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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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第十一話 黒炎の剣技

 朝日が登り、小鳥の囀りが聞こえて来る時間帯となった。

 今は早朝の6時、テント一式に入っていた羽毛布団から顔を出すと、ジンは大きな欠伸をした。


「あれ、早起きなんだなディルセイは」


 御者席を見れば、すでに起きていたディルセイが馬車を運転していた。

 彼はジンの方をチラリと見ると、口元を歪めて言った。


「人様に運んでもらってんのに6時まで呑気に寝てる奴のほうが意外だわな」


「う、うるせえな…」


 嫌味ったらしく吐かれた台詞に、ジンは思わず苦虫を噛み潰したような顔をした。


 6時が遅い時間だというのならば、彼はおそらく早起きなのだろう。

 もしくは、ジンを気遣って早くに出発してくれたか。


 今日は三日目。もうそろそろで洞窟に着くといった感じだ。


 剣技の練習は捗ったかと言われれば、ジンはなんとも言えないと答えるだろう。

 確かに魔力を運ぶ精度は上がったかもしれないが、肝心な剣技を一度も出していない。


「ぶっつけ本番ってわけか…」


 今までぶっつけ本番というものを体験したことのないジンは、頭の中でさまざまな心配をしていた。

 例えば、緊張で魔力運搬自体出来ないかもしれない…とか、剣技の威力が足りなくてドラゴンに返り討ちにあったら…など。


 馬車の中で悶々とするジンとは別に、ディルセイは川を眺めていた。


「なあジン、あれお前さんとこの生徒じゃあないか?」


「何だって!?」


 ジンは勢いよく起き上がり、馬車から身を乗り出して川を見た。


 なんと、イリアとアゼルスが氷の小舟に揺られていた。


「あっ、ジン君〜!」

「ば、馬車!?そんなのありなの!?」


「お、お前らこそ何だよその舟!」


 ジンが小舟の詳細を問おうとする前に、彼女達はどんぶらこと見えなくなってしまった。

 ディルセイはジンの方をみると、にんまり笑って言った。


「速度上げるかあ?」


「頼む!」


 途端、馬が悲鳴を上げ、恐ろしい勢いで馬車が走り出した。

 当然馬車内は大きく揺さぶられ、ジンは壁に掴まるのでやっとだった。



 しばらくして洞窟前に着き、ジンはイリア達に詰め寄った。

 小舟からは、かなりの魔力が漂っている。


「何なんだこれは」


「私が氷の魔法で作ったのよ。出発前に地図で川の流れは把握していたし」


「ま、魔法!?お前魔法使えたのかよ!」


『黒氷』使いで戦意解放力は80%、おまけに魔法も使えるなど、もはや何でもありである。


 魔法に関してはジンはあまり知らないが、属性付きの魔力の塊を打ち出す力のことを魔法と言う。

 剣技ほど威力は高くないが、氷の小舟を作ったように、汎用性の高いものとなっている。

 戦闘では、誤魔化しや遠距離攻撃として使われているらしい。


 そして魔法は、選ばれたものにしか使えない。

 つまり一般人がどれだけ努力しても、魔法を使うことは叶わないということだ。


「まあ、攻撃用として練習はしていないから、戦闘では使えないけどね。それでジン、その人は?」


「ディルセイって名前の旅人で、俺をここまで運んでくれた御者だよ」


「まあ、そういうこと。それじゃあお前さん方気をつけてな」


 そういうとディルセイは、馬車を走らせようとした。


「もう行くのか?」


「馬鹿野郎、色々用事があるって言っただろうがよお。ただでさえ時間潰れてんだから」


「そうか、ありがとな」


 ジンの言葉に無言で手を振り、ディルセイの馬車はそのまま見えなくなってしまった。


 さて、問題はこの二人だ。

 この二人…特にアゼルスと一緒に行動していては、ドラゴンの討伐を奪われてしまう。

 どうにかして二人を迷子にさせたい。


「何か悪巧みしているようね」


「ああっ!?べ、別にお前らを出し抜こうとなんてしてねえし!?」


 とにかく、このままでは不味い。

 ジンは真っ先に洞窟の中へと突っ込んでいった。


「あ!ジン君先に行っちゃった!」


「足速いのね、困ったわ」


