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41.真相 7

「どうして……兄ちゃん、なの」


 青花は兄――()()()()()()相手の顔を見上げた。

 どうして自分がこんな科白を忍に吐かねばならないのか。不条理と悲しみに耐え切れず、青花は唇をぎゅっと噛んだ。


「どうして?」

「兄ちゃん……」

「ど、ウシテ?」

「……!?」


 不意に忍の周辺を取り巻く空気が変わった。青花の眼前が平衡を失って揺れる。

 信じられなかった。

 家族として過ごしてきた相手は、今まで一度も見たことがない不吉な笑みを湛えて佇んでいた。


 人の形を模した輪郭が崩れていく。

 青花は口元を押さえて後ずさった。


「ドウシテ……どうしてかな、青花」


 忍は――忍だった何かは、変わらず忍の声で青花を呼ぶ。

 その手は震える青花に向かって伸ばされる。本性を現した今では、人間のそれではなく蠢く不気味な触手にも見えた。


「青花ちゃん、下がって」

「先輩……でも」

 星乃が割って入って青花を庇う。

「ああ、そうだ。下がれ、当代」

 躊躇う青花に対して、聖也も同様に注意を促す。用心深く構えながら、遥真も盾として前面に出る。

「守ると言ったはずだ」


 更にプールから出てきた三人も加わる。事態が飲み込めているとは言い難いが、緊迫した空気は察知しているようだ。

 中でも玲生は反応が早く、ずぶ濡れの身体をものともせず機敏に動いた。

「禍つよ、去れ!」

 玲生が厳かに唱えると、忍の前に半透明の光の壁が浮き上がる。見せかけだけであまり効果は強くないと青花にはわかったが、動きを止めるには充分だろう。


「空木先生……」

「おい……マジかよ」


 さすがに雷や蓮は混乱の極みにあり、立ち往生するしかできないでいる。

 つい先程まで意識もなく操られ、知らぬ間にプールで溺れかけていたのだ。それだけでも何の修練も積んでいない人間が対処できる状況ではない。

 その上に唯一の大人である教員が――しかも、自分たちの要たるべき巫女姫の身内が、前触れもなく不穏過ぎる変化を遂げている。容易に動揺を抑え切れるはずがなかった。


「空木先生が敵? ……って、もしかして空木先生じゃないってことなのか? いつから……?」

 当然の疑問を、雷は口にする。

 蓮の家で神無木命を似せた幻影を目撃し、また自ら家系の伝承を調べ、敵が人間に成り代わっていると突き止めただけあり、雷は理解が早かった。

「僕らが入学したときにはすでに? いや、先生は今年の新任だから、学院に赴任してきてから敵にやられた?」

「……違うよ」


 青花は首を左右に振る。

 共に育ち暮らした兄の思い出は、可愛がられていた妹の胸を締めつけた。


(そんなもの……()()のに)


「12年前だ」

 言葉が続かない青花の代わりに星乃が答えた。

「この世界に()()が現れたのは」

 その年数に引っ掛かったのは、聖也と蓮だった。

「12年?」

「それって聖也のお袋さんの……?」

「もちろん、無関係じゃない」


 星乃は断定する。

 実母と己の身に起こった不幸を顧みて、聖也が眉を顰めた。


()()は何だ?」

「敵だよ。六根いえに伝わる名で呼ぶならば、『太歳』――かな」


 禍々しい恐怖の象徴を示す名は、声にして空気に乗せるだけで、痺れるような毒々しさがあった。

()()は別の世界からやって来て、12年前に空木忍というこの地で亡くなった子どもと入れ替わったんだ。そうだね、青花ちゃん?」

「……は、い」


 肯定しながらも、青花の望みはまるで逆のところにあった。本当は信じたくない。否定したくて堪らないのだ。


 本物の忍は――。

 青花の兄だったひとは――。


(でも、誤魔化しようがないよ)



