第十話 鈍色の封剣士
「俺の剣型が『封剣士』だと…?じゃあ『黒炎』はなんなんだ。剣型の検査の時、俺は確かに『黒炎』って言われたぞ」
「覚えていないのかね。君が『黒炎』に勝利した瞬間を」
そう言われて、ジンはハッとした。
剣型の検査を受けたのは、ザパースに引き取られてから。
そしてそれ以前に、ジンは父であるデルフと決闘している。
そして決闘の途中で父は倒れ、一応ジンが勝ったことになっているのだ。
「でも、そんな剣型聞いたことねえよ」
「ああ、聞くはずがない。魔王デリアが死んでからの千年間、『封剣士』は一度も現れていないからね」
現代の文明のほとんどは、デリアが死んだ後に作られたものだ。
それ以前のものは過去の遺物となり、ほとんど残っていない。
「デリアが死んでからってことは、デリアが死ぬ前は『封剣士』がいたのか?」
「ああ、デリアは『封剣士』だ。灰色の髪をしていたと言う表記があったはずだよ。それと、私とペトラの師で、竜国の初代国王であるセン殿も『封剣士』を持っていた」
センの名はあまりにも有名だ。
剣を握った者なら誰でも知っているだろう。
センは『剣技』を初めて作り、魔王ベルフスの魔法兵軍を一人で斬ったという伝説がある。
そしてイグリダが天下を統一した後は、竜国を作って北の地を治めた。
「『封剣士』は、ほとんどの者が使いこなせていない。どう言うわけかこの剣型は、自分を過去の記憶に封印してしまう力があるようでね。トラウマを植え付けられた『封剣士』の所持者は、死ぬまで鈍色の過去に囚われて生きていくのだ」
「…それが、あんたの言ってた『鈍色の封剣士』ってやつか?」
「そうとも、君はどうかな」
そう言われ、ジンは黙り込んだ。
確かにジンも、鈍色の記憶に囚われていた時期はあった。
だが今は仲間達のおかげで、それを制御できるようになってきている。
「…俺は、『鈍色の封剣士』にはならないよ。もうみんなを裏切ったりしない」
それにもしジンがまた鈍色の世界に入りかけても、仲間がまたジンを助けてくれるはずだ。
だからジンもそれに全力で答える。
「…そうだね、仲間というのはそういうもの。いい仲間に囲まれた君なら大丈夫そうだ」
「任せとけ。じゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
「…ああ、世界を頼んだよ」
イグリダの言葉に力強く頷くと、ジンは駆け足で謁見室の入り口へ向かっていった。
※
《やるじゃなぁい、力の試練は合格ねぇ》
嬉しそうなペトラの声をぼうっと聞きながら、フォーネは立ち尽くしていた。
まさか試練がここまで簡単だとは思わなかったのだ。
「…もう終わり?」
《ええそうよぉ、あなたは基礎がちゃんとできてるタイプだったみたいねぇ。それじゃあ…》
ペトラが呪文を唱え、魔法を発動しようとした瞬間…
「…え?」
《…え?》
まだ呪文を唱え終わっていないにもかかわらず、フォーネの視界は真っ白になった。
そして視界が晴れた頃には…
「成功だね。まあ、僕の異能があれば確率は関係ないが」
紳士服を着た男、ヴァルタイユが目の前に佇んでいた。
そしていつの間にかフォーネは出口にいた。
「…何しに来たの…?」
「いや、イレギュラーがあってね。無理矢理試練を合格させた。何、報酬はちゃんともらえるから安心するといい」
「無理矢理…?」
「ああ、現に君はすでに強くなっている。魔力保存量が2倍、戦意解放力がプラス20%、全体的な身体能力の大幅強化、それが試練の報酬だ」
言われてみれば確かに、魔力が上がった気がする。
「それじゃ…私たちはもう帰ればいいの…?」
「そうだね。フォーネ、君の感情をまた消さなければならない」
「え…?」
「君は今、感情を持っているだろう。僕にはお見通しだよ」
いつもなら、ヴァルタイユはここで嗤う。
だが今は真顔だった。
一体何があったというのだろう。
「さあ…早く行———」
「『黒剣』———ッッッ!!!」
不意に放たれた漆黒の剣技が、ヴァルタイユの頬を掠めた。
その剣技を扱えるものはこの世に一人しかいない。
「…ジン・デルフ・エスパーダ、やはり君か…」
「まさかこんなところでお前と会うとはな」
ジンの目は鈍色ではない。
だがそれでも、確かな憎悪を放っていた。
そして、世界を救うという使命感を宿している。
「フォーネの感情を消すなんてどんな野郎だと思っていたが、やっぱお前クズだよ」
「どうだろうね。僕は感情こそ不必要なものだと思うが」
二人は互いに見つめ合い、相手の様子を伺っていた。
そして…
「『ダークアロー』!」
「『光速術』!」
ヴァルタイユが放った無数の闇の矢が、ジンめがけて飛んできた。
だがそんなものにやられるジンではない。
(あいつの戦いは何度か見てきた…それに異能士団みんなの情報によれば、あいつの動きには無駄がねえ)
だが目の前のヴァルタイユはどうだろう。
ジンの動きを目で追い、『ダークアロー』を偏差撃ちしている。
この動きを果たして無駄がないと言えるだろうか。
矢を交わしつつ、ジンはヴァルタイユの方に接近した。
そこへ手を向け、ヴァルタイユは叫んだ。
「『残虐の雨』!」
数々の人間を死に至らしめて来た狂気の技。
『光速術』を使ったイリアでさえ、その攻撃を交わすことはできなかった。
だが、ジンには当たらなかった。
わずかに罠魔法の設置場所がズレていたのだ。
ジンの攻撃を交わし、ヴァルタイユはフォーネに言った。
「早く行くんだ、援軍が来る」
その言葉に、ジンは立ち止まった。
確かに助けは来る。
ジンが迎えを寄越したからだ。
だが、なぜヴァルタイユがそれを知っているのだろう。
「ジン君!」
背後から現れたのは、『隠者』のレクトだ。
影を移動して帰ろうという魂胆である。
この案はガイナルが考えたもので、ジンがガイナルに通信石で連絡すれば、レクトが来てくれる手筈になっていたのだ。
そしてヴァルタイユは、レクトが来ることを知っていた。
(まさか…)
「早く行こう!」
「あ…ああ」
レクトの手を握り、ジンはその場から消えた。