第十二話 陰と陽
『悪魔』の効果を二つ同時に使える、その事実は団員達にとって新たな脅威となった。
また一つ、最強クラスの異能が増えてしまったというわけだ。
「最強クラスといえば、次の戦いは見物だな」
戦場を見て呟いたジンに、エマが頷いた。
「『隠者』、影を操る能力は凄まじいです。工夫すれば、闘技場内全てをワープし、戦況を掌握することができます。『太陽』は全ての技を返せるカウンター、言わずもがな最強クラスの異能と言えるでしょう。これは激しい戦いになりますね」
「お、おう」
長文で返され、ジンは苦笑を浮かべた。
エマの言う通り、ラーナとレクトはお互いそこがしれないほど強い異能の持ち主だ。
これはかなり熱い戦いになるに違いない。
ラーナの構えは、刀の剣先を正面に向けて腰を落としている姿勢だ。
カウンターこそ居合でやるべきなのだが、彼女に何か策があるのだろう。
レクトはただナイフを持って棒立ちしている。
訓練所ではナイフの訓練をしなかったため、基礎が無いのだろう。
「始めろ」
エルドの言葉で、ラーナは爆ぜるように動いた。
カウンター主体であるラーナが攻めに行っている、一見無謀極まりない行為だが、現在はこれが最善策だ。
レクトの戦闘スタイルがまだはっきりしていない以上、こちらから攻めて相手の様子を伺う必要がある。
「『真泡沫』———ッッッ!!!」
ラーナの必殺剣技は、炎の泡とともに剣撃を与えるものだ。
普通なら大火傷をして終わる。
だが『隠者』なら違う。
「…っ」
力んだ声とともに、レクトは『隠者』の能力で背後にワープしていた。
そしてそのままナイフをラーナの肩に突き刺して…
「『陽炎』!」
否、突き刺さる寸前でラーナはカウンターを発動した。
炎はレクトを包もうとし、レクトは慌てて飛び下がった。
互角、と言うには少し違うかもしれない。
ラーナは攻めたとしても、レクトのカウンターをカウンターで返せる。
しかしレクトはそのラーナの動きについていけていない。
『陽炎』は、ラーナの血を炎に変えることで、毛細血管のように複雑な炎の網を出現させることができる。
先程のレクトの回避は偶然と言っていいだろう。
「アンタに勝ち目はない。大人しく降参しなさい」
「……」
確かにこのままでは、レクトに勝機はない。
だが『隠者』の力を使いこなせば、勝利は可能だ。
レクトは影のナイフを一本作り出すと、ラーナの背後に投げ飛ばした。
ナイフは床に突き刺さり、そのまま静止した。
「…何するつもり?」
「…君のカウンターの発生の時間を、さっき覚えたんだ…」
嬉しそうに笑うと、レクトは姿を消した。
そして影が存在しない日向から、彼は現れた。
「なっ!?」
「『虚影の舞台』」
直後、無数の影のナイフがラーナに突き刺さった。
レクトが現れた影は、いつの間にか巨大な穴となっていた。
影のナイフはそこから放出されたのだろう。
「アンタ…っ」
「仕組みはわかった…?」
レクトは自分の足元を指さした。
そこには影のナイフがある。
「このナイフ…影扱いなんだ」
その言葉に、その場の全員が震撼した。
『隠者』のワープ能力、それは光のある場所から影のある場所へ移動する能力。
先程の発言によって、『隠者』のワープの制限がなくなったと考えられる。
今この闘技場のほとんどが日向だ。
そこに影のナイフを配置すれば、レクトはその空間のどこにでもワープすることができる。
そして彼が放った剣技『虚影の舞台』は、ワープした直後に放つことができる。
発生時間はラーナのカウンターを上回るだろう。
「このナイフが闘技場全部に置かれたら…ここは全部僕の独壇場になる。そしたら…」
どす、と床にナイフを突き立てながら、レクトは言った。
「…投了するしかない」
「…ッ」
挑発するようなセリフに、ラーナは歯軋りした。
