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38.真相 4

 強く追及の目を向けられ弁明を促されても、星乃は安易には口を開こうとしなかった。逡巡するでもなく静かに、ただ慎重に様子を見ていた。


 閉め切った校舎の廊下に、異様な緊張感が走る。

 酷く空気が揺らいでいた。

 殺伐とも剣呑とも言えるが、不穏という表現が最も正しいかもしれない。



 最初に勘づいたのは遥真だった。


「様子がおかしい」

「え?」


 星乃と、傍らの青花に詰め寄る体勢の蓮、玲生、雷の三名に目を凝らして、遥真は異状を告げる。

 同様に聖也も何かを察知し、警戒を強めた。

「……憑かれたな」

 呟きと同時に、さすがに青花も状況を理解する。いや、せざるを得なかった。

「あれは……」


(黒い靄が)


 三人の周囲に渦巻いているのは、外の生徒たちを侵食している気配と同じだった。どころか、より暗く濃厚な邪気を感じる。

(しまった)

 青花は本能的に察する。

 彼らは星乃の素性を知った結果、驚愕に止まらず大きな不信と疑惑を抱いた。それぞれが神無木命に強い想いを抱いている。だからこそ心に生じた隙を容赦なく突かれたのだ。


 その証左に、聖也と遥真は正気を保っている。

(斎木さんと貴木くんはもともと星乃先輩と神無木命の関係に気づいてたから)

 おそらく聖也は忍同様、神無木命の葬儀で星乃を見たのだろう。凄惨な事故であったため、学校側と生徒会長のみが参列したと聞く。

 少なくとも病院で再会したときには推察されていた。制服であれば、記憶を呼び起こすのは容易だったはずだ。




『君たちは……以前にも会ったな。()()()()。そうだ、扇浜高校か』

『我が校の生徒と随分交流が深いんだな。()()は……まあ()()()()()()()()()が』



 

 星乃もまた、聖也が気づいたことを悟っていた。不審死の裏側を探る行為は、むしろ身内であれば自然である。皮肉ではあるが、生徒会メンバーへの接近も学内に乗り込むような無軌道な真似も、ある意味納得が得られた形となった。



 それとは別に、遥真はストラップの所在から真実に辿り着いた。神無木命が何故、敢えて他校に神具を隠したか。縁もゆかりもない場所を選ぶはずがない。そして新聞部は最初から星乃のテリトリーだ。

 加えて星乃は、神無木命の次の巫女姫である青花を守り、通常では想定できない状況下で冷静な対応を見せている。

 言祝木家で青花が「呪い」を祓った際に、遥真はすでに違和感を感じていたのだと言う。星乃は清め塩を用意して助力した。一般的に素人の高校生が思いつくものではない。


 尤もそれ以前の問題だった。

 何故なら、基本的に常人には見えないはずの「呪い」を、星乃は当たり前のように自分の目で捉えている。

 普通の人間であれば、青花や雷と同じ事象を目撃できること自体があり得ないのだ。遥真はひとつの結論に至った。


 ――星乃はいずれかの家系に連なる能力者ではないか。




 つい先日、遥真が扇浜高校新聞部を訪れた際のことだ。推論を隠さず語った遥真は、改めて星乃に尋ねた。


『……自分も、実は星乃さんに訊きたいことが』

『何か気になる?』

『ええ、是非教えてほしい。もし貴方が知っているのなら――彼女が、神無木さんが何故、貴方にストラップを託したか』

『俺に? 君はそう思うのか?』

『もちろん神無木さんが次の巫女姫の手に渡る未来を予知した可能性もある……が、違う気がする』


 勘の鋭い遥真に誤魔化しは通用しない。結局その日、星乃は自分の出自と神無木命との繋がりをすべて明かした。




(まあ直接聞いたのは、私だってあのときが初だったけどね)


 同席していた青花も、あの場で星乃が情報を開示するとは思わなかった。おそらく星乃がずっと黙っていたのは、星辰学院側に心を許していない――妹の死の原因が誰にあるのかを見極め兼ねていたからだろう。


 だが、理由が何であれ無理な隠匿が信頼感を損なうのは当然である。今日初めて、しかもこんな緊迫した場面で知らされた人間の動揺は計り知れない。

 彼らは敵に付け入れられるほどに心を乱した。

 一度でも精神に潜り込まれれば、支配に抵抗するのは難しい。

 瞳の光を失い虚ろな目つきとなった三人は、生きる屍の如くふらふらと、星乃と傍らに立つ青花に向かってきた。 



「え……」

「……!」


 星乃と青花に狙いを定めた彼らは、ほぼ一斉に襲い掛かった。機敏な動きではないが、渦巻く黒い靄が重苦しく迫る。

 青花は恐怖に呑み込まれそうになる。


「くっ!」


 咄嗟の行動にしては素早く、星乃は青花を庇い、正面から向かってきた玲生を蹴り飛ばした。

 一瞬遅れて、遥真が背後から雷に光る手刀を叩きつける。聖也は指で九字に似た印を結んで、蓮に邪気払いの力を放った。


「厄介だな」

 黒い靄は祓われない。

 一時倒されてもすぐに起き上がろうとする彼らを見て、聖也は眉間に深く皺を寄せた。

「会長の力でも効かないとは」

 自分たちの力が殆ど通用しないと悟り、遥真も困惑する。

 


「青花! おい、大丈夫か!」

「兄ちゃん……うん、平気」

「いったい何なんだこいつら!? いきなりおかしくなったのか!? 青花、危険だ。逃げるぞ!」

「え!?」


 心底から焦った様子の忍が、ぐいと青花の手を引いた。忍は青花を連れてその場から走り出す。

「青花ちゃん……!」

「待て!」

 星乃と聖也も、腕を捕まれ引きずられる青花の後を追った。遥真は未だ汚染されたままの生徒会メンバーを僅かに一瞥すると、すぐに諦めたように彼らを置き去りにする。しかし逃げたところでゾンビのような追撃は治まらない。


「ちょっと待ってよ、兄ちゃん!」

「無理! だってあれマジやべーよ」


 ちらりと背後を振り返った忍は、きっぱりと言い放つ。

「絶対まともじゃないだろ」

「でも……」

「いいから早く、お前だけでも」

「けど、校舎の外は」

 階段を下りようとする忍に、青花は外は更に危険だと暗に伝えた。


 さすがに戸惑ったのか、忍の足が止まる。

 追いついた遥真がそこで声を上げた。

「下は駄目だ!」

 同時に、校舎の壁を叩くような音が覆い被さる。

「1階に張った結界が破られた」


 青花は蒼白となる。

 淀んだ風と共に、大量の足音が階下を支配していくのがわかった。

 外の連中が入って来る――。







 閉じた出入り口が開かれた。

 元より物理的な鍵はかかっていない。

 外からの侵入を許すと同時に、1階から黒い靄が急速に広がり、東校舎全体に充満した。息苦しいのを通り越して、頭痛を生じさせるほどの圧迫感だ。


 必然的に青花たちは上階へ駆け上った。

 今は逃げ惑うしかない。


(けど、この先は)

 以前にもこの階段を歩いた。青花は思い出す。あのときは玲生に強引に連れて来られた。

(屋上プール)

 反射的に聖也を見遣ると、予想通り苦い表情をしていた。そうであろう、彼のトラウマは未だ払拭された訳ではないのだ。

 だが、もはや他に選択肢はなかった。


 忍が乱暴にドアを開ける。

 青花は覚悟を決めて一歩足を踏み出した。

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