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鈍色の封剣士  作者: 沙菩天介
第一章 黒炎の剣技
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第十話 拍手

「どうだ、悪い話じゃあねえだろう?俺もウエラルド本場の剣士と戦ってみたかったんだ」


「本場って…あんたもしかして別の国の人か」


「ああそうさ、ウエラルドと言やあ剣士の国だ。訓練生の実力ってもんを見せてくれよ。決闘のルールはお前さんが決めていいからさ」


 この男、完全にやる気満々である。

 だが、今かなり良いことを言った。


「決闘のルールは俺が決めて良いんだったな?」


「ああ、好きにしてくれ」


「じゃあ剣技無しで、相手に一発当てた方が勝ちだ」


 ジンの剣技は今、完全な状態ではない。そのため、相手の剣技によって負ける可能性がある。

 このルールで戦えば、ジンにも勝つ可能性が出てくるはずだ。


「剣技無し…か、いいぜ。その方が分かりやすいからな」


 そう言うと、男は懐からナイフを取り出した。


 この決闘に立会人はいない。互いが武器を構えた瞬間に決闘は始まるだろう。

 ジンもバックパックから鞘付きの剣を取り出し、それを引き抜いた。


『鋼の剣』は、訓練所で使うような木剣とは違って重く、普通に戦えば訓練のようにはいかないかもしれない。

 だが、戦意操作が使えれば簡単に持ち上げられるはずだ。


 ジンは戦意を抱き、目の前の敵を見据えた。

 そして相手の行動を伺いつつ、間合いを詰めた。


(まずは先手、いただきだ!)


 そしてジンの刃がみねうちで、男の肩に直撃した。


「いっでええええええええーーーッッッ!!!


 男は肩を押さえながら転がると、その場で悶絶した。


 ジンは焦っていた。もしかしたら決闘はまだ始まっていなかったのかもしれない。

 おそるおそる男の顔を覗き込むと、彼はやがて立ち上がった。


「何だ今のはよぉ!お前さんクッソ速えじゃねえか!」


「はあ?あんたまさか戦意操作出来ねえのか?」


「出来なかったら旅人なんてやってねえよ!ただ解放力全部引き出せてねえだけだ!」


 男は地団駄を踏むと、落ち着いたのか、その場に座ってしまった。


「なるほどなあ…これが訓練生の実力ってわけか…」


 どうやらジンは、大人の旅人に勝ってしまったらしい。

 想像以上に実力があったのだと、ジンはそこでようやく理解した。


 これが、ウエラルド王国訓練所の力なのだ。

 今のこの男の発言によれば、本来普通の人は戦意解放力の全てを引き出せるものではないらしい。

 それを確実に引き出す事が、訓練所のザパースにはできると言う事だ。


 改めてザパースや訓練所の歴代所長の凄さを思い知ったのだった。



 ※



「へえ、何でも守れる最強の剣士ねえ…」


 男とジンは、適当に自己紹介をしている最中だった。


 この男の名前はディルセイ・テロード、四大陸の一つである『トアペトラ』からやってきたのだそうだ。


 トアペトラは他の三つの国との貿易を行わずに、自国の科学力を独占しそれだけを駆使して発展した空中都市で、他の国では見られないような、『コンクリート』と呼ばれる砂や砂利を加工したもので作られた建物が並んでいる。


 とある理由で、ウエラルドに滞在しているのだと彼は言った。


「ま、夢を持ってるのは良いことだあな。お前さんみたいな奴が、将来のウエラルドを支えるのかもしれねえ」


 ディルセイは納得したように頷いた。

 それからしばらく話すことはなかった。


 馬車に揺られながら、ジンは剣技のことについて考えていた。


 剣交祭中止まで五日ほどあると思っていたのに、急なイベントによって練習ができなくなってしまった。

 いつ練習したものか、それについて悩んでいたのだ。


(待てよ、何を勘違いしてんだ俺。魔力放出の練習なら、座りながらでも出来るじゃねえか)


 何と言うことだ。それでは馬車に揺られて移動するこの三日間、全てを剣技の練習に使えるというのか。

 ジンは確信した、もう剣技を使えるようになったも同然だと。


 ドラゴンを倒すのも、難易度が低くなったようだ。

 ジンがそんなことを呑気に考えていると———



 オオオオオオオオオオオオオオオオ———ッッッ!!!!



