第十三話 卑怯
漆黒の闇の中で、ラーナは傷口を押さえて蹲っていた。
傷口からは絶えずに炎が流れ出ている。
まさかここであの技を使ってくるとは思わなかった。
影の空間に一緒に飲み込まれたエルドも、どこか不満げな顔をしている。
「『隠者』の奥義『影の王』。自身から一定範囲内にある物体を影の空間に閉じ込める。空間内では互いの存在が影となり危害を加えられない代わりに、この空間内で現在進行形で起きているあらゆる物事、状態を完全掌握する。だからお前の身体の状況も分かっている」
人差し指をラーナに向け、レクトはつぶやいた。
「『陽炎』は、自身の血を燃やす。だが傷口から流れ出る血は止まらない。つまりここでお前を待っていれば、やがてお前は気を失う」
「…ッ」
分かっていたことだ。
ラーナのあの戦い方は、自分を滅ぼすギリギリの戦法。
今は医療班がいるからこそ大丈夫だが、命がかかった戦いではあまり使えない手段。
まさに最終手段だ。
だから先程の技が通用しなければ、ラーナに勝ち目はない。
「大人しく降参しろ、王女。立会人も見ているからな」
「…嫌だ」
何がなんでも、この男には屈してやらない。
それなら気を失って、観客たちに無様を晒した方がマシだ。
こんな、人の真似事でしか強くなれない男などに…
「アンタ…なんかに…!」
「……」
だんだんと視界が狭くなっていく。
もう手足も動かない。
それでもラーナは、降参の言葉を吐くことはなかった。
※
ナリムに運ばれていったラーナを見送り、フィクスはため息をついた。
「おいお前さん、まさかラーナがやられて呆れてんのか?」
「ち、違うよ」
ディルセイの発言に、フィクスは慌てて首を振った。
「ラーナは僕の知る中でもかなり強かった。そんな彼女がやられるとは、正直想像していなかったんだ。だから次の戦いでどうしようかなって」
「確かに、あの状況から逆転できるとは思わなかったな。後でラーナに聞いてみたらいいんじゃねえか?」
そう言われ、フィクスは黙り込んだ。
あの気高いお姫様だ。
自分が負けた相手の話などしたくもないだろう。
それにラーナはレクトを少し嫌っている。
それでも、フィクスは聞かねばならない。
ルシファーに勝つには、力が必要なのだ。
「それはそうとして、次はガイナルじゃないか?」
「…そうだな」
団員の中で最も肩幅が広い男は、相変わらずの低く響くような声で言った。
ガイナルの戦力はいまだに判明していない。
強いて言うなら料理上手、その程度の情報量だ。
「ナリムも治療終わったと思うし、ガイナルも準備しとけよ」
「…準備は必要ない。どうせすぐに終わる」
そう呟き、ガイナルは準備室を出た。
※
もはや「上がれ」の一言も言わなくなったエルドは、顎でしゃくって入場を促した。
ナリムは弓を片手で持ち、重心を後ろにして構えている。
距離を取るための姿勢なのだろう。
そして彼女の背中には、化身の魔力が溢れ出ている。
ガイナルは何も持っていない。
ただ時を待つかのように突っ立っているだけだ。
「始めろ」
エルドの一言で、ナリムは後方に大きく飛び下がった。
対するガイナルは一歩も動かない。
不思議に思いながらも、ナリムはガイナルに矢を放った。
その矢は真っ直ぐに彼の胴体を狙っている。
だが、ガイナルの肌に触れた矢は粉々に砕け散った。
「ええ…?」
「ナリム、降参しろ」
不意にガイナルが放った言葉に、闘技場内はハテナで覆い尽くされた。
確かにナリムの矢はガイナルを通らなかった。
だがそれだけでガイナルの勝利を決めるわけにはいかない。
この大会の目的の一つに、異能の弱点や対処法を見出すと言うものがある。
ナリムの戦いはこれからと言ってもいいだろう。
しかし…
「昨日のお前の食事に、毒を盛った。『リカバリー』を使わなければお前は死ぬ」
その衝撃の発言に、団員たちは震え上がった。
試合外では何をやってもいい。
相手の勝利を妨害するような行為も許されると、エルドは言った。
そして『リカバリー』を試合中に使うことは禁止事項だ。
だからガイナルは対戦相手全員の食事に毒を盛り、降参を促すことができる。
「…勘違いするな。…俺はナリムには力が必要ないと判断したから毒を盛ったのだ。…今ここで俺が本気を出して、万が一ナリムが致命傷を負った場合、『恋人』がいなければそれを直せない…」
つまりガイナルは、ナリムに完全な医療班としての行動を強要しているのだ。
医療班には最低限の護身用のスキルがあればいいと考えているのだろう。
実際その通りかもしれないが、この手段はあまりにも卑怯だ。
「はぁ…降参しますよ。私も死んだら魔法の研究が出来なくなっちゃいますからね」
嘆息し、ナリムは降参した。
勝者はガイナル・アグネイフ。
手の内を何も明かさずに勝利を勝ち取ったことによって、団員の警戒はより大きなものとなった。




