5.届いた手紙 3
御木 雷 様
許してください。
こんな手紙で伝えることを。
私はもう、駄目かもしれない。
あなたなら読んでくれるはず。
信じて託します。
以前見せたストラップのこと、
憶えていますか?
どうにか同じものを作りました。
きっといつか役に立ちます。
見つからないよう隠してあります。
扇浜高校の部室棟。
挟んであるから、探してください。
お願いします。
ありがとう。ごめんね。
神無木 命
+ + +
「ええっと、じゃあ要するに御木くんは、この手紙に書かれている……ストラップを探しに来たってことですか?」
「そう」
一枚の便箋を机に広げた雷は、頷いて説明した。
「送り主のお願いを聞いた。簡単に言えばそれだけだよ」
「何故にこんな無茶ぶりを?」
「ちょっと理由があってね。まあ、それは置いといて……とにかく知り合いのつてで扇浜の制服を借りて、ちょうど2学期が始まった頃からかな。しばらくは各部室の位置とか人の出入りの時間とか、鍵なんかを調べていたけど」
「なるほど、つまり噂の幽霊さんの正体は」
青花は合点がいったと雷を指さした。
「噂? 幽霊って何それ? 失礼な真似、止めてくれない?」
「あ、すいません、つい。部室棟に幽霊が出るって、夏休み明けから学校中の噂です。男子学生って目撃情報ありましたし」
「扇浜って暇だね。一応進学校じゃなかったっけ」
「原因のくせにふてぶてしいっすね」
わざとらしく肩を竦めてみせた青花に、雷はむっとして顔を逸らした。褒められた行動でないことは自覚しているのだろう。
ともかく、雷が何らかの理由で手紙の差出人の意向を汲み、盗難めいた行為にまで踏み込み、部室棟に侵入した事実が判明した。とりあえず、善悪の判断は置いておこう。
目的は――ストラップ。
隠し場所の詳細は不明だが、『挟んである』との記述から本か何かだと推測したということか。
「だから文芸部の本棚を漁ってたんですね」
「まあね。さっきはちょっと高い位置のものを取ろうとして、しくった」
「ああ、それで」
棚の近くにはパイプ椅子が倒れたままだった。転倒した際の声と物音を、青花と星乃に聞きつけられたのだ。
「暗闇でしたからねー。……よっと」
苦笑しながら、青花は椅子を戻した。
雷は変わらず渋面を崩さない。
警戒も緊張も理解するが、そもそも問題を引き起こしたのは彼の方なのだから、もう少し神妙にすればいいのに、と青花は思う。
「やっぱり星乃さんはそれじゃ納得しないかな?」
「先輩?」
「……うーん」
訊かれた星乃は、ずっと難しい表情で手紙を凝視していた。
「御木くん、この手紙はいつどうやって届いたのかな?」
「……ああ」
御木は大きく息を吐いた。
「気づいた? さすがだね」
「?」
「まあね。まさか最近ではないだろう?」
意味のわからない青花を置き去りに、星乃と雷は二人だけで会話を進める。
「自慢とか思わないでほしいんだけど、僕は結構女の子に手紙貰うんだよね。よく下駄箱とか机に入ってる」
今時ラブレターか、と突っ込みを入れそうになった青花だが、両者が真剣な面持ちをしていたため、ぐっと堪えて聞くだけに留める。
「信じられないよね、今時」
心の声を拾ったのかは不明だが、雷自身も同様に感じていたらしい。
「その中にあったと?」
「結論としてはそうだね。もちろんこれはラブレターなんかじゃないよ」
「紛れさせていた……のかな」
「多分。ただ、いつ貰ったのかはわからない。1学期分まとめて夏休み中に中身を読んだから」
「ラブレター、ちゃんと読むんですねー」
「当たり前だろ。遅くなることはあっても目ぐらいは通すよ。失礼じゃないか」
(そっかー。御木くんは真面目で律儀という設定だから)
青花は再びゲームのキャラクターを思い浮かべる。攻略対象者の中にはラブレターなど読まずに破り捨てるタイプもいたが、御木雷は返事はできなくとも好意は受け止めるという性格だった。
(ん? ゲーム?)
想像したイメージの端に何かが引っ掛かり、青花は胸中で首を傾げた。雷に視線を向けても思い至らず、喉元に絡みついたようにもやもやが消えない。
何故かとても重要なことに思えた。
だが……曖昧なままでは星乃と雷の話の腰を折る訳にはいかない。青花は考え込みながらも、二人の会話を黙って聞いていた。
「普段はもう少し溜めないで読むんだけどね。まあご存知の通り、色々慌ただしくしているうちに夏休みになってしまって」
「色々……ね」
言葉尻を捉えて、星乃が意味深に言う。
「この手紙の差出人は」
「……あっ」
再び広げられた手紙を目にして、青花は小さくその名を呟く。
確かにその字面に見憶えがあった。
「神無木命……」
先程の疑念が線で結びつく。
あのゲームと――神無木命。
青花の記憶が正しければ、というのも微妙な話だが……。
半年前に消えた(と思われる)乙女ゲーム『星に願いを、君に想いを』は、恋愛だけでなくファンタジーの要素があり、キャラクターにもいくつかの超常的な設定があった。
そもそも主人公と攻略対象者は全員、学院を脅かす悪しき敵(邪神とか凶神の類)を封印するための仲間なのだ。各人が特殊な力を継ぐ家の血を引いている。
もちろん「御木」もそのうちのひとつで、青花のうろ覚えの基礎知識によれば、「神無木」も同様である。
(けど「神無木」は攻略対象者じゃなくて)
このキャラクターは姓は固定されているが、ゲームなのでファーストネームは自由に設定できる。即ちプレイヤー自身である。設定しない場合のデフォルト名は、言うまでもなく「命」だった。
「……神無木、命」
「ああ、空木さんも知ってた?」
「えっ!?」
いきなり星乃から言われ、青花は愕然とする。
これまで自分の記憶にしか存在しないと思っていたゲームのキャラクターを、まさか星乃も知っているというのか。
「え? え? まさか星乃先輩も」
「うん? もちろん知ってるけど」
いったい星乃が何故――。
(違う……星乃先輩は)
「星乃先輩、あの……神無木命って」
「そう、6月の終わりだったね。不幸な事故だった」
告げられた事実は想像もし得ない内容だった。
(事故?)
星乃は淡々と続けた。
「屋上からの転落事故。ちょうど今日みたいな土砂降りの日に、星辰学院で1年生の女子が亡くなった」
「そうだよ、それが神無木命。手紙の差出人」
「え……と、じゃあ」
青花は信じ難い気分で、何度も繰り返し手紙に目を向けた。
白地に黄色い小さな花のプリントが施された便箋は、女子らしい可愛らしい文字に映える。だが、すでに手紙を書いた人物はこの世にいない。
「さっき言った理由ってのはそれ。まったく、死者からの手紙なんて笑い話にもならないけど、無視もできないじゃあないか」
零した雷の表情は深く曇っていた。
それだけでない。
青花の胸中はもっと複雑だった。
(主人公が……死んでいる!?)