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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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第二話 ウエラルド王国訓練所

「はぁ?訓練所に行かないだって?」


 ジンはフィクスからそう告げられ、面食らった顔をした。

 訓練所といえば、剣士としての人生を歩む者なら当然通るべき道である。そこを通らないということは、フィクスは旅人とか商人になるということだ。


「何で急にそんなことを?」


 イリアもびっくりした表情だ。


「いや…実は僕宛に、ルシファー副団長からの招待状が届いたんだ」


「はぁっ!?」

「えぇっ!?」


 ルシファー副団長、それは当然剣士を目指すなら誰でも知っている有名人である。

 彼は王都の騎士団の副団長で、目をつけた若い少年少女を2年に一人招待し、立派な騎士に育て上げるというなかなか大胆なことをしている人だ。

 そんな彼から招待状が届いたということは、騎士への直行便といっても過言ではない。


「やっぱすげえな!素直におめでとうだよ!」


「離れちゃうけど、お互い頑張ろうね!」


「うん、ありがとう。二人とも頑張って」


 二人から称賛の言葉を受け、フィクスは顔を赤くしながら礼を言った。


 そんなことがあって、現在の入所式にはフィクスの姿はない。

 少し寂しくもあるが、フィクスはルシファー副団長のもとで猛特訓をするはずだ。こちらも負けてはいられない。

 名前を呼ばれたら返事をする、そんな簡易的な入所式が終わった後、訓練所内でのルールと時間割が説明されることになった。

 今は朝の9時、ジンとイリアは他の大勢の訓練性の波に飲まれて、講義室へと向かった。


「それにしても随分広いねぇ」


 イリアは感心したように言った。

 当然だ、とジンは胸を張って言った。

 この訓練所はそれこそずっと昔から優秀な剣士を生み出してきた、我がウエラルド王国自慢の訓練所だ。

 歴代の剣聖も全てここで己を磨き、世へと旅立っていった。

 それだけの訓練所なのだから、当然入ってくる子供も多い。その子供の量を想定した広さなのだろう、この訓練所の創設者は少し傲慢だったのかもしれない。


 正門を通って長い通路を渡った奥に、講義室があった。

 おそらく100人近くは入るだろう。

 4人用の長机にそれぞれが腰掛け、正面のザパースに注目した。


「えーそれでは諸君、今からこの訓練所のルールと時間割について説明するからな。よーくメモしておくが良い」


 ザパースが声を張り上げて言ったので、訓練生の多くは持参した羊皮紙を取り出して羽ペンの用意をした。


「なっ…!ザパース爺さんのやつ、文房具が必要なんて言ってなかったぞ…!」


「え、私自分のしかないよ?」


 イリアが持ってきていることを期待したジンはがっくり肩を落とした。

 本来ここで「仕方ないなあ」なんて言って文房具を貸してくれるのはイリアのポジションのはずなのだが、世の中そう甘くは無かった。

 こうなったら、全てまるまる暗記して帰るしか…なんて腹を括っていたジンの目の前に、羊皮紙が1枚と羽ペン1本が現れた。

 見れば前の席から、少女がその文房具を差し出していた。


「予備の羊皮紙と羽ペン、インクはそこの赤い子から借りなさい」


 文房具を差し出した少女は、少しつり気味の黒目をこちらに向けていた。

 歳はジン達と同じ16だろう。肩の上から流された黒髪は艶やかで美しく、彼女の白くきめ細やかな肌と麗しく整った容貌を引き立たせている。

 そして胸部の膨らみが大きくスタイルも良かったので、隣に座っているイリアが羨望の眼差しを向けていた。


「…ちょっと、聞いてる?」


「お、おう!すまねえ、助かった!」


 ジンは慌てて文房具を借りると、少女に礼を言った。

 その様子を見ていたのか、ちょうどいいタイミングでザパースが声を張り上げた。


「まず、ルール。ルールは大事だぞ?規律を正すのが兵士や騎士の務め、そんな奴がルールを守れなくてはどうしようも無い。

一つ、この訓練所では、4人の生活班を組んで行動してもらう。

一つ、この訓練所では、決まった時間に動けなかった者には罰則がある。1秒でも集合時間に遅れた場合は、その者の班が担当する掃除の仕事を全て受け持ってもらう。

一つ、この訓練所では、食事は支給された材料を使って各班で調理してもらう。

一つ、この訓練所から出る際は俺の元へ報告。報告なしに出た場合は即退所とさせてもらう。

一つ、この訓練所では、1日に一回どの生徒にでも決闘を申し込める。決闘に勝っても負けてもどうということはなく、ただ己の鍛錬のためにのみ使うが良い。尚、決闘以外で生徒に攻撃を仕掛けた場合は即退所とさせてもらう。

