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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第八章 記憶の囚人と復讐鬼
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異能記『節制』

 兄は優しい人だった。


 決して心は強くはなかったが、ローズのために日々頑張っていた。

 限りなく続く、父からの暴力に耐え続けていた。


 涙に目を腫らしながらも、兄はローズに笑いかけていた。



 ※



「ベルセルク家には近づかんほうが良い」


 それがこの村の戒めだ。


 ベルセルク、それは王都にすら名を轟かせる凄腕の傭兵の名だ。

 狂ったように戦い、血を求める。まさに狂戦士といった傭兵である。


 傭兵ベルセルクの強さは、間違いなくウエラルド王国のトップクラスだ。

 しかしその残虐性を人々は恐れ、彼に依頼する人間はごく一部となってしまった。


 そして依頼が少なくなり、ストレスが発散できなくなった父は、リオとローズに手を出した。

 父の目的はあくまでストレス発散、ローズの代わりにリオがサンドバックを受け持った。


 リオは体も心も強い方ではなかった。

 それでもリオは、泣きながらローズを守った。


「なんでお兄ちゃんは、そうまでして私を守ってくれるの?」


 そう聞いたことがあった。

 だがリオは、


「俺がお兄ちゃんだから」


 としか答えてくれなかった。


 父はほぼ毎晩、子供たちの世話をほったらかして出かけていた。

 騒ぎを起こした盗賊を、片っ端から殺して回っているのだとか。


 だからリオとローズは、自分たちで生き残るしかない。


 幸い父は自分の金のことをあまり大切にしていないため、食費には問題なかった。

 そしてリオの傷を見ると、村の人たちも気をつかってくれた。


 ウァルスという名の少年もよく一緒に遊んでくれた。


 しかし、誰も助けてはくれなかった。


 残虐性で名高いベルセルクだ。

 よほど正義感が強くなければ、ローズたちを助けてやれるはずがない。


 だからローズは我慢の限界だった。


「逃げよう、お兄ちゃん」


「え…?」


 これ以上、自分の兄が自分のために傷つくのは。



 ※



 暗い夜道を、二人はただひたすらに走っていた。


 王都に行けば騎士団がいる。

 彼らなら、自分たちを救ってくれるはずだ。


 だがこんな時に、彼らに不幸が舞い降りた。


「どこ行く、お前ら」


 見慣れた赤髪が、二人の前に現れた。

 その人物の瞳は虚で、何か別のものを見ているようだ。


「まさか逃げ出そうってんじゃないだろうな」


「あ…」


 恐ろしくて、二人の足はすくんでしまった。


 父が自分たちを生かしておいたのは、サンドバックとして家に置いておくためだ。

 逃げたサンドバックを、この男が生かしておくわけがない。


「お前ら、前から逃げ道用意してたろ。子供の浅知恵なんざなあ…」


 父は拳を大きく振りかぶり、リオの顔面を思い切り殴った。

 その勢いで、リオの体は吹き飛んでしまった。


「お兄ちゃん!」


「そういや、お前の顔面を殴ったことはなかったなあ。ローズ」


 ゆっくりと自分の元に歩み寄る父を前に、ローズは何もできなかった。

 ただ、これからくる痛みに恐怖するだけで…


「おらぁッ!!!」


 頭が吹き飛んだのではないかと思った。

 それほどまでに、彼の拳は殺傷力のあるものだったのだ。


 これほどの痛みを、リオは今まで受けてきたというのか。

 自分が兄だからというだけで。


「お前は見てな、兄貴が死ぬところをよ」


 そういって、父は剣を二本引き抜いた。


 それは剣と呼ぶにはあまりにもボロボロで、刃には大量の血痕がこびりついている。

 彼が今までどれだけ残虐に人を殺してきたか、剣を見ただけでわかる。


 その剣を見て、リオは恐怖に顔を引き攣らせた。


 ボロボロの刃、すぐには殺してくれないだろう。

 切れ味の悪い剣で、無理やりにゆっくりと首を刎ねるのだろう。


 その痛みに、自分は耐えねばならぬのだろう。


「い、いやだ…」


 後退りするリオを見て、父は口元を歪めた。

 残虐なベルセルクの血が、彼を高揚させる。


 だが、ローズの中の同じ血は別の意思でたかぶった。


 守らなければ。

 今まで助けてくれた兄を。


 その瞬間、視界が真っ赤に染まった。



 ※



「はぁ…ッ、はぁ…ッ」


 父を殺した自分の手を見ながら、ローズは呼吸を荒げていた。

 先程の一瞬、ローズは何か不思議な感覚を覚えた。


 それはどこかで見たような、()()


「ぐっ…」


 だめだ。

 その快感を思い出してはいけない。


 思い出して仕舞えば、自分は父と同じになってしまう。


「ローズ…?」


 ふと声がかかり、ローズは振り向いた。


 リオだ。

 先程までの怯えた表情はもうなくなっていたが、代わりに別の感情があった。


「お前…そんな力があるんだったらさあ…初めからさあ…!」


 這うようにして近づき、リオはローズの足を掴んだ。


「俺を守ってくれよぉぉぉ!もう痛いのは嫌なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!」


 涙で腫らした顔は、今までと変わらない。

 だが彼の目は、これから起こる恐怖に揺れていた。


「わ、分かった。今まで助けてもらった分私が…」


「不可能だ」


 不意に、周囲の空気が下がった。


 そして嗤いを浮かべた青年が、二人の前に現れた。


「初めまして、僕の名前はヴァルタイユ・ミラ・バルザイド。最初の幹部を迎えにきた」



 ※



 どうしようもなかったリオは、すぐさまヴァルタイユについていった。

 一体何が怖かったのか、ローズには分からなかった。


 再びまみえた彼は、父のように殺戮を繰り返しては、それに快感を覚えていた。

 そこで、ローズは分かった。


 リオは常に、死を恐れていると。


 一度、彼はエルドに殺されかけた。

 その時のリオの取り乱しようは、かつて父に殺されかけた時と同じものだった。


 何かとてつもない恐怖、それに駆られてリオは動いている。

 父になぶられていた時の恐怖が、現在進行形でリオの心を支配している。


 だからローズは取り除かなければならないのだ。

 今までずっと自分を助けてくれた兄を、取り戻すために。

《キャラクター紹介》


○ローズ・ベルセルク

ベルセルク家に生まれた、水魔法が得意な少女。

体はあまり強く無いため、ベルセルクの血を使うとかなり消耗する。

剣型は『純水』(主属性:水、副属性:水)。


○リオ・ベルセルク

ベルセルク家の長男。

死に対する極度の恐怖を抱えている。

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