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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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第十二話 食卓

「急いでイリアをチェックポイントに運べ。ジンはこっちに来い」


 次々と到着した訓練生に、ザパースが指示を出している。

 アゼルスは何か言いたげにこちらを見ていたが、やがてその場を去った。


 ジンはザパースが指示した洞窟の一角へと移動すると、そこでザパースに頭をわしゃわしゃと撫でられた。


「よくやった!お前の活躍、しっかり見ていたぞ!」


 そういうと、満足げに頷いた。


「やはり剣聖の息子だな!あんな迫力のある剣技はそうそう見たことが……どうしたジン?」


「いや…ちょっと体調が」


 ジンは壁に寄りかかり、やがて地べたに座り込んだ。

 おそらく魔力の急激な消耗による症状だ。

 先程の剣技『死線デッドライン』は、ドラゴンの顔を覆い尽くすほどの剣技だったので、流石に魔力の消耗が激しかった。

 残りの魔力が少ないと言う意味ではない。体内を流れていた魔力が急激に消費されたため、体に穴が空いたような感覚に陥っているだけだ。


「『死線デッドライン』にもうちっと改良を加えねえと…こんなん実戦じゃ使えねえよ…」


「まあ何はともあれ、このイベントの優勝者はお前だ。このことは誇っていいだろうな。そして剣技も出せた、今ならアゼルスともいい勝負が出来るかもしれんぞ?」


 なるほど、確かにそうかもしれない。

 訓練所に帰ったらまずアゼルスに決闘を申し込むところからだな、とジンは思った。


「で、何で助けてくれなかったんだよ」


「そりゃあ勿論、お前が成長するような気がしたからだ」


「は?それだけ?」


「ああ、それだけだ」


 全く、この男にはつくづく呆れた。

 どうしてそんな理由で生徒を危険に晒すことが出来るのだろう。


「怒るなよ、本当にピンチだったら助けられる位置にいたし、何より…」


 ザパースは声のトーンを落として言った。


「実際戦場に出てみれば、さっきみたいな状況なんて無数にあるだろうしな」


「…嘘だろ」


 つまりザパースが言いたいのは、右腕の骨が折れて仲間はが火傷を負っているような状況が当たり前のようにあるということだ。

 そんなの、命がいくつあっても足りはしないだろう。


「まあ今のは少し大袈裟だが、『みんなを守れる最強の剣士』とやらになる道のりでは、本当にそんな状況ばかりだろうな」


「…そうかよ」


 ジンが目指す剣士像への道のりの険しさが、改めて実感できたイベントだった。



 ※



「ジン、おめでとう!」


 テントに入った瞬間、エリックがハイタッチを求めるように手を差し出してきた。

 ジンは困ったように笑うと、差し出された掌を叩いた。


 今は訓練生一年の皆でテントを張り、集団でキャンプのようなものを行なっている最中である。

 チェックポイントの兵士が周囲を監視しているため、安全面もばっちりというわけだ。


 運び込まれたイリアは、王都にいる治癒魔法使いが駆けつけてくれたので、痕が残ることはないらしい。


 治癒魔法使いといってもウエラルドは魔法大国ではないので、簡易的な治癒魔法を使った後は本人の回復力に依存しなければならない。

 訓練所に帰るまでの数日は安静にしている必要があるだろう。


「剣技も出せたそうじゃないか、これでアゼルスに近づいたな!」


「おい、珍しくテンション高いなお前」


「当然だ!一番頑張っていた君の努力が報われて、俺は今猛烈に感動しているんだ!」


 普通こういうところでは悔しがると思うのだが、なんと優しい男なのだ。

 きっと彼が前言っていた剣士像のように、正々堂々頑張ったから悔いはないのだろう。


 エリックは少し落ち着いたのか、いつもの冷静さを取り戻していった。


「それでジン、君はこのキャンプ中にも特訓を欠かさなかったりするのか?」


「まあとにかく腹が減った。さっさと飯食おうぜ」


「ああ、ドラゴンとの戦いのことも詳しく聞かせてくれ。実はマルクに席取っておいてもらってるんだ」


「あいつ多分俺の武勇伝なんか聞きたくないだろ…」


 そういいつつも、エリックの後ろについて食事用のテントに向かった。


 食事用のテントは天井以外に布がなく、折り畳み式の長机と椅子が並んでいた。

 兵士たちがよく使っているらしく、チェックポイントのものをザパースが貸してもらったらしい。


 悔しさからかマルクがやけ食いをする、などという奇妙な現象を見かけたジンは、その隣にいる人物に顔をしかめる。


「おいアゼルス、何しれっと俺ら部屋メンの食卓に加わってやがる」


「別にいいじゃない。話があるんだから」


 ジンの言葉に不満げな顔をした彼女は、腕組みをして背もたれに寄りかかった。

 話とはなんだろうか。負け惜しみでなければいいのだが。


 ジンは机に並ぶ大量のタンパク質の塊(マルクが持ってきた肉料理)を平皿に盛り付けると、アゼルスの正面の席にどかっと腰掛けた。


「で、話ってのは?」


「イリアのことで、謝りたかったの」


 彼女は少し俯き気味に言った。


「彼女が一人であの場所に行ってしまったのは私の責任よ。私たちはスライムに遭遇して道を塞がれてしまったけど、私はあなたに負けなくないばかりに、あの子にあなたを止めるように言ってしまったの。そのせいであんな危険な目に…」