いつも陰気で、ボソボソと喋るような奴。
そんな奴に、ラーナは降参しなければならないのか。
情けない。一国の王族たるものが、こんな男に膝をつくのか。
「クッソ…っ」
再び歯軋りし、ラーナはレクトに向かっていった。
まずはあのナイフを置く行動を止めなければ。
「真泡…」
「『虚影の舞台』」
「…が…はッ」
剣技を放つ前にはすでに、背中にナイフが刺さっている。
ラーナを超えるカウンター技を持っているという事実に、ラーナは屈辱を禁じえなかった。
レクトは次々にナイフを刺していく。
もうすでに彼の独壇場は出来上がっているのではと感じるほどに、大量のナイフを置いていた。
だがラーナは諦めない。
ひたすらにレクトに向かっていく。
「あれ『ヒール』でなおせんの?」
「ギリギリ大丈夫ですね」
ジンの問いに、ナリムが答えた。
彼女の回復魔法は『恋人』によって強化されている。
信憑性は薄いが、エルドが試合を続けていると言うことは大丈夫なのだろう。
「反対側でフィクスさんが顔を青ざめてるかもしれませんね、兄貴」
クロスに言われ、ジンは顎に手を当てた。
仮にイリアが試合であんな目に遭わされていたら、ジンはおそらく我慢できないだろう。
しかしフィクスなら大丈夫な気がする。
「フィクスはちゃんとしてる。それにラーナだって、フィクスに心配されんのは屈辱だろ」
「まあ…確かに」
互いを信じているのなら、黙って見守るのが最善だ。
それにあのラーナが、何も策なしに飛びかかっているようには思えない。
ラーナは足がガクガクになりながらも、必死でレクトに立ち向かっている。
高貴なお嬢様からは考えられない戦い方だ。立っているのもやっとだろう。
だがレクトの独壇場が作られた直後のラーナと、今のラーナとでは表情が違う。
傷を負って倒れそうになりながらも、今は彼女の瞳にとあるものが宿っていた。
それは、勝利の確信。
「はあ…ッ、はぁ…ッ」
乱れた呼吸を整えながら、ラーナはその場に立ち尽くした。
そんな様子をレクトは痛々しげに見ている。
「…あんまり仲間を傷つけたくないんだ…。ラーナさん、降参してくれない…?」
「…ッ」
レクトとしては、意図していなかったことだろう。
だが気高いラーナにとって、今の発言は爆弾だった。
「その言葉…後悔させてあげるわ…」
「!?」
口元を歪ませるラーナに、レクトは何を感じたのか後ずさった。
今の戦場はレクトのものだ。
床にはナイフが散りばめられ、どこでレクトに攻撃してもナイフで反撃がくる。
その証拠に、床には大量のラーナの血が散らばっている。
「…まさか!」
「『陽炎』———ッッッ!!!」
ラーナが叫び、彼女の体は炎に包まれた。
『陽炎』はラーナの血を燃やす。
それは、床に散らばった血も同じだ。
闘技場は炎に包まれた。
「ああ!?熱…ッ、熱い…ッ!」
炎の中で踊り狂うレクトに、ラーナは笑みを向けた。
炎によって照らされた闘技場内では、影を使った移動はもうできない。
レクトは身体中に火傷を負うまで、ここで踊り続けるのだ。
「アタシにさっき言ってた言葉覚えてるかしら。その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
涙で顔を濡らしているレクトに、ラーナは顔を近づけた。
「降参してくれない?」
炎に包まれる戦場で、レクトに勝ち目はない。
ここで大火傷をするか、降参するかだ。
ラーナからは炎が出続けている。
そのうち出血で力尽きるだろうが、その前にレクトが敗北する。
だからラーナが勝つのだ。
炎に包まれる戦場で、レクトに勝ち目はない。
「じゃあ…」
ぱき、という音とともに、レクトのメガネが熱で割れた。
「炎に包まれるこの戦場を、俺が変えてやる」
直後、二人は影に飲まれた。




