第三話 決別
兄、セルトが死んだ家の倉庫で、ウァルスは目の前にある墓石を見つめていた。
「…ただいま、兄さん」
おかえりの言葉は当然ないが、セルトは確かにそこにいた。
ウァルスをずっと見守り続けてくれている。
それはきっと、これからも同じことなのだろう。
「あ、そうだ、俺彼女出来たぜ。兄さんより先にな」
ドヤ顔でそう言ってのけたウァルスだったが、やがて落ち込んだような表情になった。
セルトがウァルスと暮らしてくれていたのは、ウァルスがまだ独り立ちできない年齢だったからだ。
魔法学校に行く気もなかったウァルスは、当分この家で農業をして過ごす。
だからもしセルトが死なずに、ウァルスが独り立ちした今なら、幸せな家庭を築いていたのだろうか。
「……」
だが、ウァルスはリオと向き合わなければならない。
悪を働いた人間も、根はいいやつなのだとローズが証明してくれる。
そしてリオは、きっとこれから罪を償って生きていくことになるのだろう。
「ごめん兄さん、俺がそっちに行くのはもう少し先になりそうだ」
優しい兄なら許してくれるだろうか。
ウァルスのことも、リオのことも。
ふと、寒気がした。
「…?」
その正体がなんなのか、ウァルスにはわからなかった。
それでもわかることがある。
この寒気は、恐怖に限りなく近い何かだ。
何かに導かれるかのように、ウァルスは家を出た。
目の前に広がる景色は、先ほどとなんら変わりはない村の廃墟だ。
だが今のウァルスには、ひどく廃れて見える。
何か大切なものを失った時、その視界は鈍く染まるのだ。
「…馬鹿げてる」
そう呟きながらも、ウァルスはベルセルク家のある場所に向かって駆けた。
家はそう遠くはない。
傭兵ベルセルクが村人に圧をかけるために、かなり村の近くに家が建っているのだ。
だからウァルスが覚悟を決めるだけの時間は与えられなかった。
「ローズ…?」
入り口のそばで真っ赤な花を咲かせた、一人の少女が倒れている。
四肢は切断され、背中には巨大な切り傷がある。
衝動のままに切り裂かれたような状況だ。
ローズ・ベルセルクは致命傷だった。
「ローズッ!」
ウァルスは慌てて駆け寄り、両手をローズの背中に当てた。
『リカバリー』の魔法だ。
「なあ…一生懸命練習したんだぜ、守りたいもんがあったから…」
淡い光は、ローズの体を覆い尽くした。
だが、傷は一向に治る気配がない。
当然だ。
これだけの致命傷は『恋人』にしか治せない。
「はぁ…!はぁ…!」
ローズの体温が失われていくのを感じ、ウァルスは過呼吸になって周囲を見回した。
今この村に村人はいない。
魔法に優れたセルトもいない。
ウァルスは気づいてしまった。
もうローズは助からないということに。
「クソ…クソ…ッ、なんで治らないんだよぉ!」
そう叫び、ウァルスは全魔力を放出した。
『リカバリー』の回復力は魔力量に依存しない。
ウァルスの足掻きには意味がなかった。
必死で魔法を使うウァルスに気づいたのか、ローズは僅かに瞳を開いた。
「…う……ぅぁ…る…す………」
小さな声に、ウァルスは気づかない。
治りもしない傷をただ治そうとしているだけだ。
そんなウァルスの様子を見て、ローズは悲しげに声を絞り出した。
「…そ…ん……な…怖い…顔……し…な………」
直後、ローズの命は尽きた。
※
『節制』のローズの死亡の知らせは、異能士団に多大なダメージを与えた。
ローズは大きな戦力であると同時に、団員内の癒しだ。
物理的にも、精神的にも。
「僕はこのまま基地に乗り込みたい」
ルフの言葉に、ディルセイはギョッとした。
「え、お前ってそんな合理性に欠けるやつだったか?」
「…仲間を殺されて、じっとしていられないよ」
確かに、ルフは意外と情熱的だ。
トアペトラを誰よりも愛していたのはルフなのだから。
「でもジンがいないと、ヴァルタイユに勝てないわ」
「アゼルスさんのいう通りです。俺も兄貴が帰ってくるまで待った方がいいと思います」
クロスはそう言って、クアランドの方向を見た。
「リーフさんもくれば、万全な状態で戦えます」
「それもそうだけど、僕は時間がないと考えているよ。タイムマシンが完成したら僕たちの負けでしょ?」
オーラスの言った言葉に、団員たちは顔を顰めた。
皆、焦っている。
想定外の事態が発生しすぎた。
「…分かった、行こう」
苦渋の決断だ。
もう何が正しいのかわからない。
例え団員たちがどんな決断をしようとも、ヴァルタイユはその運命をすでに読んでいるのだから。
「…レクト」
「ん?」
「…俺たちを組織の拠点に送ったら、すぐにクアランドに向かってくれ。一刻も早くジンとリーフを連れてくるんだ」
「分かったよ」
レクトに頷き、ディルセイは団員たちを見回した。
「出発は1時間後だ。装備の手入れをしておいて欲しい」
《キャラクター紹介》
○ローズ・ベルセルク
兄のリオを救うために、異能士団に入団。
『節制』の異能を持つ。
リオに背後から切られて命を落とした。