一つ、決闘時に訓練用の木剣以外の剣を用いた場合、即退所とさせてもらう。

一つ、決闘のルールは、『相手に一撃を当てる』が勝利条件だ。意図的に追い討ちをかけた場合は罰則がある。

以上がこの訓練所でのルールだ。そこまで厳しいものではない、けじめをつけていれば誰でも守れるからな。それでは、書ききれていない生徒のために一分間待つとしよう」


 前に黒板があるのだから今言ったことを全て板書してくれと、この場の誰もがそう思ったことだろう。

 まさか誰も、黒板がある部屋で口だけで説明しようとは思うまい。

 周りの生徒と「あと何があったっけ?」なんて相談しながら書き、無事に皆書き終わったのか講義室は静まり返った。


「それじゃ次は時間割だ。この時間割を覚えていないとだいぶ罰則の量が増えるだろうな。しっかりメモしておけよ。まず朝起きるのは6時、7時半までには食事を終えて、8時までに講義室へ集合。講義室でその日やる訓練の説明を受け、その後中庭へ全員で移動。12時まで指定された訓練を行い、1時半までに昼食を終える。1時35分には中庭へ集合し、4時まで指定された訓練を行う。5時半までに夕食を終え、5時40分から6時まで担当場所の掃除。その後は自由時間。以上」


「「「自由時間!?」」」


 あまりにも多い自由時間に、訓練生達は沸き立った。

 ジンも内心驚いていた。

 剣の訓練所というものだから夜まで特訓があるのかと思っていたが、夜の自由時間があまりにも多い。

 6時から寝るまで、ジンは何をすればいいのか分からなかったが、


「ただし、自由時間中も中庭を使うことは許可する。剣技の開発や、決闘の申し込みなどに使うが良い」


 なるほど、ザパースの一言でジンは納得した。

 先の説明通りなら、訓練中は指定された訓練しか出来ない。決闘を申し込むなら自由時間というわけだ。

 これで説明は終わったことだろう、ザパースは声を張り上げた。


「説明はこれで終了だが、最後に一つ決めることがある」


 文房具の片付けをしていた訓練生達は手を止め、ザパースに注目した。


「生活班は同じ長机の四人、仲良くしろよ!」


 なるほど、同じ机に付いているイリアと、残り二人が班メンバーってわけだ。

 ジンは期待に胸を膨らませ、イリアの奥に座る二人の訓練生に挨拶した。


「俺はジン、これからよろしくな!」


「僕たちは馴れ合いをしにきたわけではない」

「お前、少し静かに出来ないのか?」


 これからの訓練所生活、だいぶ苦労しそうである。



 ※



「馴れ合いはしないといっても、同じ班になったからにはチームワークが大事だよ。自己紹介くらいは必要だと思うんだがなあ…」


 各班で決められた部屋、それらの一室で、ジンはため息を吐いた。

 部屋は10畳ほどの大きさで、二段ベッドが二つと棚が一つ、二つのベッド間に四人用のテーブルが一つといった簡易的なものだ。

 少し落ち着きのあり過ぎるルームメンバー二人は、どこが雰囲気がギスギスしていた。

 一人は、栗色の目に金髪の少年だった。先程「馴れ合いはしない」と言った人物である。

 もう一人は翡翠色の髪を後ろで縛った、藍色の目の少年だった。体を鍛えているのか、そして背の鞘には、黒に青の装飾が入った大剣を差している。


 翡翠色の少年は一つため息をつくと、やがて口を開いた。


「確かに君のいう通りだ。自己紹介をさせてもらおう。俺の名前はエリック・エイディル、剣型は『副水』。この訓練所には、父が入れず挫折してしまった騎士団に入ることを目的として来た。そして俺の嫌いなものは『大きな音』、同じ部屋に住むのなら、君たちには静かにしていてもらいたい」


