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40.真相 6

 あのとき――遥真に問われて星乃が初めて自身のことを語ったあの日、青花は否応なしに真実と向き合う覚悟を求められた。


 こんな局面にも拘わらず、青花は星乃の話を思い出す。いや、真相に至るためには必要な過程だ。情報が補完されれば、やがて解答は導き出される。

 何が世界を歪ませたのか。今こそ青花は辿り着かねばならなかった。







 遥真が扇浜高校を訪れたあの日、星乃は自分が神無木命の兄であり、六根なる特殊な家系の負い続ける宿業について、端から承知していたと改めて語った。死んだ妹を想ってか、その表情がどこか切なげに見えたのを、青花は憶えている。


「俺の家は実力主義でね。直系や傍系に拘わらず、最も『力』のある者が当主になる。命とは兄妹でも殆ど会わずに暮らしていたんだよ」


 頼り甲斐のある先輩ではなく妹を慈しむ兄の顔で、星乃はどこまでも暗く苦い笑みを浮かべた。



 ――あの子にはずっと、重いものを背負わせて続けていた。



「当主かその候補以外、もともと家の秘密に深く関わることはないんだ。俺は大した素質がなかったから何も教えられなかった。まあ個人的に気になって調べたから、少しは知ってるけどね」


 軽い作業のように言いながらも、声音に潜む優しさは隠し切れない。青花は星乃の心情を勝手に想像した。

 幼い頃から責任と使命感に囚われた妹を、彼はどれだけ憂慮しただろう。心配のあまり、兄として何かしら助力できないか探ったはずだ。

 神無木命はそんな兄を信じていた。だからストラップの隠し場所を彼の届く範囲に決めたのか。


「どうかな。さっき言った通り交流はあまりなかったんだよ。家でふたりで話す機会がないほど疎遠だったからね。ああ……そうか、だから学校に隠したのかな」


 妹の秘密裏な行動を分析して、星乃はひとり納得していた。兄妹であれば家で直に渡せばいいのに、と単純に考える青花には到底理解できない。


「本家ですら、敵の手が及んでいないとも限らないと思ったんだろうね」


 なるほどと得心がいく一方で、青花はどうしてか胸を突かれる。信頼と絆を見せつけられたような気分だった。


「君が思うほど立派なものじゃないよ。命にも計算があったんだよ。俺ならこの記事に気づくかもしれないと」


 読む部分のないスクラップ帳のページを広げ、星乃はゆっくりとその上を指でなぞった。青花は怪訝に思う。


「俺も色々考えんだけどね」


 仮定を重ねて、ずっと考察してきたのだと星乃は告げる。


「以前に君は……君だけが知っている架空の世界の話をしたね。それに、現実には失われてしまった、記憶にしか残っていない物語」


 星乃は唐突に青花に確認した。

 その場に遥真もいたので言葉は遠回しに選んでいるが、青花にはもちろん、それが例の乙女ゲーム「星に願いを、君に想いを」のことを指しているのだとわかる。


「ひとつ、疑問に思ったことがある」


 右手の人差し指で数を示した星乃は、そのまま指を開いた左手に添えた。


「6人いるんだ」


 最初、青花は星乃の言っている意味がわからなかった。

 無論「6」という数字が示唆するものは明らかだ。六根――主人公と攻略対象者を合わせて6人で相違ないだろう。


「憶えてないかな? 君が言ったんだよ。学院に向かう少女と、6()()()()()のシルエット」


 言われて初めて気がついて、青花はあっと声を上げた。

 迂闊にも指摘されるまで違和感を感じなかった。確かに星乃に話した通り、ゲームのオープニング動画には主人公の他に6人の登場人物が描かれていた。

 だが、公式で攻略対象者は生徒会メンバー5名しか紹介されていない。

 想定される結論はひとつだ。



 ――隠しキャラ。



()()()()()、いる」


 星乃の答えも同じだった。

 神無木命の周囲には、青花でも特定不可能な何者かがいて、その人物は未だ姿を現していないのか。いや……或いは。


「すでに近くにいるのかもしれない――」



 + + +



 深い思考の迷路から這い上がる。

 数秒で眩しさに慣れた青花は、ゆっくりと瞳を開けた。


 プールのほぼ中央から広がった光は、陽光よりも強烈な輝きで、屋上全体を照らしている。

 浄化の力は燻っていた黒い靄を吹き飛ばした。憑りつかれた三人はようやく自我を取り戻す。


 水の中でもがいていた蓮は、我に返って茫然と動きを止めた。沈んだ状態で浄化を受けた玲生は、浮き上がって飲んだ水を吐き出す。プールの端で正気に戻った雷は、壁際に身体を持たれ掛けて荒い息を調えていた。


「な……俺は何して……?」

「げほげほっ。は? ここプール……?」

「……いったい、何、が……」


「良かった。効き目、あった……」

 はあっと安堵の息を漏らして、青花は笑う膝を抑えた。

「……青花ちゃん」

「星乃、先輩」

 呼び掛ける星乃の優しい声を聞き、青花は急に泣きたくなる。

 本能的な思いつきの策ではあったが、結果的には功を奏した。だが、一か八かの綱渡りには違いなかった。


「稀少な物を持っていたな、当代の」

 使われたアイテムを評して、聖也が感心する。

「代々の巫女姫が持つと言われる護り石だな。先々代である母の頃に失われたと聞いていたが」

「あれは……天木さんからいただいたんです。地学室に転がってたらしいですよ」

「地学室……?」

 それだけ呟くと、聖也は顎に手を充ててしばし黙考する。何か心当たりがあるらしい。


「斎木さん?」

「地学室は今は本校舎にあるが、以前は東校舎にあったらしい」

 そういえば玲生もそんなことを言っていた。だから何だと青花は首を傾げる。

「……母は敵と戦い呪いを受けた。おそらくその際に護り石を手放した」

「つまり、ここで」

「ああ」


 聖也は首肯する。

(東校舎……森林公園の人工池)

 そうか、と青花も深く頷き返した。

 つい先程――光の中で捉えた12年前の記事の真実は、青花の心の奥に衝撃を残している。


 ()()()()()()()は、間違いなく12()()()のあの日だったのだ。


「何が……わかった? 青花ちゃん」

「……色々、です」


 問い掛ける星乃に、青花は思わず縋りつきたくなるのを我慢して、敢えて短く答えた。

「そうか……」

 まるで予め承知していたかのように、星乃は悲痛な表情で青花を見つめる。


(わかってる)


 星乃はきっと予期していた。青花はずっと思いつかないように目を逸らしていた。絶望したくなかったから、わざと思考を可能性の外に追いやった。それすらも星乃はきっと見抜いていたのだろう。


 涙を堪えて、青花はようやく相対すべき人物を直視する。知らず声が震えた。


「どうして……なの……」

 

 ずっと相手を慕わしく想っていた。いつだって自分を守ってくれていると信じていたのに――。

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