6.届いた手紙 4
神無木命――青花だけが憶えている件の学園ファンタジー系乙女ゲーム『星に願いを、君に想いを』の主人公。
舞台である星辰学院があって、攻略対象者のひとりである御木雷が実在するのだから、神無木命がいたとしても不思議ではない。ないのだが……。
(屋上からの転落事故って)
青花は探るように星乃の顔を覗き込んだ。
彼は別にゲームについて知っている訳ではない。ただ神無木命の事故死を記憶に留めていたから、届いた手紙に不審を抱いたのだ。
「つまり彼女は亡くなる前、君に手紙を出した。君が読んだのは、残念ながら最近だった」
「そうだね」
「その……言い難いのだけど、この手紙には少し不穏な言葉がある。御木くんは気づいただろう? 学校や、警察には?」
「言ってたら現物はここにないよ」
「だろうね。そうか……」
不穏だの警察だの物騒な物言いに、青花は驚いて今一度文面を確認した。
たった一言だけ文章に含まれた弱音を発見する。
『私はもう、駄目かもしれない』
手紙に託したのは、雷に勘づいてほしかったからなのか。
(まさかそれって、神無木命は自分が死ぬことを予期していたとか?)
飛躍し過ぎだろうか。
だが、いったん気になると、符号は他にも散りばめられているように思えた。
なぜストラップを他校である扇浜高校に隠したのか。なぜ隠し場所を明示していないのか。そもそも一体なぜ、手紙などという迂遠な方法で雷に依頼したのか。
ちょっと思いつく限りでも、不思議な点がいくつもある。
「このストラップって、どんなものなんでしょう」
青花が疑問を口にしたのは無意識だった。
「手紙にある『役に立つ』ってなんでしょう? ストラップが? 今どき?」
「……確かに」
星乃が思い至らなかったとばかりに、ハッとして雷を見る。
「あ、無神経だったらすみません。でもちょっと気になって。それに形状とか具体的にわかったら、探すのに協力できるかもって」
「別にいいけど……実は僕も詳しくは知らない。彼女に一度だけ見せてもらったことがあっただけだよ。大切なものだって言ってた」
「同じものを作ったって書いてあるね」
「お揃いってことですか?」
死ぬことを悟って、或いは……あまり考えたくはないが、自ら死ぬつもりで揃いの品を用意したのだとしたら、それはもはや形見としか思えない。
(いや……結果として亡くなっているから逆に不吉と思うだけで、そのときは単に景品とか悪戯心とかだったかもしれないし)
早合点はよくないと、青花は軽く頭を振る。
(もうひとつの可能性もある)
やはり手紙の文言が気になる。抽象的ではあるが、重要なことを示唆しているのではないか。
「同じもの……お揃いのもの……うーん」
「勘違いされても困るからとりあえず先に言っておくけど、僕と命さんは特別な関係じゃないよ」
断言する雷の口調は、どことなく残念そうにも聞こえた。
「こんな手紙を貰ってるのに?」
「逆。普段から親密だったら手紙なんて面倒な方法は取らないよ。付き合ってたら、いくらでも二人きりになれるし」
「つまり……手紙にした理由は、人目を憚ったということかな」
「……あんた本当にあれだね。うちの生徒会長と張れるんじゃない?」
「誉め言葉かな? 光栄だね」
「せ、生徒会長って……あ、いえ」
(星辰学院の生徒会長といえば……!)