 エリックはそういうと、背の鞘に差している大剣に触れた。


「この剣は、父がくれたものだ。俺はこの思いを継いで必ず騎士になる」


 ジンは頷いた。

 きっとこの訓練所に入ったものの多くは、騎士になることを夢見ている。彼のような理由で入ったものも少なくはないだろう。騎士になるということはかなり困難で、騎士を挫折した者が父親というのも珍しくはない。


「次、そこの馴れ合いしたくないマン」


「なんだそれは…僕はマルク・フラート、剣型は『副風』。いい暮らしをするために騎士になるべくここへ来た」


 これも立派な理由だ。

 こんな世界だと、どうしても正義感が称賛され、稼ぎ重視の考え方は否定されがちだが、事実として騎士の給料が良いことは確かなのだ。

 彼のような理由を持つ訓練生も多くいるだろう。


「じゃあ次私ね。私はイリア・ラフィエ、剣型は『純光』らしくて…」


「「…っ!?」」


 とたん、エリックとマルクは息を呑んだ。

 その反応は当たり前と言っても良い。

『純光』、この『純』がつく剣型は揃って強力な剣型で『純型』と称される、世界で二番目に強いパターンだ。

 この純型の属性構成は、主属性と副属性が両方とも同じ属性になっている。

『純光』は、主属性が光、副属性も光で構成される剣型だ。


 自分の剣型を知る方法は、代表的なものが三つある。

 一つ目は、自分で剣技を繰り出して知るという方法。その時に感じた属性で、自分の剣型がわかる。

 二つ目は、金を払って検査するという方法。ジンは金持ちなので、ザパースが家に来てからすぐに検査した。

 三つ目は、訓練所で検査するという方法。訓練所に入る訓練生でまだ剣技が出せていない生徒は、入学式直前に検査が可能だ。イリアが自分の剣型に「らしくて」と付け加えたのは、知って間もないからだろう。


「まさか君が純型持ちだったとはな、正直見くびっていたよ。すまなかった」


 エリックはため息混じりに謝罪した。

 強力な剣型を持つ者に嫉妬の視線が集まるのは当然の事だった。


「それでジン、君の剣型は何なんだ」


 マルクがそう聞いた。

 正直イリアの『純光』に向けられた嫉妬の視線を見た後だと、言いづらいものなのだが。


「俺はジン・デルフ・エスパーダ、剣型は『黒炎』だよ」



 ※



 黒炎の剣型を説明するには、過去の勇者の話もしておく必要があるだろう。


 現在に伝わる伝説では、1000年前までは『覇王イグリダ』という存在が世界を治めていた。

 人々が罪を犯すと、どんな方法を用いたのか、覇王がその場に赴いて罪人を成敗したのだという。

 また、覇王は魔物が生まれるたびに排除していたため、人々の安全は確定していた。

 覇王イグリダは、22の異能を持っていて、どんな存在も敵わなかった。


 だが、そんな覇王の存在を目障りに感じた少年デリアは、覇王の異能を全て奪い、魔王としてこの世に君臨した。

 そんなデリアを打ち倒したのが、当時の剣聖である勇者、エルナ・コイルド・エスパーダだった。


 勇者エルナは、覇王がいなくなった世界が魔物に対抗できるかを不安に思い、三つの剣型を作った。

 黒炎、黒氷、黒雷、この三つの剣型が、世界最強の剣型である。

 その中の黒炎は、ずっと剣聖の家系で引き継がれてきた。

 その剣型が、ジンに宿ったのだ。

《キャラクター紹介》


○ジン・デルフ・エスパーダ

剣聖の家系に生まれた第一章の主人公。

騎士になるため、ウエラルド訓練所に入所した。

剣型は『黒炎』(主属性:?、副属性:炎)


○イリア・ラフィエ

ジンの幼馴染。彼と同じく騎士になるため訓練所に入所した。

剣型は『純光』(主属性:光、副属性:光)


○エリック・エイディル

ジンのルームメイトとなった訓練生。

父の夢を引き継いで騎士になるべく入所した。騒音が苦手。

剣型は『副水』(副属性:水)


○マルク・フラート

ジンのルームメイトとなった訓練生。

あまり人とは馴れ合いたくないようだ。

剣型は『副風』(副属性:風)


○エルナ・コイルド・エスパーダ

過去に魔王を倒したとされる勇者で、伝説上の存在。

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