 後ろで二人のやりとりが聞こえるが、今は気を取られてはいけない。

 何か目眩しが出来る方法は無いだろうか。


「そもそもドラゴンはどこに居んだよ…」


 洞窟にたどり着いたはいいものの、肝心なドラゴンの居場所がわからなければどうしようもない。

 この洞窟は比較的狭く、ドラゴンが入れる場所といえば大広間しかないだろうが。


 そもそも何故ドラゴンがこんな場所に住み着くのだろうか。

 彼らが住みやすい環境は、竜国ドラグニカに無数にあるというのに。


「まさか人を食うために来たってのか?ドラゴンならここからウエラルドまですぐだし…」


 だとすればイベントどころでは無いが、このイベントでドラゴンを倒せれば何かしら国から礼が貰えるかもしれない。

 しかしそんなことを考える暇があればドラゴンを探すことが先決だ、まずは彼らの生態を思い出す必要がある。


 竜国は火山が多く、ドラゴンの多くはそこに住み着いている。

 つまり熱気が多い場所に行けばいいということだ。


 これがわかればあとは簡単、ひたすら熱い方へ向かうだけの作業となる。

 そしてジンは順調にそれをこなしていく。


 ジンの皮膚から、汗が大量に出始めたころ。


 唐突にそれは襲いかかってきた。


 火球だ。ジンの頭部目掛けてものすごい勢いで発射された。

 ジンは危うくそれを交わしたが、天井に当たって入り口が塞がれてしまった。


 帰れなくなってしまったのと同時に、イリアとアゼルスに追いつかれる可能性も無くなった。

 これは好都合と言うべきなのだろうか。


 目の前の敵は全長50mほどの超巨大なドラゴンだった。

 全身は緑色の鱗に覆われていて、棘の生えた翼を畳んでくつろいでいる。

 一人で相手にできるだろうか。


「いいや、どちらにしろお前は俺が倒すんだ!一人でだってやってやらあッッッ!!!」


 言うと同時に、ジンは全身に戦意と魔力を滾らせ、剣技を放った。


 魔力は順調に突き進み、ジンの剣先からそれが放たれる。

 その狙いは真っ直ぐにドラゴンの頭部を狙っていて———



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!



 ———途端、ジンの体は側面からの衝撃によって吹き飛んだ。



 ※



「ドラゴンの生態として、熱を好むというものが挙げられるわ。だから、熱気の多い場所へ向かえばいい」


「おお〜、流石!物知りだね!」


 現在イリアとアゼルスは、軽く走りながら会話していた。

 通っている道はジンと同じで、順調にいけば彼女たちも追いつくことができるだろう。


 すると、突然大きな物音がした。

 ドラゴンの火球が天井を崩した音だ。


「戦いが始まったみたい」


「私たちも急ぐわよ」


 二人が顔を引き締めて足をはやめると、正面に魔物が出現した。


 スライムだ。それぞれ色は別々で、今にも溶けそうな形で地面を這っている。


「大変!スライムは若い女の子を襲って来るってザパースさんが言ってた!」


「そんなわけないでしょ、貴女も何信じてるのよ」


 イリアが顔を青くして言うが、アゼルスがジト目で言い返す。

 アゼルスはそう言ったが、脅威であることに変わりはない。

 倒せなくはない、むしろ苦戦することはないだろうが、何しろジンに追いつけなくなる。


「仕方ないわね…イリア、貴女が先に行ってジンを止めてきて」


「分かった、アゼルスはスライムと戦うの?」


「ええ、ある程度通れるくらいになったら追いつくわ」


 そういう時アゼルスは剣を引き抜き、白竜の構えをとった。


「剣技で道を作るから、得意のダッシュで駆け抜けなさい」


「了解!」


「行くわよ、剣技『零槍』———ッッッ!!!」


 直後、アゼルスの剣先から長い針のようなものが道を作り出した。

 剣技『零槍』は『神氷刃イエロ・ラル』と違い、殺傷能力が低い代わりに、長い距離に氷の衝撃を与える。

 このように、魔力の循環経路をあるていど工夫すれば、さまざまな特徴の剣技が作れるのだ。


 道のりにいたスライムは一瞬で吹き飛び、イリアが通るための道はすんなり開けた。


 イリアが自慢の足を活かしてすぐに脱出、アゼルスに向かって頷くとその場を去った。

 直後、



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!



