30.お祭り騒ぎとぼっちの君と 4
背筋がぞわぞわとした。青花は己の危うい足場を凝視して、微かに震える。
「午後1時に渡り廊下側じゃない出入り口の方から東校舎に。僕は所用で無理だけど、貴木が一緒に行く。で、いいんだよねー?」
「ええ」
「でもさー、今更いったい何を確認したいのか知らないけど」
蒼白になっている青花を見て、玲生は度し難いとばかりに肩を竦めた。
「それって怖がってる妹ちゃんを連れ回してまで、必要なことなわけ?」
「……多分」
星乃は歯切れが悪そうに言った。
「もしかすると、君たちが呼ぶところの敵――とやらが動くかもしれない」
「まじで?」
玲生はそれを聞くと、はあっと息を吐いた。信じ難い気分と危険に対する警戒が綯い交ぜになったような、深く大きな溜め息だった。
「あんま無謀すると、生命が幾つあっても足りないよー?」
「自分もいるので、天木先輩」
「うーん、まあ貴木はそこそこ力も使えるんだろうけど」
仕方がない、と呟いて立ち上がると、玲生はごそごそと部屋の棚を漁った。ガラス張りの資料棚には、稀少価値かはわからぬが、珍しい鉱石の類いが無造作に陳列されている。
その中からひとつを取り出すと、玲生はひょいと青花に向けて放り投げた。
「はい、妹ちゃん」
「は? え、え?」
一瞬取り落としそうになりながらも、青花は慌てて空中で石を受け取る。
手の中に収まったのは、翡翠とも水晶ともつかぬ不思議な光沢の石だった。
「これは……?」
掌にじんわりと熱が伝わる。
その辺に転がっている石とは明らかに種類が異なるのは即座にわかった。
「護り石」
石を確認して、遥真がぽつりと言った。玲生がうんうんと肯く。
「そんな感じ? この部屋でたまたま見つけた力のある石だよ。気休めだけど役に立つかもだから、あげるねー」
(隠しアイテム……?)
唐突にそんな単語が脳裏に浮かんだ。
おそらく玲生と遥真、両者の好感度が共に上がったときに手に入るアイテムではなかろうか。殆ど直感的に青花は悟る。
「学校の備品じゃないのかな?」
「どうせ埃被ってたんだからいいんだよ。固いこと言うなってー」
(うわー、またしても面倒そうな代物を預かってしまったしまった)
ストラップに続き、何やら重い責任込みで担わされている気がして、青花は困惑する。
これも彼らの奉る「巫女姫」とやらの宿命とでも言うのだろうか。
(いや、それもよくわかってないんだけどね)
酷く息苦しい感覚が青花を襲う。
否応なしに世界に取り込まれていくような、知識や覚悟は置いてきぼりのまま、展開だけはゲームに沿って進んでいくような――。
空想と現実の狭間で、青花は戸惑いを隠し切れなかった。
+ + +
生前の神無木命を指すと思われる「巫女姫」なる存在については、扇浜高校を訪れた遥真に詳しく聞いていた。
巫女姫とは「六根」の力を持つ家から一代にひとりだけ選ばれる女性のことなのだそうだ。
凶神だか何だかを封じる力を受け継ぐ特殊な家系――「六根」とは、神無木命の生家を始め、生徒会メンバーであり攻略対象者の家、即ち斎木、言祝木、天木、貴木、御木の合わせて六家である。
この中のいずれかに生まれた、その時代で最も力の強い女性を指して巫女姫と呼ぶ。巫女姫が選出された家以外からは、各家ひとりずつ封印の要となる人間が現れ、使命を負う。筆頭であり束ね役である巫女姫に従い、邪を払い呪を封じる。
しきたりなのか血筋の業なのか、トップは必ず女性だという。唯一無二であり、当代が亡くなるとその次に最も秀でた娘に地位がスライドしていく。
「神無木さんはまだ小さい頃に巫女姫になったと言っていた」
以前に神無木命に聞いた話だと、遥真は語った。
その頃にはすでに「六根」の系譜は廃れていて、六家は互いにろくに交流がなかったようだ。
先代の巫女姫がどの家の誰で、どうして亡くなったのかは遥真も玲生も知らない。二人の家系ではないのだろう。二代続いて同じ家から巫女姫が出ることも稀なので、残りの三家にいたのだと思われる。
そして、今は神無木命もこの世にはいない。
自然、六家の――おそらく神無木以外の五家の誰かが次代の巫女姫を継承しているはずだ。
遥真にその話を聞かされたとき、青花はきょとんとしたまま思わず間の抜けた声を上げた。
「はいぃ? 何すか、それ?」
無理もない。前提条件からして自分を指し示す要素は皆無だったからだ。
「私の家は、そーゆーオカルトとは無縁ですが……ただの一般家庭ですよ?」
「わからない。古くに分かれた傍流で、どこかで血を継いでいるのかもしれない」
「まじっすか……」
「君に関しては、俺も天木さんも同じ見解だ」
――素質がある。
――似ている。
巫女姫だった神無木命と近しい気配を、青花から感じ取れるのだと彼らは言う。当人に自覚は欠けるが、密かに血を引いており力を受け継いでいたのだろうか。
「真の継承には最低でも1年やそこら時間がかかるとも言われる」
「え? じゃあ今は中途半端ってことですか?」
「ああ」
しれっと恐ろしい事実を明かした遥真は、当然のように宣った。
「それを補うために我々がいる。……君を守る」
「ま……」
(ちょ、な……それ多分、貴木遥真の萌え科白的な何かでは!?)
しかし低く囁く声音は微塵も甘さはなく、義務と使命以外の感情は乗せられていない。飽く迄も彼に課せられた務めとして、お家の大事な神輿を守護しようとしているだけだ。
(好感度バロメータのない世界って非情だわ)
或いは青花が代替品ではなく真の主人公であれば、愛を込めた言葉を聞かせてもらえただろうか。
いや、特に求めている訳ではないが……。
「まったく、なんで私なんでしょうね」
「俺にはわかる気がするけど」
嘆息と共に吐き出した小さな愚痴を、星乃が耳聡く拾った。
青花自身は首を傾げる。当事者には狭い範囲しか目に入らないが、彼には俯瞰した世界が見えているかしれない。
「多分、最初から青花ちゃんだったんだと思うよ」
「……?」
星乃は意味あり気に言った。
「だから青花ちゃんだけが憶えていたんだよ」




