第八話 覚えのない力
「ここで何をしている?」
落ち着き払った、しかし厳格な雰囲気を漂わせる声が闘技場の通路に響き渡った。
「おおう!?エルド!何でここに!」
「俺のことはどうでもいい、お前たち三人は何をしていた?」
エルドに睨まれ、三人の人物は縮こまった。
一人はレモン色の髪を長く伸ばし、円に近いほど目を開いた間抜け面の長身男。
一人は茶髪を逆立たせ、目はまるで炉やエンジンのように燃えたぎった少年。
一人は血のような髪色をした癖っ毛の少女だ。
そして三人はエルドと同じ、黒いコートとマントが合わさったような服を着ている。
「何してたって言ってもなあ…オレたちゃ一応仕事してたんだぜ」
レモン髪の男は、耳に絡みつくような声でそう言った。
「まあ勿論剣交祭が見たかったってのもあるけどよ…」
「馬鹿野郎、集まった女の子見るのがいいんじゃねえか!ほら!な!?」
茶髪の少年は燃えるような目をさらに輝かせて、観客席にいる若い少女たちに目をやった。
その様子にエルドはうんざりしたような顔をし、三人の襟元を掴んで引きずろうとした。
「ま…待ってください。実は選手の中に『異能者』っぽい人が…」
「そうだぞお前!女の子の首元掴むなんて羨ましいこと……え?『異能者』?」
少女が小さく手を挙げ、騒ぐ少年を尻目にエルドは少女を睨みつけた。
「なるほど、確かに異能の力を感じる。ではお前たち三人に、『異能者』を観察する任務を与える」
「えぇ…唐突すぎねえ?まあいいけど」
「『異能者』が女の子なら、俺は喜んで観察するぞー」
「あの…やめてください。私そういう発言あまり好きじゃないんです…」
「…………俺は任せたからな」
三人にどこか不安を覚えながらも、エルドは自分のやるべきことを遂行すべく踵を返した。
※
「解放力90%…!」
その驚くべき数値に、その場にいた誰もが驚きを隠せなかった。
戦意解放力が80を超えるのも滅多にないことなのに、90となれば天才の域である。
彼が隠し続けていた実力は想像よりもずっと高かったのだ。
予想以上にピンチなクロスの試合を、ジン達3人は食らいつくように見ていた。
「…『剣域』使えて戦意解放力も90%とかもうあの人訓練生じゃないですよ!」
「お前も十分やばいだろ」
「ジン君も十分凄いけどね」
ティリアがあんぐりと口を開け、ジン、イリアと流れるようにツッコミが入った。
しかし冗談抜きで、本当にクロスに勝ち目がない。
現在クロスは距離を取ろうにもマルクの超スピードに押されて、確実に場外が迫っている。
それに反撃しようとしても、彼の剣域『風域・減速の型』によって押し出されてしまう。
まさに八方塞がりであった。
クロスはもう場外ギリギリ、
だが唐突に、ティリアがこんなことを言った。
「でも多分大丈夫です」
「……なんで?」
「クロスはおそらく持っていますよ。あたしも同じだから感じるんです」
ティリアはクロスの戦いをじっと見つめながら呟いた。
「多分彼、『異能者』です」
直後、マルクが床に跪いた。
正確には、上からのしかかる何らかの力に耐えている、そんな状態だ。
見れば、クロスは顔を強張らせて何やら念じているように見えた。
特に手を前に突き出すこともなく、ただ睨みつけるだけで跪かせているらしい。
「何をした…ッ」
必死に耐えながら、マルクは顔を上げてクロスを睨んだ。
当のクロスは観客席の一角、おそらくルシファーがいる場所を眺めて、クロスはやがて視線をマルクに戻し、
「ごめんなさいマルクさん、あなたはここで敗北するはずじゃなかった。ただ…」
念じるように目を見開いた。
直後マルクの体が一瞬で吹き飛ばされた。
マルクはあっという間に場外へたどり着き、壁に激突しそうというところで壁に向けて剣技を放ち、ダメージを軽減した。
そして驚愕したような顔でクロスを見た。
「相手が悪かった、それだけです」
クロスは二つの剣を鞘に納め、無言で観客の歓声を浴びた。