 ドラゴンの鳴き声が聞こえた。

 ジンがドラゴンを倒したのだろうか。とにかくこのスライムたちを早く片付けなければ。


「全員覚悟なさい!『神氷刃イエロ・ラル』———ッッッ!!!」



 ※



「ぐ…ッ」


 壁に思い切り叩きつけられ、ジンは蹲りながらも自身の状況を確認した。


 まず間違いなく右腕が折れている。ドラゴンの尻尾に叩かれたからだ。

 背中は壁に衝突して激痛がはしっているが、耐えられないことはない。

 それ以外の箇所は奇跡的に無事だった。


 だがどうする、ジンが剣技を使うよりも、ドラゴンが尻尾を振るタイミングの方が速い。

 相手の技に合わせてカウンターを放つのも、ジンの技量では成功率もほとんど無いに等しい。


「そもそもあいつの尻尾振る速度がおかしいんだよな…」


 まさに八方塞がり、絶体絶命だ。

 ここは一か八かカウンターに賭けてみるか、そんなことをジンが考えていると。


「ジン君ー!」


 ドラゴンを挟んだ向かい側、まだ残っていたらしい別の入り口からイリアが走ってきた。

 当然、ドラゴンがそれに気づく。


 まずい、イリアに向けて、ドラゴンが口元に魔力を溜め始めた。


「来るなあああああッッッ!!!」


 ジンがそう叫んだ直後、



 オオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!



 ドラゴンの鳴き声とともに、驚いた表情をしたイリアは火球に直撃して吹き飛んだ。


「イリアッ!!」


 ジンは動けなくなった体に鞭打ち、全力でイリアの元に駆けた。

 ドラゴンの股の下をくぐり抜け、倒れて動かなくなったイリアを抱き起こす。


 彼女の状態は、ドラゴンの火球に当たったにしてはまだマシな方だった。

 腹部全体に軽度の火傷があり、いくつかの部位が骨折している程度。命に別状はないが、痛みからか、苦痛に表情を歪めている。

 おそらく戦意の操作による魔力の循環速度の上昇で、簡易的な魔力結界が生み出されていたのだろう。

 つくづく戦意とは凄いものだと実感するが、今はそれどころではない。


 倒れてしまったイリアには、もう戦意を抱くことは出来まい。次に火球をくらったら彼女は間違いなく死んでしまう。


「さっきよりもピンチになっちまったじゃねえかよ…どうすんだ俺」


 言いながらも、自分の剣をかたく握りしめる。

 もう賭けるしかない。一度も練習したことのないカウンターに。


 ジンが今まで特訓してきた剣技は、シンプルな一撃の斬撃だ。相手の攻撃に合わせてカウンターを行ったとしても、後ろにいるイリアを守れはしない。

 ならばカウンター自体を剣技にして、さらに攻撃用の剣技で仕留める必要がある。


 故に今ジンに求められることは、剣技を即興で作り出すこと。

 相手の技を絡めとるような、炎属性の特性を活かした剣技を。


「考えてる暇なんてねえ…」


 見れば、ドラゴンはゆっくりとこちらに向かってきていた。

 おそらく噛みつきで、完全にトドメをさすつもりだろう。


 やがてドラゴンは口を大きく開けて、勢いよく突進してきた。


(想像は炎!あの大口を食い止められるような剣技!)


 ジンは炎の形を頭の中でイメージし、魔力の循環経路をそれに適応した道に変えた。

 成功するかは分からない。


 だが、やるしかない。


「うおおおおおおおお!!剣技『死線デッドライン』———ッッッ!!!」


 腕の中に溜め込んだ魔力を一斉に放出した直後、ドラゴンの頭部を丸ごと覆い尽くすほどの巨大な黒炎が出現した。

 黒炎はドラゴンの頭部を掴み取り、完全に固定した。

 今なら、あの剣技が繰り出せる。


「今だ!『黒滅斬』———ッッッ!!!」


 ジンが叫んだ直後、鋼の剣の剣先から黒炎が飛び出し、ドラゴンの頭部に直撃した。

 ドラゴンは悲鳴をあげる間もなく頭骨を貫かれ、やがて絶命まで至った。


 ジンの剣技のコンボは、ドラゴンを一撃で倒せたのだ。


「みんなを守れる、最強の剣士…か」


 その言葉を最後に、イリアは意識を失った。

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