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39.真相 5

 屋上には秋の柔らかな日差しが降り注いでいた。

 あまりにもそぐわない爽やかさにたじろいで、青花は僅かに瞳を眇める。しかし気を取られている猶予はなかった。


 忍と青花に続いて、星乃と遥真が屋上に出る。聖也はドアの目前で身体を強張らせ停止した。

 水辺は彼の禁忌だ。心の奥深くに刺さった恐怖の棘は、一日やそこらで容易に取り除くことなどできやしない。そんな理屈は百も承知だ。


(でも、このままじゃヤバイ)


「斎木さん!」

 声の限りに青花は叫んだ。

「あの三人が来たら、通して! その後すぐドアを閉めてください!」


「他の人たちは入れないで。それで先輩と貴木くんは突き飛ばすでも何でもいいから、三人をプールに落として!」

「青花、お前いったい何を……」

 毅然とした指示を出す妹の手を、忍は戸惑いながらも強く引く。青花はその指先を無理矢理払った。

「お願いします!」


「なるほど……わかった」

 星乃は青花の言葉を理解して頷く。遥真は無言のまま適切な位置取りをすることで、返答に代えた。

 まだ覚悟の定まらぬ聖也は、白皙の相貌を更に蒼褪めさせる。何とか身体と感情もコントロールしようと苦悩しているのはわかった。

 だが、時間がない――。


「お願い、斎木さん!」


「大丈夫だから! お願い一緒に戦って――」

「あ……」




『たとえ私が負けても、希望は残しています。もしそれを持って学院を訪ねるひとが現れたら、そのときこそ一緒に戦って』




「……一緒に」


 喉の奥で呟くと、聖也は自らを定め縛り付ける境界を越えた。

 ドアから外に出る。

 陽光を真下に受ける。

 プールの水辺が迫るように近くに見えた。

 一瞬だけ身を竦ませる。

「斎木さん!」

 青花の声が叱咤のように、激励のように、ぴりりと聖也の耳を打って響いた。それに被せて大丈夫だと暗示をかける。


「問題ない」

 断言することで、聖也は体勢を立て直した。そのままドアを振り返り、追って来る三人を確認する。

 蓮が、玲生が、雷が――白目を剥き出しにして屋上へと現れた。

 三人から身を躱しながら、聖也は指示通り扉を強引に閉めた。

 更に複雑な印を結び、祝詞を唱える。邪気を纏った生徒たちがこれ以上踏み込んで来られないよう、極めて強力な障壁を張ったのだ。



 一方、星乃と遥真も役割を果たした。

 比較的背が高く身体つきのいい蓮を星乃が一対一で引き受け、玲生と雷の二人は遥真がまとめてあしらった。

 星乃は蓮を背負い投げの要領でプールに投げ飛ばす。遥真は片腕で雷を抱え上げながら、玲生の足を器用に引っ掛ける。

 大きな水飛沫が三度、プールサイドに跳ねた。


(今だ!)


「効いて……!!」


 ぎゅっと掌を握り締めると、青花は投球のフォームで身体を動かす。

 その手から小さな石が水面へと放たれた。



 + + +



(天木さんがくれた護り石)


 今朝地学室で玲生から貰った――アイテムらしき――石は、青花の手の中で不思議な白い光に包まれていた。

 石の色彩は翡翠に似て、光沢は水晶に近い。

 護り石は空を舞って水に落ちた。


 すると、瞬く間にプールの水全体に石の光が伝わる。同じ速度で清めの力が水面を覆った。

 黒い靄が消えていく――。







 眩い光を全身に浴びて、青花は四肢の先まで力が巡っていくのを自覚した。


 聖なるもの、清らかなるもの、美しきもの。

 邪を祓う力。

 凶神を封印する力。

 敵を滅ぼす力。


 直に自分は巫女姫として目覚めるのだろう。

 血に秘された素質は、先代の死をもって引き継がれ、使命への覚悟をもって完成する。本当の意味で敵を知り斃すイメージを、青花は描かなければならない。


 りん、とポケットの中で鈴が鳴った。


 以前星乃から渡されたお守り袋は、実は神無木家に伝わるものだ。ストラップとともに彼の妹の形見でもある。

(私に降りかかったことのすべては、神無木命がストラップを新聞部の部室に隠した時点から始まったんだよね)

 ふと考える。

 そうではない、と脳の奥が否定する。


(ストラップが挟まっていたスクラップ帳……12年前の新聞記事)

 潰れて見えなくなった文面を思い出す。

(違う。もっと昔から、発端はあったんだ)


(神無木命は何を伝えたかったの?)

 青花が望めば浄化の光は記憶に残った黒い染みまでもを一掃する。次々と浮かび上がる文字が、架空の新聞記事を再構成した。

 



『■■公園■■池で■■■■■■■事故』 

 ――森林公園人工池で■■■■不幸な事故。




 脳裏で記事の内容を一部判読して、青花は愕然とする。

 そもそも公園の心当たりなど最初からひとつしかない。何故今まで思い至らなかったのか。


(消えた――森林公園)


 混乱する。

 消えた森林公園の……その人工池とやらは、多分ここに――東校舎の位置に存在していたのではないだろうか。




『有体に言うと……敵は人間の姿に擬態している可能性がある』

『まさか、あれが死んだ人間に成り代わるという言い伝えでもあったのかな?』




 そう伝えてくれたのは雷だった。

 だから可能性は考慮していたはずだ。

 

 敵が人間に化けているとしたら。

 何食わぬ顔で神無木命の近くにいたとしたら。

 

 元となった人間は……どういう状況に陥っているのか。


(そんなことって)




『森林公園人工池で■■■■不幸な事故』

『近隣の公園で■■■いた児童が足を滑らし■■したものと思われる』

『発見されたのは■■■■』

『■■及び■■■■■が必死の捜索にあたるも■■らず』




 青花にはもうすべてが理解できていた。

 ――誰が敵で、誰が偽物・・なのか。


(そんな……ことって)


 真相は必ずしも幸せを齎さない。

 哀しい事実に青花は手酷く打ちのめされた。 

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