 なるほど、イリアが一人で走ってきたのはそういうことだったのか。

 てっきり先走ってしまったのかと思っていたが。


「気にすんなよ。こう言っちゃ何だが、俺がドラゴン倒せたのはあいつのおかげでもあるんだから」


「ジン、つまりイリアが怪我したおかげでドラゴンを倒せたと?」

「最低ね、イリアのことをそんなふうに思っていたなんて」


「フォローしたつもりだったんだけど!?」


 エリックとアゼルスのあんまりな言い様に、ジンは頭を抱えた。アゼルスの手のひら返しの速さは光属性並みだったようだ。

 そんなジンの様子をみてアゼルスがため息を吐き、席を立った。


「何だ、お前ちゃんと飯食ったのか?」


「食べたわよ、流石にマルクと比べられたら全然食べてないかもしれないけど」


 そういうと、アゼルスはその場を去ろうとした。


「待てよ、俺、まだお前に勝ってないぞ」


「どういうことかしら?」


「決闘でだ。俺はまだお前の実力を超えたことにはなってない」


 ジンの目的はあくまでイベントの優勝ではなく、アゼルスに勝って訓練所最強となることだ。

 その目的がまだ果たせていない。


 アゼルスは少し考えたような振りをすると、やがて小さく笑って言った。


「なら、帰ってすぐに決闘よ。まだあなたが私を超えていないことを証明してあげる」



 ※



 ドラゴンもスライムも倒され静まり返った洞窟の中で、足音だけが響いていた。

 男は黒いマントが付いた、襟の長いコートを着ている。


 レクトだ。


 レクトはドラゴンが倒された大広間にたどり着くと、ぐるりと周囲を見回して言った。


「やけにドラゴンが大きいと思えば…こんなに魔力が漏れているなんて…」


 相変わらずの掠れた声でそう呟くと、洞窟の一角にあったひび割れの様なものに、一本のナイフを剣技として放った。

 するとひび割れは砕け、轟音と共に何やら怪しげな瘴気の漂う入り口が出現した。


「早く回収しておかないと…彼らが………え?」


 少し急足で瘴気の中に入ろうとしたレクトは、不意に現れた後ろの影に気づく。


 ザパースに敗れた3人の紳士の内の一人だ。

 何が目的なのか、彼は迷うことなく武器を取り出してレクトに襲いかかった。


 途端、空気が冷える。


「一人で来るなんて、『彼』はさぞ余裕なのだろう」


 そういうと、『隠者』は再び闇の中に消えた。

 一人の紳士を連れて。



 ※



 ドラゴン討伐から三日後、訓練生達は無事に王都へ帰ることができた。

 ギルドで借りたものを全て返却し、一行はザパースについて訓練所に帰還。


 現在は夜中の七時、帰ってきた訓練生は風呂に入り、談話室でくつろいでいる真っ最中だ。

 そんな中、ジンは緊張しながら椅子に腰掛けていた。


 今夜はアゼルスとの決闘だ。ここでの結果によって、明日以降の訓練が大きく変わる。

 彼女は簡単に部屋の掃除をしてからくると言っていたので、余計な焦らしタイムが発生してしまった。


 まるでデートに行く前の様にそわそわしながらジンが待っていると、談話室の中にアゼルスが入ってきた。


 アゼルスはこちらを一瞥すると、ついてくる様ジェスチャーをして部屋を出た。

 ジンもそれを追いかけて部屋を出る。


 彼女と決闘する場所は、以前イリアと3人で特訓した場所にした。

 ジンは迷いない動きで廊下の角を曲がると、やがて庭に出た。


「来たわね」


「おう、今日は勝つ!」


 アゼルスは、前訓練したスペースですでに剣を引き抜いていた。

 立会人はイリアで、彼女は正門に寄りかかって二人の様子を見ている。


 ジンも剣を引き抜き、構えを取った。

 すると、


「すまない、君がアゼルス・アスプロスかな?」


 不意に、正門のほうから声が聞こえた。


 びっくりして3人がそちらへ向けると、そこには重そうな鎧に身を包んだ騎士がいた。

 薄紫色の髪、深紅の瞳、かきあげた前髪のうち、一部を前に垂らしたその青年の名前は、王都内で知らないものはいないだろう。


「「「ルシファー副騎士団長!?」」」


「…驚きすぎではないかな」


 3人のびっくりしたような声に、ルシファーは思わず苦笑した。

 そしてとんでもないことを言い出した。


「アゼルス・アスプロスを騎士団長に迎えるために来た、ご存知の副騎士団長ルシファーだ」

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