第一話 新星
眠りから覚める時は、例えようのない脱力感に襲われる。
少年はいつもより重く感じる身体を無理やり起こし、小鳥の囀りが聞こえる中、目を乱暴に擦った。
昨晩のパーティを行った時の飾り付けがまだ残っている。
いつもは仕事で忙しい兄が一生懸命飾り付けてくれたのだ、出来ればずっとつけていたい。
昨日のパーティは本当に楽しかった。
滅多に会えない兄とその弟子が遊びに来てくれ、3人で食事を作って食べて盛り上がった。
昨日のうちに二人は帰ってしまったが、まだ昨日のどんちゃん騒ぎのあとが机に残っている。
「楽しかったけど…なんか後ろめたいんだよなあ…」
そう言うと少年は起き上がり、昨日準備しておいたバックパックを持って鏡の前に立った。
髪の色は薄紫色で、目は赤い。兄を真似たくて前髪を垂らした結果、顔の半分が隠れてしまっている。
名前はクロス・メルティア、騎士団副団長のルシファー・メルティアの弟だ。
現在彼は、兄が用意してくれた借り物の住居で暮らしている。
貧乏な家庭から抜け出すためにルシファーが努力して今の地位を勝ち取り、クロスがまともに暮らせる住居までも用意してくれたのはありがたい話である。
クロスはさっさと洗顔と着替えを済ませて、固く拳を握った。
「俺も早く騎士団に入って、兄貴に追いつくんだ」
そう決心すると、クロスは家を出た。
現在は朝の7時。この時間帯はまだあまり街が賑わっていなく、今は学校も休みなので、通りにはほとんど人がいなかった。
いるとすれば、今日から訓練生となる少年少女や、朝から店の準備をする市場の商人くらいだろう。
クロスは王都の門を潜り抜けると、遠方の丘の頂上に聳えるウエラルド訓練所を見て胸を躍らせた。
今日から訓練所生活だ。どんな仲間と出会い、自分はどれほど強くなれるだろう。
期待を胸に、クロスは訓練所へ足をはやめた。
すると、
「ね、貴方も訓練生?」
「えっ?」
不意に背後から声をかけられ、クロスは慌てて振り返った。
艶やかなブロンドの髪を、ツインテールにしている少女だった。
思わず飲み込まれてしまうほど丸く大きな金色の瞳が、じっとこちらを見つめている。
眩しい。色んな意味で眩しい。
「ああ、俺も訓練生になるんだ。憧れの人がいてさ」
「へえ、その人どのくらい強いの?」
「ど、どのくらいって…」
普通こんなにぐいぐいくるものだろうか。
それにこの国では強さが権力となる。人の地位をそんなに安易に聞くのは少しどうかと思う。
ただ単に戦闘が好きなだけかもしれないが。
「えーと、そもそもお互い名乗ってないんだけど」
「あー、そっか、ごめんねー!あたし剣で語り合うタイプだから名乗りとか忘れちゃうんだよー」
少女は両手を合わせて何度も頭を下げると、やがて腰に手を当てて言った。
「名前はティリア・ファシー、よろしく!」
「よろしく。俺はクロス・メルティアだ」
クロスが名乗ると、ティリアは丸い目を一層丸くした。
「メルティアって、あのルシファー副騎士団長の?」
「そう、弟」
「おおー、これは期待出来そうだよ〜!」
やはり戦闘好きだった。
おそらく学生時代から、強そうな相手を見つけては片っ端から決闘を申し込んでいたのだろう。
だが「期待出来そう」と言われて、クロスは俯いた。
あの兄と、自分はあまりにもかけ離れていたから。
しばらくして訓練所に着き、彼らは講義室で訓練所所長の話を聞いた。
所長は燃えるような髪と瞳の色が特徴だった。
獅子のようにそれを伸ばし、鷹の如く訓練生たちを見据えている。
話は『訓練所での規則』、『訓練所の時間割』のみで終了し、現在は部屋の分担についての説明を受けている所だ。
しかしここで思いもよらない事件が発生する。
「同じ長机の奴で四人だ」と所長は言い、クロスは自分と同じ机の席に座っている人を見た。
ティリアのみだった。
まずい、このままではこの少女と、二人きりの部屋になってしまう。
そんなこと、思春期のクロスの身が持つわけがない。
何とかして別の部屋のメンバーを入れるようにしてもらわなければ。
なんてことを考えていたクロスに、ザパースは斜め上の回答を送ることになる。
「あー、そこ二人か…どうしようかなあ…流石に二人に部屋貸すのはなあ…」
そう言うと、所長はやがて思いついたようにぽんと手を打った。
「そうだ!ちょうど空きがあったな!」
そう言って、ザパースはクロス達に少し待つように言い、講義室から出て行ってしまった。
そして5分ほどすると、彼は二人の人物を連れてきた。
一人は赤い髪の少女だ。優しい目つきで、髪を長くのばしている。
もう一人は翡翠色の髪をした筋肉質の少年で、背中には青い大剣を背負っている。
少年はクロスの元に歩いてくると、クロスの肩をがしっと掴んでこう言った。
「来てくれ、俺たちの部屋に君を歓迎しよう」
※
「お、お邪魔しまーす…」
自分でも気づく程かなり小さな声で言うと、そっと扉を開けた。
室内は二段のベッドが縦に二つあり、その真ん中にちょうど四人座れるほどの椅子と机がある。
そして部屋の中心に、仁王立ちした男がいた。
男は赤いオーラを出して、灰色の瞳を細めてクロスを見ていた。
「…よく来たな…ここは優れた剣士が己を高め———」
「兄貴何やってんだ」
重々しい雰囲気で語り始めた男に、クロスの後ろから入ってきた人物、エリックは呆れ顔で言った。
「紹介しようクロス君、彼がここの訓練所最強の剣士のジン・デルフ・エスパーダだ。皆は彼に敬意を称して『兄貴』と呼んでいる」
「兄貴…?」
怪訝な顔をして、クロスは正面に立つ仁王立ちの男に視線を向ける。
「…ったく、せっかく強者感出そうと思ったのに」
そんな決まりの悪い台詞を吐いて、ジンは口をへの字に曲げた。
《キャラクター紹介》
○ジン・デルフ・エスパーダ
剣聖の家系に生まれた、第二章の主人公。
訓練所最強の実力を誇り、兄貴と慕われている。
剣型は『黒炎』(主属性:?、副属性:炎)
戦意解放力は65%。
○クロス・メルティア
新たに訓練所へ入ってきた少年で、ルシファーの弟。
優れた兄を持っているため、劣等感に苛まれている。
○ティリア・ファシー
新たに訓練所へ入ってきた少女。
戦いを好んでいるようだ。