「勝者、クロス・メルティア!」
ザパースの声が上がり、会場を包む歓声はさらに大きくなった。
※
「全く、耳が壊れるかと思ったぞ…」
エリックが耳を押さえて顔をしかめている。
「あんまり白熱する試合はしないでほしいんだが…」
「お前の耳貧弱すぎねえ?」
ぶつぶつと文句を言うエリックに、ジンが呆れたように返した。
やがて一回戦で敗北した選手四人は背中を小さくして控室を後にした。
それにしても、まさか本当に異能を使い出すとは思わなかった。
おそらく重力操作の類だとは思うが、それを初めてで使いこなせるとは。
ティリアに聞いてみよう。
「なあ、異能の使い方とかって、分かるもんなのか?」
「あ〜、まあーそうですね!正確には『ある日突然声が聞こえる』って感じだったような気がします」
「気がするって…」
おそらく彼女はだいぶ前に声とやらが聞こえたのだろう。
それにある日突然とは、誰の声だかは知らないが、少し不親切な気がする。
それはそうとして、これで一回戦が終わったということになる。
クロスが異能を発動するという思いがけないハプニングがあったが、無事に準決勝に進めたようでなによりだ。
「さて、準決勝のトーナメントを言う。まあ、トーナメントだからだいたい分かるとは思うが…」
そう言って、ザパースは試合の内容を発表した。
ジンvsティリア
イリアvsクロス
最初はジンとティリアの戦いだ。
今のところティリアには『死線』でしか勝てていない。
さらにティリアは『光速術』を習得している。この戦いは前回よりもさらに苦しいものとなりそうだ。
「では、二人とも入場してくれ」
「え?一回戦と準決勝の間って休憩ないのか?」
「ない、早く行け」
ザパースに促され、ジンとティリアは肩を並べて歩き出した。
ジンは、アゼルスやフィクスに応えるため。
ティリアは、ジンとの戦いを楽しむため。
それぞれの想いを胸に歓声を浴びた。
やがて、試合開始の合図が響き渡った。
「始めッ!」
「『黒滅斬』———ッッッ!!!」
やはり剣技特攻は最初に撃っておくべきだろう。
撃ちながら段々と距離を詰めていく。今はティリアに直接刃を届けることだけを考えよう。
だが、ティリアは受け流すことすらせず、『光速術』で全ての剣技を交わせている。
やはり習得していようだ。冷や汗が額をつたい、ジンはそれを手の甲で拭う。
どうしたものか、あのスピードに追いつくためには。
「もしかしたら『黒炎』で、『光速術』みたいなの作れるかもしれねえな」
確か『黒炎』は、威力、スピードが『純型』に匹敵する最強の剣技だ。
その中にさらに炎属性の力が加わり、カウンター特化の超スピード高威力の剣型になっているはず。
ならば、『黒炎』で『光速術』を使うことも出来なくはないかもしれない。
「やってみるしかねえな…」
そうして足に力を込め、超スピードを得るために魔力を運んだ。
剣技を出すときのイメージだ。着々と発掘作業を進めていく。
だが当然その隙をティリアが見過ごすはずもなく。
「『フラッシュ』!」
ジンの目を眩まし、光速で近づいてくる。
すかさずジンは剣技で迎えうったが、『光速術』は目で追うことが困難だ。
そのまま斬撃をくらい、前腕に傷を負ってしまった。
「———ッ」
ジンは息を詰めて距離をとると、再び発掘に専念する。
しかし『黒炎』の発掘作業は困難を極める。
魔力の網が複雑で、なかなか運搬が進まないのだ。
(やっぱりダメなのか?)
いや、それでもあの速度に追いつけなければ、この決闘に勝ち目はない。
ジンはさらに魔力を集中させ、とにかく素早さを求めて運搬を行なった。
すると、なにか身に覚えのない魔力が足を突き進んでいるのが分かる。
だがその魔力は、ジンの求めていたものだった。
「『光速術』———ッッッ!!!」
魔力が足全体に行き渡ると共に、ジンは叫んだ。
足にみなぎるその魔力は、間違いなく『純光』の魔力だった。




