第13話 ボールに集中!
学校とはいえど、勉強ばかりしているわけではない。
昼休み時間であったり、午後が休みとなっていることもある。
生徒たちはそんな時間を利用してお茶会を開いてみたり、学校に用意された施設を使って遊戯に興じたりと、思い思いの方法で学校生活を楽しんでいた。
そんな中、ダンテとアルは授業が終わって人がほとんど居なくなった校舎の中をゆっくりと散策していた。
「それで、若君様は何をされるつもりなんですかね?」
ダンテの気まぐれめいた動きに毎度付き合わされ、やや不満が溜まって来ているのか、アルは従者にあるまじき反抗的な態度をみせる。
「そりゃあ、我が愛しのレディを口説きにさ」
「……ようやくかよ」
アルがこうしてため息をつくのも当たり前で、実はこのところ、彼は色々と駆け回っていたのだ。
それも全て、ベアトリーチェへの嫌がらせを封じるために。
もちろんダンテも取り巻きの少女たちに接触してベアトリーチェから遠ざかる様に仕向けている。
しかし、それだけで嫌がらせが終わるはずもなく、アルが警護じみた事をして邪魔して回ったのだ。
そうやって芽をつぶして回ったことで、ベアトリーチェへの嫌がらせは多少収まって来たのだった。
「俺はてっきりあの地味女に鞍替えしたのかと思ったぜ」
「冗談。金の匂いがまったくしない上に色気もゼロ。あんな女に惚れる要素がどこにある? あいつは俺のことを知っていたから警戒する必要があっただけだ」
アルは意地の悪そうな横目でじろりとダンテを見た後、軽く肩をすくめる。
「そうかねぇ」
「それ以外になんもねぇよ」
「……若様、言葉遣いが悪ぅございますよ?」
「からかうな」
その後も2人で軽くやり合いながら歩を進め、中庭へとたどり着いた。
広々とした中庭には、台形ふたつを上底でくっつけた様な形のテニスコートがふたつほど用意されており、その周りでは多くの学生たちが球技に興じている。
「さすがアル。情報通り」
「お褒めにあずかり光栄の至り。でももっと早く利用してほしかったぜ」
アンジェリカがこの時間によく中庭でテニスに興じていることを、ダンテは一週間以上前にアルから報告を受けて知っていた。
「そうか……レディ!!」
ダンテは突然大声をあげると、親指くらいの大きさに見えるアンジェリカへと手を振る。
ゲームが止まり、大勢の視線がダンテへと集中する。
もちろんその中にはアンジェリカの視線もあった。
「……よくやる」
「ま、目立たないといけないからな」
アンジェリカを遠くから呼ぶなどという無礼をよくも。
そんな敵意すらこもった視線を、ダンテはどこ吹く風と流し、悠然と歩き始める。
「ああ、そうだ。今連中がやってる遊戯のことを教えてくれ」
「知らねえのかよっ。てっきり調べるのに時間使ったと思ってたのにっ」
視線にさらされていなければ、アルは怒りのあまり頭を抱えて地面をゴロゴロと転がり回っていただろう。
アルはそんな激情を、崩れそうになる笑顔の下に押し込め、道具を使ってボールを打ち合うゲームなのだと多少のルールも添えて手短かに説明する。
「分かった、ご苦労。後は俺に任せろ」
「……頼んだからな。無様な真似晒すんじゃねえぞ」
アンジェリカとの距離が近づいてきたため、アルはそれだけ言うと唇を引き結んで後ろに下がる。
そうやってブラウン家の子息とその従者になりきった二人は、何食わぬ顔でアンジェリカを含めた大勢の生徒たちの前へと歩いて行った。
「お久しぶりです、レディ」
ダンテはアンジェリカの前で優雅に一礼してみせる。
その口調と態度は先ほどまでのぶっきら棒なものとはまるで違い、傍で見ていた者が居たら別人かと思うほどのものだった。
「…………はい」
アンジェリカはそんなダンテからツンとそっぽを向いて興味なさげに振舞おうとする。
しかしそれは成功せず、しきりにダンテへ視線を向けては逸らすという行動を繰り返していた。
「レディ、挨拶をいいですか?」
この挨拶とは、女性の手の甲に口づけるという至極一般的なもので、普通は男性が女性の手を取って行うものだ。
