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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第二章 異能の星
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第四話 兄貴

「話をしようか」


 そう言ってジンはクロスを屋上へ案内し、壁に寄りかかって座り込んだ。


 何をするつもりなのだろう。ひょっとしたら、訓練所最強から戦闘に関するアドバイスをもらえるのかもしれない。

 そう期待していると、


「教えてくれよ、お前のことを」


「……」


 何故かそんな質問が投げかけられた。

 この男に自分のことを話して何になるのだろうか。クロスは疑問に思っていた。


 しかし話さなければ何も教えてくれなそうなので、クロスは話すことにした。

 どれだけ自分がだめなのかを。


「俺は…だめな剣士です」


 クロスは早速話し始めた。


「兄貴に指導してもらって、剣技だけは出せます…一個だけ。でもその剣技を出すタイミングもよく分かってないし、特訓相手もいなかったから実戦経験もありません。戦意の操作は三日経っても出来ないし、同じ学年のみんなにも全然ついて行けていない。この訓練所に来て変わったことなんて何一つありません」


 一息つくと、クロスは自分の手を忌々しそうに見つめた。


「兄貴みたいな凄い剣士がすぐ近くにいるから、俺もこうなれるって思った、思ってしまったんですよ。なれるわけがないのに…」


 そんな彼の言葉を、ジンはただ聞いていた。

 もう十分だろうか。はやく戦闘についてのアドバイスを教えてくれなければ、余計に周りとの距離が離れていってしまう。

 そんなことを考えていると、ジンは再び口を開いた。


「なあ、お前はどんな剣士になりたいんだ?」


 まただ、どうして自分のことをそんなに知る必要があるのだ。

 クロスはもどかしい思いだったが、その質問の答えはもう出ている。


「…俺は、兄貴みたいになりたいです」


「兄貴はどんな剣士だ?」


「え?」


「兄貴の凄いところを教えてくれよ」


 そう言われて、クロスは黙り込んだ。

 兄が強い剣士だということは、国中の全員が知っている。そんな兄の凄さをどうやって説明すればいいだろうか。


 兄の特徴を挙げてみれば、自然と思いつくかもしれない。そう思って、クロスは思い出しながら話し始めた。


「…兄貴は、騎士団に最年少で入りました。王様にもすぐに認められて、俺に一軒家を貸せるくらいの金持ちになって、今は副騎士団長として沢山の人の命を救っています。魔力運搬も完璧で、精度の高い剣技を当たり前のように出せます。剣技を出すタイミングも完璧で、少なくとも俺が観た決闘大会の試合では、兄貴に触れられたやつなんて二人くらいしかいませんでした」


 意外と思い付かないものである。

 ジンの納得のいく答えが言えただろうか。クロスは少し心配になった。


 当のジンは意外そうな表情をして、クロスにこんな問いを投げかけた。


「つまりお前は、完璧な魔力運搬が出来て、剣技を出すタイミングを完璧にしたい…それだけか?」


「な、何でそうなるんですか…?」


「だってお前、この二つができたからルシファーさんは認められたんだろ?ほかに理由があるってんなら教えてくれ」


「…ッ」


 他の理由と言っても、ありとあらゆる面で兄は完璧なのだ。

 礼儀正しく、教えるのも上手い。頭もいいので指揮も可能。


 だから思うのだ。『兄のようになりたい』と。


「とにかく、俺の理想像は兄貴なんです。兄貴みたいにさえなれればいいんです」


「ならお前は、ルシファーさんみたいな髪型にして、ルシファーさんみたいな口調にして、剣型も違うのにルシファーの剣技を真似するってのか?」


「何でそんな極端な話になるんですか!」


 ジンの言葉に、クロスは憤慨した。

 どうしてこういうタイプの人間は捻くれた考えしか出来ないのだ。腹が立ってしょうがなかった。

 だがジンは据わった目でこう言った。


「お前の思考が極端だからだ」


「…どういうことですか」


「憧れの人がいる。だからその人みたくなる。すでにその思考が極端なんだよ」


 ジンははあ…とため息をつくと、ゆっくり立ち上がってクロスの元へ近づいてきた。


「例えばルシファーさんの良いところ、『魔力運搬が完璧に出来る』なら、魔力運搬の練習をすればいい。『剣技を出すタイミングが完璧』なら、片っ端から決闘申し込んで実戦経験積めばいい。そんなところだ」