 ———西の方から、巨大な鳴き声が聞こえた。


「な、何だ?」


「多分ドラゴンだろーよ、怖いねぇ。お前さん方も気をつけな」


 今の泣き声がドラゴン…ここまで声が届くくらいの大きさなのか。

 一体何を考えてザパースはこんなイベントを考えたのだろう。


「絶対誰か死ぬだろこれ…」


 あのオッサンはたまに考える事が意味わからないが、今回は今までと比にならないくらい意味がわからない。

 もう少し生徒のことを考えて欲しいものだ。



 ※



「げっ、何だ今の鳴き声。デカ過ぎんだろ」


 びっくりして、ザパースは危うく馬から落ちそうになった。


 このイベントは間に合わせで作ったものなので、ドラゴンの強さもあまり分かっていない。

 そのため真っ先に洞窟へ向かい、生徒がピンチになったら緊急で助けるためにザパースは馬を走らせていた。


 現在ザパースはジンを含めた生徒から大きく離れた森を駆けている。

 それもそのはず、生徒たちの足が馬に敵うはずがない。追い付けたとしても、戦意の力を使った場合のみだろう。それもスタミナが馬並みだった場合の話だが。


「予想以上のデカさだなあ、ドラゴン」


 ドラゴンの大きさは、鳴き声でだいたい把握できる。

 ザパースはドラゴンの大きさを予想し、苦笑いを浮かべた。


 生徒の命を危険に晒してまでこんなイベントを作ったのには理由がある。

 他でもないジンのためだ。

 彼はまだ剣技がうまく出せていない。そのためザパースは、とある特性を活かすことにした。


 人間には、土壇場で成長できるという特性がある。

 これに関しては詳しく解明されていないので確証はないが、魔力や戦意が一時的に上昇した等の結果もちらほら出ているらしい。


「剣聖の息子にこんな確実性のない方法を強いるのは気がひけるが、上手くいけばアイツ化けるだろうな」


 そもそも今の段階でかなりの強さを持っているのだ。剣技が使いこなせればアゼルスとも互角に戦えるだろう。


 そんなことを考えながらザパースが森を駆けていると、


「…ん?なんだお前達は」


 見れば、正面に3人ほどの人影が見えた。

 全員紳士用の真っ黒なコートに身を包み、コートと同じく真っ黒な中折れ帽をかぶっている。

 帽子は目深に被っているため影で目がよく見えない、不気味な連中だった。


 ザパースが馬から降りて、もう一度名を問うと、彼らはいきなり各々の武器を取り出して襲いかかってきた。


 ——速い、全員が間違いなく手練れの剣士だ。

 そして戦意も全員もれなく全開に出来ている。


 かつての教え子か、それとも他の誰かに教わったのか。


 いずれにせよこんな連中がウエラルドを徘徊しているのはまずい。

 早く捕まえて情報を聞き出す必要があるだろう。


「俺も全力で行かせてもらうッ!」


 ザパースは戦意を操作し、目に見えて分かるほど大きな赤いオーラを身に纏った。

 これがザパースの全力、その戦意解放力はなんと脅威の100%だ。


 3人の剣士を一瞬で圧倒し、ザパースはそのうちの一人の首元に剣先を突きつけた。


「さあ情報を吐け、でなければ首をかき切るぞ」


 出来るだけ威圧を込めてそう言った。

 すると…



 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ



 何の冗談か、連中は口元を歪めて一斉に拍手を始めた。

 そのあまりにも奇妙な状況に、ザパースは眉を顰めた。


「何故、手を叩いている?」


「私はとても感動しているからです」


 目の前の男が顔を上げ、目尻と口元を大きく歪めて笑っていた。

 そしてザパースのほうを見つめたまま、笑顔で拍手を続けていた。


「彼は信用できる人だったみたいです」

「僕はたった今、彼に忠誠を誓いました」


 後ろの二人も、同じような表情をして拍手を続けた。


 彼とは何のことなのか、ザパースには想像も出来ない。

 ただ何か、とてつもなく大きな脅威が迫っているような気がする。


 この3人は絶対に捕まえなければならない。

 そう思った瞬間、3人は笑顔で拍手を続けたまま消えた。


「な…ッ!?」


 今、間違いなく消えた。

 あれは恐らく魔法の類だが、ワープできる魔法には設置型のものしかない。

 それも、設置にかなりの時間を要する。


 そしてこの森、実は本来のルートではなく近道だ。

 旅の道を予め調べていたとしても、この場所に魔法を設置することなどあるはずがない。


(なのに俺がここを通ることを知っていた…?)


 ザパースの今の頭の中には、一つの疑問しかなかった。


 ———『彼』とは一体、何者なのか。

 ただそれだけが、頭の中を渦巻いていた。

《キャラクター紹介》


○ディルセイ・テロード

ジンを馬車に乗せてくれた旅人。

ウエラルドに何らかの目的があるらしく、トアペトラからはるばるやってきた。


○コートの人物

ザパースに突然襲いかかった手練れの剣士。

『彼』と呼ばれる存在に忠誠を誓った。

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