しかしダンテは手のひらを上にしてアンジェリカへと差し出した状態で止まる。
待っているのだ。
アンジェリカが自分の意思でダンテの口づけを受け入れるか否かを。
「……勝手になさいっ」
アンジェリカは数瞬ためらった挙句、いささか乱暴に自らの手をダンテの手のひらに乗せる。
ダンテは自分の思い通りにアンジェリカの心が動きつつあることを確信してほほえみを浮かべた。
「レディ。こうしてまたお会いできる日を楽しみにしておりました」
ダンテは大勢の学生たちが見守る中、アンジェリカの手の甲に口づける。
「そうかしら。ならもう少し早く来てもよろしくなくて」
「あなたがそう望むのなら」
「別にっ……の、望んでなどおりませんわっ」
ダンテとの再会を望んだと思われたくないせいか、アンジェリカはツンケンとした態度を取る。
しかし、その態度こそが本心の裏返しであると公言してしまっていた。
当然そうなれば面白くないのは周囲の者たち、特に男子学生たちである。
彼らは何カ月、何年もの時間をかけてアンジェリカの気を引こうと努力してきたのだ。
それをたった2回しか会っていないダンテになびかれたのでは彼らの面目丸つぶれであった。
「君っ! いつまで邪魔をしているのだ、どこかへ行かないかっ!!」
ゲームをしていた男子学生のひとりが大声をあげる。
年齢はダンテと同じか少し下。
くすんだ金髪と薄い青色の瞳。背丈は170サント後半と、そこそこの高さを持っているものの、顔つきはどことなく幼さを残していて子どもっぽく見えた。
「おや、失礼。ゲームを止めてしまいましたか。どうぞご自由に続けてください。私はここでレディと会話をしておりますので」
「それが邪魔だと言っているのだ!」
「そうだ! アンジェリカ様は私たちのゲームをご覧になっておられたのだぞ!!」
一人が声を上げたことで、我も我もと騒ぎ始める。
結局、ゲームをしている8人全員から文句が噴出したのだった。
「……ふむ。私はレディと話をしたい。しかし君たちはレディがゲームを鑑賞する邪魔になると」
「そうだ、あっちへ行け」
最初に声を上げた童顔の男子学生が、もはや外面すらも脱ぎ去ってしまう。
外見通りに中身も幼いらしい。
そんな彼らを前に、ダンテはくっくっと楽しそうに笑い、アンジェリカへ視線を向ける。
「それなら私がレディと話しながらゲームを見れば済む話だが?」
彼らの目的はダンテをアンジェリカから遠ざけることで、その主張はでまかせにすぎない。
だから、アンジェリカのことを案じている様で、実は彼らの自己中心的な考えでしかなかった。
ダンテにとっては男子学生などどうでもよく、その事を糾弾してアンジェリカとの会話の時間を強引にもぎ取ってもよい。
だが、敵を作りすぎてもあまり好ましくなかった。
「レディ。あなたは私がこの球技をするところを見ても楽しめますか?」
「……? そうですね。楽しませてもらえるような試合をしてくださるのなら」
アンジェリカは一瞬キョトンとしてからためらいがちにうなずく。
彼女は何年間とこの場所で同じ人間が競い合うところを見てきたのだから、さほどこの競技自体を見て楽しむということはないだろう。
しかし、ダンテという変数が加われば、また違った娯楽となるのには違いなかった。
「分かりました。愛しいあなたの為ならば」
「……んんっ」
ダンテがさり気なくアピールを織り交ぜて了承すると、アンジェリカは見た目だけは気まずそうに咳払いをする。
頬が若干朱に染まっているため、本心は喜んでいるに違いなかった。
「それでは君、私と代わってくれないかな?」
「……別に構わないが、出来るんだろうな?」
「そうだね」
ダンテは袖をまくりながらコートの中へと入っていき、選手としてプレイしていた男子学生にラケットを渡してくれと手つきだけで催促する。
その学生もアンジェリカと親密な会話をされるくらいならと場所を代わったのだが――。
「まずはこの競技の名前を教えてくれないかな?」
ダンテはラケットを手に、平然ととんでもないことをのたまい、その場にいた全員を絶句させたのだった。