突然引き合いに出された攻略対象者、しかも一番の本命キャラの存在に、青花はやや興奮する。どんな人物か雷に聞いてみたい気持ちに駆られるが、今の本題には関係ないので、ぎりぎりで我慢した。
おそらく雷のキャラ同様、ゲームの設定に忠実であろうことは想像できた。もし叶うならば、いずれ機会を作って会ってみたいというか、作中トップのイケメン顔を拝んでみたいと考えるのは、些か不謹慎だろうか。
(あ! もしかして)
「じゃあ、神無木さんの彼氏はその生徒会長さんだったとか……ないですか?」
「命さんが会長と? どうかな。ないと思うけど。ていうかあんた、うちの会長知ってるの?」
「あー……多分、名前だけ。斎木というひとなら」
「合ってるよ」
「空木さんって星辰学院のことに詳しいんだね」
「え、はははははっ」
つい脱線してゲームの情報を口にしてしまい、青花は笑って誤魔化した。
「関係なかったですね、はい」
現在の論点は手紙とストラップだ。
主人公が最終的に攻略対象者の誰と恋仲になったのか気にならないではないが……いや、1年の1学期に亡くなっているのであれば、結局どのルートにも至らなかったのかもしれない。
「えーと……それであの、神無木さんはストラップのことを他の人に知られたくなかった、で合ってます?」
「多分ね。学院内に知られたくない人間がいた……んだと思う」
「学院に?」
「だからこそ他校まで赴いて隠した、か。なら星辰の生徒でない俺たちは聞いても構わないだろう、御木くん?」
「それもそうだね」
星乃の言い分に納得して、雷はやや迷いながらも最終的には情報を開示した。
「――鈴」
「鈴のついたストラップだった」
雷はやむなしといった体で打ち明けた。
結局のところ、他校生で紛れもない部外者である青花と星乃に、敢えて隠す意義を見出だせなかったのだろう。本当に無関係であるかは別として。
(鈴か……鈴って何かあったっけ?)
うまく記憶を引き出せない青花は、あまりにも役に立たない自分に少し焦りを覚える。
(何でもいいから思い浮かばないかな。私だけがわかるかもしれないのに!)
もしもあのゲームの――荒唐無稽な側面から神無木命の言動を検証できるのが、この世で唯一青花だけであるとしたら。星乃と共に雷と遭遇したのにも、偶然以外の要因があったとしたら。
「鈴か……鈴、鈴。あー何だろ。お守り、みたいな?」
「ああ、そうかもね」
何気ない呟きを、雷が肯定した。
「そういう雰囲気はあったよ。和紙で作った飾りもついていて。なんていうのかな、ほら、神社なんかで見かける、ギザギザの」
「御幣……かな?」
すかさず星乃がスマホで検索して、それらしき画像を見つけた。神棚や鏡餅、神主が持つ謎の棒などについているものだ。
「うん、こんな感じの。まあ当然ミニチュアだったけど」
「こんなのストラップサイズで作れますかね?」
「凄く小さい折り鶴作れるひとだっているんだから、できるんじゃない? あんたは不器用そうに見えるけど」
「なぜ私が鶴を折れないということを!」
「知らないよ」
雷は呆れたような、見下したような眼差しを向けた。まったく面白くないが、貴重な情報により青花はひとつの発想に至る。
(神社か。あのゲーム、ちょっと和風ファンタジーっぽい感じだったし、やっぱり何かのアイテムじゃない? ほら、清め鈴とか言うし)
残念ながら未プレイのまま動かなくなったアプリでは、青花が事前に仕入れていた大まかな世界設定やメインキャラクター以外はわからない。それでもゼロよりはプラスになるはずだ。
「どうも女子が持つには独特の品に思えるけど、実はそういうの流行ってたりする?」
「いやー、全然。星辰学院では存じませんが、少なくとも扇浜ではないっすね」
「星辰だってないよ」
「そうか」
星乃は首を傾げた。
「だとしたら、彼女にとっては特別な意味があったのかな……」
【設定-用語等補足】
御幣(wiki調べ)…御幣とは、神道の祭祀で用いられる幣帛の一種で、2本の紙垂を竹または木の幣串に挟んだものである。幣束、幣ともいう。
通常、紙垂は白い紙で作るが、御幣にとりつける紙垂は白だけでなく五色の紙や、金箔・銀箔が用いられることもある。
かつて、神に布帛を奉る時には木に挟んで供えていたが、それが変化したのが今日の御幣である。その由来から、元々は神に捧げるものであったが、後に、社殿の中に立てて神の依代あるいは御神体として、あるいは祓串のように参拝者に対する祓具として用いるようになった。
なお、長い棒や竹の先端に幣束を何本か取付けたもののことを、特に梵天という。