のルートを魔法陣のような複雑な形で決める必要があるのだとすれば、その魔法陣の形を覚えておかなければ『トーチ』などできるはずがない。
エイルスは一体何を考えているのだろうか。
「それで、彼女は何を研究しているんだ」
「『死神』の異能を封印する魔法」
「え、そんなこと出来ないはずだ。異能はどんな魔法にも勝てるっていうのが一般常識だろ?」
「そう、それが一般常識。でもこの国クアランドの王であるアラスタ王は、自分に全ての異能が通用しない魔法をかけているんだって」
さすが魔法の国の王、常識というものをしっかり破ってくる。
つまりルイネは、ディオンに『死神』の異能が効かなくなる魔法をかけようとしているのだ。
そうすることで、ディオンが感じている苦しみを解いてあげようとしているのだろう。
「ルイネは魔法が凄く上手でね、もうすでに3属性の上級魔法を使えるんだ」
3属性の上級魔法がつかえる、これは凄いことだ。
エイルスの話によれば、人は一生のうちに属性を一つ決めてから学ぶ必要がある。
リーフより少し年下に見える彼女がそれを為せるというのは、とても信じ難いことだった。
「魔法の開発にはとにかく時間がかかる。リーフも見たでしょ、あの複雑な魔法陣。あれずっとやってるから彼女不健康そうなんだよ」
「そうだな、僕もルイネに協力しよう」
「え、なんて?」
「僕は魔法を沢山勉強して、ルイネやディオンの力になるぞ!」
リーフが魔法を学ぶ具体的な理由ができた。
できたのだが、それはあまりにも無謀な考え方だったのである。
リーフは自分の魔法技術がどれくらいあるのかは分かっていないが、彼女に追いつくためにはまず『トーチ』を手本なしで成功させる必要がある。
善は急げ、リーフは早速リビングルームに向かった。




