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42.真相 8

 泣いてはいけない。

 泣く資格も理由も、青花には何もない。

 偽物の思い出を振り切るようにきっぱりと顔を上げる。心を滑るのはつまらない感傷に過ぎないと己に言い聞かせた。


「青花――」

「やめて!」


 名を呼ぶ声を拒絶する。

 すでに青花の目に映る相手の姿は、忍の原型を留めてはいなかった。


「兄ちゃんは……空木忍は子どもの頃にとっくに死んでた。12年前、森林公園で。池に落ちて助からなかった。私はずっとそのことだけを忘れてた」

「……青花」

「だから、兄ちゃんじゃない。兄ちゃんなんて本当はどこにも()()()()()んだ!」


 青花が鋭く叫ぶのと同時に、忍――だったものは大きく震えた。どろりと溶けて、気味の悪い白い肉塊へと変化する。手も足も顔すらもない異形は、ぶよぶよと蠢きプールサイドに大きく拡がっていった。


()()が正体)


 おぞましいゲル状の塊が、幾つも触手を伸ばす。

 玲生が張った障壁が阻んでいるが、突破されるのも時間の問題だろう。


「青花ちゃん」

「星乃先輩」

 傍らに佇む星乃は、青花の手を握る。

()()は今、弱っている……と思う」

「……はい」


 星乃の推測も青花の直感と同様に、ひとつの結論に達していた。

 護り石の浄化の力で黒い靄を祓った際に、本体にも相応のダメージを負わせたはずだ。忍が正体を露見したのは何も青花が見抜いたせいだけではない。


「力を貸してください、先輩」

 握られた手の中には切り札となるアイテム――神無木命が遺した鈴のストラップがあった。

「ああ」

 一瞬だけ手の力を強めると、星乃は頷き、そして振り返る。最初に意図を悟ったのは、当然に聖也だった。

「いいだろう、神無木の。六根の結界を敷き、奴を封じる――だな?」

「君が一番能力に優れている。指揮を頼む」

「……承知した」


 重々しく請け負うと、聖也は他の生徒会メンバーに的確に指示を出す。青花を中心にそれぞれが六方に位置を取った。

 地と宙に光の粒子が六芒星を描いていく。


(皮肉だよね。この世界には本来、六根なんて……特別な家系なんてなかったはずなのに)


 自分を取り囲む6人にぐるりと視線を動かし、青花は複雑な思いで彼らを見遣った。六根とは強力な封印を制御するための軛だという。だが本当はそんなものはただの御伽噺だった。歪む以前の世界には星辰学院もなければ、そこに集う戦士もいやしない。

 もちろん彼ら自体が架空の人物とは言い切れない。どこにも特別なところもない、単なる一高校生として実在はしただろう。敢えて言うならば、同姓同名の誰かとして日本のどこかで平和に暮らしていたはずだ。容姿はおろか性格だとて現在とは相違していたとのではないかと思われる。


 兄の忍も、生きていればきっとそんな中のひとりだったろう。

 ()()がこの世界を選んで降り立ったのは意図的なものだ。何しろ己を脅かす宿敵が欠けている世界である。更に言えば、忍の死んだ事故は、擬態して成り代わるのに都合のいいタイミングだった。だからこそ、その日が起点となった。


 青花は偽りの12年間を植え付けられた。

 ずっとずっと欺かれていた――。







「ア……オ、カ」

 音声を発する器官は見当たらないのに、忍だったものはくぐもった声で青花を呼び続ける。もし感情があるとしたら、憎しみや悔しさが窺えたのかもしれない。

 邪魔な巫女姫である神無木命を亡き者にしたせいで、ノーマークだった青花がその立場を継いだ。おまけに神無木命の兄である星乃は、血筋的に欠けた忍に代わって六根の一を担えるのだから。

 図らずも、別の世界で神無木命が敵を封じたのと同じ布陣が完成しつつある。



「準備はできたよ。あとはあんた次第」


 突き放すように素っ気なく、しかし生真面目な表情で御木雷が言う。何だかんだで神無木命が人格的に最も信頼を寄せていたのが彼だ。生命線となる手紙を託され、青花と星乃へと使命を繋いでくれた。


「慣れねぇことだがやるしかねぇな」


 粗雑でも気合の入った物言いは言祝木蓮だ。最も早くに神無木命の死に対峙した彼は、おそらく長く葛藤を続けていた。強い潜在能力と強靭な精神力がなければ、とうに壊れていてもおかしくなかったはずだ。


「そろそろ障壁が破られる。警戒を」


 貴木遥真の態度はどんなときも変わらない。常に己を律し、平常心を保ち、務めを果たすことだけに尽力している。神無木命が同志として相談をしていたのは彼だけだったと言うのも納得できる。


「焦らないでいーよ。きっかり保たせるからねー」


 ぎりぎりのラインで重い負荷に耐え続ける天木玲生は、それでも軽い口調で青花を安心させる。神無木命を異性として愛し、呪いに侵されながらも生を掴み取ったのは、彼の尋常ならざる忍耐力の賜物だった。


「そろそろだ。頼む、当代の」


 一時的にかもしれないが、恐怖で人格形成に影響が出るようなトラウマを乗り越えて、斎木聖也は強くなった。彼は神無木命と共に戦うことはできなかった。その悔恨は消えずとも、きっと今、新たな意思を支えている。


「……青花ちゃん」


 神無木星乃――。

 彼について語る言葉は不要だ。

 いつだって隣にいて、青花を守ってくれる大切なひとだ。たとえ妹の代替としての行為でも、事実は何も変わらない。

 いいや、絶対にそれだけではない。

 


(大丈夫。信じてる)



 りん、と高らかに鈴が鳴る。


 青花は六芒星の中心で力を揮う。

 大気が震える。

 光の御柱が空へと突き抜ける。

 六つの声が同時に言霊を唱えた。



「六根清浄――」



 りん、と再び鈴の音が響いた。

次話より「君に想いを」

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