『森林公園人工池で起こった不幸な事故』

『近隣の公園で遊んでいた児童が足を滑らし転落したものと思われる』

『発見されたのは昨夜未明』

『警察及び地元消防団が必死の捜索にあたるも助からず』



 神無木命の残した新聞記事には、誰が読んでも間違いようのない事実が書かれていた。



『地元小学校6年空木忍君(12歳)』



 + + +



 この世界に何が起こったのか。

 推察することしかできないが、粗々でも語るというならまず、青花がプレイし損ねた乙女ゲームの世界に触れる必要がある。


 平行世界とでも言うのだろうか。青花たちが今生きている世界においては「星に願いを、君に想いを」は架空の物語である。

 すべて仮定の話だ。

 もしゲームの中の世界が存在したとしたら。それが青花の住むこの世界と、とても近いどこかだったとしたら。


()()はそんな世界から現れた)


 ゲームという媒介がなければ、別世界の顛末など青花には与り知らないことである。そちらの世界の巫女姫と六根の封者は、おそらく見事に敵を――「太歳」なる存在を撃退した。

(乙女ゲームのトゥルーエンド)

 実際には青花は想像するしかない。

 ああ、そういえば記憶の中でゲームを勧めた友人は言っていた。各攻略対象者と結ばれるルートは実はバッドエンドだと。

(つまり、誰とも結ばれないで敵を倒すのが正解値って?)


 今ならば理解できる。

 多分ゲームの中でも神無木命ヒロインは件の呪いを受けるのだ。


 攻略――即ち相手に愛された瞬間に、その恋は終わりを迎える。好感度を上げるほどに呪縛は強まり、挙げ句以前の玲生のように自らの死を望むようになる。


 恋愛感情を抱かせない程度に攻略対象者と親しくなり、全員をバランスよく味方につけるのが最終的な正しいラストなのである。リアルなら顰蹙を買いそうな振舞だが、友情エンドは乙女ゲームではそれなりに見かけるパターンだ。


 兎も角も、ゲームに類似した別の世界に生きる、神無木命と同名の少女はやり遂げた。攻略対象者である六根の能力者を従え、宿敵「太歳」は見事封じられる。以降その世界に災いを及ぼすことはなくなった。


(めでたしめでたし? でも()()はどこに封じられて、どこに行ったの?)


 凶星は巡る。

 ()()は世界の外に追いやられただけで、滅ぼされたのではなかった。


 いつだろう、()()が無数に存在する幾つもの近似の世界を見出だしたのは。考えても栓なきことだ。ひとつの世界におけるハッピーエンドが隣り合う別の世界に不運を齎すなど、誰が想像し得ただろう。

 兎も角も、世界の狭間で彷徨っていた()()は青花たちが今いる世界に目をつけてしまった。


 己を封じた邪魔な巫女姫の現身がいる世界――だが「太歳おのれ」自体が存在しないせいで、六根の家系も呪いも夢物語でしかない世界。

 無防備な世界に侵入した()()は、遡って因果を歪めた。本来存在しないものが干渉した結果、この世界も成り立ちから変化してしまう。かの世界と重なるように酷似していく。


(私だけが憶えていた)


 その理由の説明は難しくない。

 改変された世界の中で、青花は特別な役割を与えられた。巫女姫の素質――即ち()()に唯一対抗する力を。

 そして、奇跡と言うべきか運命の気紛れと言うべきか……いや、これは本当にたまたまだったろう。青花は因果律に影響が及ぶ以前の世界で、乙女ゲームを通じて平行世界あちらがわを覗き見てしまっていた。


 二つの偶然が重なり、青花に対する干渉力は弱まったのだろう。結果として青花だけは本来の記憶を保っていた。


 尤も、完全に逃れられた訳ではない。


(そう、兄ちゃんのことだけは――)

【設定-用語等補足】

太歳星君(wiki調べ)…太歳星君たいさいせいくんは、中国の道教に伝わる太歳(木星の鏡像となる仮想の惑星)の神。太歳、太歳元帥、太歳神とも。

祟り神でもあり、中国の天文官達は太歳星君のもたらす災いをさけるため、とりわけその年の太歳の方位に注意したという。

太歳を恐れる信仰は長く、古くは後漢の王充が『論衡』で取り上げている。太歳は天上の木星と呼応して土中を動く肉の塊として考えられ、住居を建設するときは決してこれを犯してはならないとされた。『太平広記』には、太歳の祟りを信じず地下から掘り起こしたために一族滅亡となった家の説話が記されている。

民間においても太歳星君は凶神の代表格とされ、その意味でももっとも恐れられた神格である。

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