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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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幕間 約束

「騎士団長って…何を言っているんですか」


 アゼルスは信じられないといった表情でルシファーを見ていた。


 それもそのはず、先程ルシファーが言った「アゼルス・アスプロスを騎士団長に迎える」という言葉は、ジンも受け入れられていない。

 訓練生がいきなり騎士団長に任命されるなど、ありえない話だからだ。


 本来騎士団長になるためには、一般の騎士団員として実力を積み、さまざまな資格をとってようやく獲得できる挑戦権を使って、騎士団長に決闘で勝たなければならない。

 しかも騎士団長に敗北した場合、騎士団ではいられなくなってしまうというリスクがあるため、騎士団長の入れ替わりは滅多に起こらない。


 それほどまでに難しいとされる騎士団長の権利が、一瞬で訓練生に渡されるというのはどういうことなのだろう。


「知っての通り、騎士団長が行方不明となった。後日死亡したと判明し、我々は騎士団長に相応しい剣士を騎士団から探し出した。しかし優秀な人材は見つからなくてね。仕方がないから王都内の旅人でも普通の一般人でも、とてつもない実力を秘めた掘り出し物を探そうと試みたのだがね、相応しいものはいなかった」


 少し残念そうに言うと、やがてルシファーはアゼルスを真っ直ぐ見つめた。


「それでは訓練所ではどうだろう。私はグレイクス所長殿に頼み込み、君たちのデータを見せてもらった。そしたら素晴らしい剣士がいたんだ」


「それが、アゼルスだって言うんすか」


「ああ、その通りだ」


 自分が探し当てたことに満足しているのか、ルシファーはどこか誇らしげに言った。


「これだけの強さ、訓練生の誰も敵いはしないだろう。私でも勝てるかどうか怪しい。君はまさに才能の塊というものだ」


「ちょっと落ち着いてください。私は確かに訓練生の中では上位にいると自負していますが、副騎士団長に勝てるなどと言うのは流石に大袈裟ですよ」


「ふっ、ここで君と決闘して見せても、手加減したでしょうなどと言うのだろう」


 アゼルスの話など全く耳に入らないとばかりに、ルシファーは口元を歪めた。

 ジンもアゼルスがルシファーに勝てるなどとは到底信じられないが、一つ疑問に思ったことがあった。


「お前、騎士団長になるのが夢だったんだろ?何で喜ばないんだ?」


「だって…貴方との決闘がまだ…」


 その答えを聞いて、ジンは唖然とした。

 この女は、騎士団長となることよりも自分との決闘を優先しているのかと。


 どれだけ完璧主義なのだ。ジンを叩き潰してから騎士団長にならないと気が済まないらしい。


「なるほど、君たちは決闘の約束をしていたのか。それでは私は訓練所内で待ってい———」


「いや、決闘はお預けだ」


 ルシファーが案を出そうとしたが、ジンは言わせまいと決闘を中止した。

 どういうつもりなのか、とアゼルスがジンの方を見た。


「な、何で!ルシファーさんは待ってくれるって…」


「馬鹿野郎、お前にスッキリなんかさせねーよ!」


 ジンはドヤ顔でそう言うと、びしっとアゼルスに人差し指を突きつけた。


「お前は俺との決闘を控えたまんま、騎士団長としての人生を歩め!俺はお前を目標としてここで勝ち上がり、騎士団員になってお前に挑戦しに行く!お前の脳内麻薬のために俺との決闘を使わせるなんざまっぴらごめんだぜ!」


「なっ、私はそんなつもりじゃ…」


「お前の考えることなんざ知らねえ!さっさと騎士団長とやらになって、俺の目標としての役目だけを果たしな!」


「はあ……?もう、何よ…」


 あまりの勢いにアゼルスは困惑していたが、やがて吹っ切れた様に後ろを向いた。


「…いいわ、貴方との決闘はお預け。せいぜい勝てるように頑張りなさい」


 そういうと、彼女はそれ以降何も言わずに校舎の正門を通り過ぎ、ルシファーを引き連れて去っていってしまった。

 あまりにも呆気ない別れに、イリアは少しむすっとしているようだ。


「決闘すればよかったのに…アゼルス可哀想だよ」


「いいんだよ」


 残念そうなイリアの台詞に、ジンはそっけなく言った。

 その灰色の瞳は、もう見えなくなってしまったアゼルスが向かった方角をじっと見つめていた。


「俺の目標になったことで、あいつも努力するだろ」


 いつだったかアゼルスが言っていた。「彼の目標でいられるのは誇りだ」と。

 その言葉を思い出し、イリアはそっと微笑んだ。



 ※



「上手く焚き付けたようだね、彼」


 訓練所の敷地内を歩くルシファーは、隣にいるアゼルスにそう言った。

 アゼルスとて、それは分かっている。ジンは嫌がらせのためにあんな発言をしたわけではないと。

 しかしイリアもいるなか、もう少しそれらしい別れを告げたかった。それだけが残念だ。


 敷地を抜け、王都内の灯りが二人を照らし始めた頃、アゼルスは一つ疑問を口にした。


「城に着いたらどういう流れで騎士団長になるんですか?」


「丁寧語ではなくて良い、今日から私は君の部下だからね」


「そう、じゃあルシファー、城に着いたらどういう流れで騎士団長になるのかしら?」


「ふむ、急に来ると少し慣れないな」


 アゼルスの適応ぶりに、ルシファーは思わず苦笑いを浮かべた。


「そうだな、まずは直接国王陛下への書類を書いて提出する。その後皆の見ている前で簡易的な試験を受けてから、正式に国王から勲章を貰う。あとは騎士団員の前で名乗り、城内に住むお偉いさん方に挨拶をしに行くといった感じだろう」


「…結構時間かかるのね」


「ああ、城に帰ったら息つく暇もないだろう。そうだ、城に帰る前に里へ帰って、親族に挨拶してきたらどうだ?書類は私がまとめて置くから、作業も楽に進むことだろう」


 なるほど、訓練所に来てからまだ一度も父や妹に顔を見せていない。

 すぐにでも帰って、挨拶しに行くのも良いかもしれない。


「そうね、お願いするわ」


「では、馬車を借りてこよう」


 そう言うと、ルシファーはマントを翻して足早にギルドへ向かった。


 アゼルスは夜空を見上げると、呟いた。


「騎士団長になったわよ、父さん、フォーネ」


 今宵の月は1週間前の満月とは程遠かったが、アゼルスの目を奪うには十分なほど美しかった。

第一章終了しました。

第二章も引き続き読んでいただけると幸いです。

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