第九話 裏切り者
異能士団が出発して1週間、アゼルスは退屈な休日を過ごしていた。
ルシファーも遠出の任務に出かけていて、ラーナもいない。
今のうちに残った書類の始末でもしておこうか、などと考えている。
「せっかくの休日だし…」
今のうちに仕事を済ませておけば、後日楽になることはあるだろう。
しかしその分、新しい仕事は入ってくるはずだ。
やはり休日を満喫せねば。
それでも、ここ最近アゼルスは趣味というものが全くと言って無かった。
「仕方ない、マルクあたりと練習でもしておこうかしら」
ふう、と一回大きなため息をつくと、アゼルスは部屋をでた。
マルクの部屋は一階の階段の近くだ。
何も用がなければいいのだが。
そんなことを考えながら階段を降りていくと、不意に大きな地響きがした。
「何!」
急いで階段を駆け降り、アゼルスが目にしたのは。
「…え?」
壁に叩きつけられ、血反吐を吐いているマルク。
そして紳士服を着たルシファーの姿だった。
「アゼルス…、こいつ、欠片を盗みに…!」
顔を苦痛に歪めながらマルクは立ち上がろうとするが、そのまま倒れてしまった。
それほどまでに大きなダメージだったのだろう。
「ルシファー、どういうつもりよ」
今は慌てるべき時ではない。
平然を装い、アゼルスはまず状況を聞くことにした。
だがルシファーは、そんなアゼルスの心境を読んでいるかのように目を細めた。
「すまないアゼルス。俺は友のために戦う」
「友…?」
「ああ、詳しくは言えない。これは俺の復讐なのだ」
そう言って、ルシファーは剣を構えた。
「そこをどいてくれ、アゼルス。欠片を持ち帰らねばならない」
「……!」
やはり先程マルクが言っていたのは本当だったのだ。
ルシファーはどうやら、ヴァルタイユを友として認識しているらしい。
許されざる行為だ。
アゼルスの親友であるイリアを奪ったあの男の味方につくことなど。
「断るわ。一度捕らえて、目を覚まさせてあげる」
「…そうか」
どこか悲しげに呟くと、ルシファーはやがて戦意を解放した。
彼の戦意解放力は70%、アゼルスには及ばない。
それでも、彼が纏う魔力濃度は凄まじいものだった。
「あなた…一体どこでそんな力を」
「最後に忠告する。そこをどいてくれアゼルス」
「嫌だと言ったら?」
「…君を傷つけることになる」
その言葉に、アゼルスは苦笑した。
とっくにアゼルスの心は傷ついていると言うのに。
「嫌だ」
「『黄昏の剣流』———ッッッ!!!」
凄まじい勢いで突進してきたルシファーに、アゼルスはカウンターを合わせた。
アゼルスの剣型は『黒氷』、氷属性である以上、カウンター剣技はあまり威力の期待はできない。
だが隙はできた。ルシファーは体をのけぞらせている。
今なら剣技が直撃できる。
「『神氷刃』———ッッッ!!!」
『黒滅斬』を遥かに上回る、突攻撃の必殺剣技。
これでアゼルスは、数多の剣士を無力化してきた。
だがルシファーはそうはいかない。
「『明星剣【頂】』」
一瞬にして、アゼルスの放った黒氷が砕け散った。
ルシファーのカウンター剣技だ。
そしてルシファーはアゼルスに急接近し、耳元で囁いた。
「君との日々は、忘れない」
「え…?」
先ほどまでとは違う、いつものルシファーの優しい声。
その声に、アゼルスは一瞬の油断を見せてしまった。
直後、アゼルスの視界が半分消滅した。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
そしてすぐさま気づいた。
左目を抉られた。
「あああああああああああああああああああああ!!!」
血飛沫をあげて倒れるアゼルスを一瞥して、ルシファーは地下室に向かった。
「けじめをつけられた。ありがとうアゼルス」
※
「ああ〜ッ!!イライラするわ〜!」
頭を掻きむしりながらリオは叫んだ。
ここは組織の本部だ。
異能士団との戦闘から帰り、リオは拠点の壁を怒りに任せて切り刻んでいた。
「勘弁してくれ、任務に失敗したからって」
「失敗じゃねえ!ヴァルタイユの野郎が、あのシナリオを知らないわけがねえんだよ!」
壁を思い切り叩き、リオはディオンを睨みつけた。
「前回もそうだった…皆殺しにしろって命令だったから俺はてっきり、殺せる運命だと思ったのに…!」
「落ち着け、ヴァルタイユには算段があってお前に任務を失敗させた。悪いようにはならないはずだ」
「悪いだろうが!血肉がすぐそばにあったんだぞ!なのに血が見れねえなんて…ああ〜、最悪だ」
頭を抱えて落ち込むリオに、ディオンは呆れたように嘆息した。
リオは血肉に飢えている。
人を殺すことに快感を覚えている。
こんな狂人と同じ立場にいるのは気に食わないが、ディオンにも目的がある。
今は我慢しておくべきだろう。
それは向こうも同じだ。
どれだけヴァルタイユのことを悪く言っても、ちゃんと戦力として機能すればリオを始末することはない。
しかし仮にディオンという戦力をリオが私情で殺せば、ヴァルタイユは彼を許さないだろう。
彼はこの殺人欲を満たすことはできないのだ。
「満たせるさ」
不意に現れたヴァルタイユが言った。
「下っ端を十人ほど殺せばいい。それで気分が収まるのなら彼らも本望さ」
「下っ端ねえ…」
リオはセコセコと働く下っ端達を見て嘆息した。
「冷めたわ、あいつら殺しても面白くなさそうだし」
「それは残念だ」
嗤い、ヴァルタイユは踵を返してその場を去ろうとした。
「待てよ、お前何がしたくて俺を失敗させた」
「…シナリオを進めるためさ。ローズが『節制』を全員に働きかけている時点で、彼らの死ぬ可能性はゼロだからね。ウァルスに火をつけた」
「…あいつがなんか関係あんのか」
「ああ、彼は脅威だ。冷静になりさえすれば、君にも勝てるだろうね。だから…」
ヴァルタイユは手で何かを握りつぶす仕草をした。
おそらく彼が潰したのは心、ウァルスの平常心だ。
「最後の戦いまでに彼を完成させれば、彼は脅威ではなくなる」
《キャラクター紹介》
○アゼルス・アスプロス
白竜族出身の天才剣士で、王国騎士団の団長を務める少女。
禁属性を使うことは割り切っている。
剣型は『黒氷』(主属性:禁、副属性:氷)、戦意解放力は80%。
○ルシファー・メルティア
元王国騎士団副団長で、組織の幹部。
闇属性差別主義者であるウエラルド国王を憎んでいる。
剣型は『薄灯』(主属性:闇、副属性:炎)、戦意解放力は70%。
○マルク・フラート
ジンの元ルームメイトで、騎士団の団員。
類稀なる才能を持っていて、プライドが高い。
剣型は『副風』(副属性:風)、戦意解放力は90%。