「それじゃあ兄貴みたいにはなれない!」


「ああそうさ、だってお前はルシファーさんじゃない」


 クロスに指をさしてジンは言った。


「お前の武器、何故お前は片手剣を選んだ。持ちやすかったからか?自分の剣型に合っているからか?違うね、お前の兄貴が片手剣を使っているからだ」


 ジンは手にしていた木剣を目の高さまで持ち上げた。


「俺や他の訓練生は、持ちやすさ、剣型、あらゆる面で武器を選んだ。だがお前はそうじゃない。踏むべき段階を飛ばしている」


「でも兄貴みたいになるには———」


「———はっきり言おう、お前は兄貴みたいにはなれない」


 そんな無慈悲な言葉が、クロスに突き刺さった。

 何故、何故そんなことを言うのだ。

 そんな当たり前で、認めたくなかった事実を何故突きつけてくるのだ。


 悔しさではち切れそうになったクロスは、そのまま地面に座り込んだ。

 しかし、思わぬ言葉がジンの口から飛び出した。


「だがお前は、兄貴より強くなれる」


「え…?」


 ジンはクロスの隣に座った。


「当たり前のことなんだが、お前とルシファーさんは別の人間で、互いに良いところがある。剣だってそうさ、お前にしかできない戦い方がある。ルシファーさんを真似るんじゃなくて、ルシファーさんを参考にするんだ。そうやってお前自身を高めていけば、お前はルシファーさんを超えられる」


 ジンの話を聞きながら、クロスは兄の言葉を思い出していた。

「お前は俺にならなくて良い。ただ、お前という人間を磨けば良い」


 そうだ、兄はとっくに教えてくれていた。

 ただ同一化の適応機制に身を任せ、逃げ続けていたのは自分の方だ。


 自分の馬鹿さ加減に思わず笑ってしまいたくなる。


「分からねえことがあるんなら俺や他の訓練生のとこに行って聞けばいい。兄貴がいなくてもお前は一人じゃないんだからな」


 そう言ってジンは、壁に自分の体を押しつけてため息を吐いた。

 クロスも真似して壁にくっついてみた。冷たさが心地よかった。


「ジンさん、一つ頼んでもいいですか?」


「おう、なんでも言ってみな」


「俺を鍛えてくれませんか」


 クロスの言葉にジンは意外そうに眉を上げると、やがてにんまり笑って立ち上がった。



 ※



 これは一年前のこと。


「なあジン、俺は君に敬意を表している。何かいい呼び方はないだろうか」


 アゼルスが訓練所を去ってから、エリックが唐突に言い出したことだ。

 呼び方をジンに聞かれても困る。そう言うものは自然と出来上がっていくものだろう。


「そもそも何で呼び方変えるんだよ」


「何故って…はあ、君には自覚がないようだな。訓練生の憧れとなっている自覚が」


「憧れ?」


「ああ、憧れだ。……そうだ、君が憧れている人を何と呼んでいるか教えてくれ。君をそう呼ぶことで、俺たちの敬意が分かるはずだ」


 憧れ、そう言われて、ジンは手を顎に当てて考え始めた。


 ここ最近でいえばアゼルスだ。

 彼女は戦闘面において完璧で、戦意解放力、剣型、反射神経、魔力運搬のいずれも誰にも劣らない。


 だが、ジンが強さを求めるようになったきっかけは誰だろう。

 父か、ザパースか。


 ジンの中では答えはもう出ていた。


「じゃあ、『兄貴』とでも呼んでくれよ」

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