表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/46

26.本命 6

 独白めいた雷の説明により、学院で起こった騒動は概ね把握できた。要するに、生徒たちが黒い靄に精神を乗っ取られるか操られるかして、遥真と雷に危害を加えようとしたのだ。

 何度も対峙している青花にはその怖さが実感できる。深刻なのはターゲットがより明確化されたのではないかという事実だった。


 更に雷の発言は衝撃だった。

 彼らが「呪い」と言い「敵」と目する何かについて、青花も星乃も多くは知らない。ただ漠然と、悪しきもの……魑魅魍魎や悪魔的な、実体を持たぬ存在だと思い込んでいた。

 


 神無木命を死に至らしめ――。

 言祝木蓮に「呪い」を感染させ――。

 天木玲生の精神を追い込んだ――。



「敵が、人間?」

「……に化けているかも。遥真の、つまり貴木家に引き継がれている伝承と、御木家の老人から聞いた話を総合するとね。可能性は高い」

「まさか、あれが死んだ人間に成り代わるという言い伝えでもあったのかな?」

「さすが星乃さん。話が早い」

「それは……」


「いや、後にしよう。誰か来る」

「……あ」


 言い掛けた星乃は続ける言葉を差し控えた。青花にもすぐに察せられた。コツコツと規則的に近づいて来る足音があったからだ。

 青花と星乃の視線は雷の肩を通り越して、病院の通路の向こうに固定された。雷もワンテンポ遅れて振り返る。

 現れたのは見知った星辰学院の男子生徒だった。


「!」


 意外な遭遇と再会に、青花の心臓がどくんと鼓動を早めた。

(嘘。こんなところで会っちゃうなんて!?)

 底冷えのするような凍てついた眼差しは、未だ強烈に記憶の表層に残っている。


 ――斎木聖也。


 時を置かず再び相見えた疑惑の人物は、人間味のない相貌に何の表情も見せず、ただゆっくりと歩いてこちらに迫っていた。







 先日の再現に近い状況において、緊張感が同様に場を支配するのは致し方のないことかもしれない。

 聖也の足音がかつんかつんと廊下を響かせて迫る。感情の一片も表さない端正な容姿は、相も変わらず精巧な彫像のようだ。


「雷」

「会長……」


「遥真の容態はどうだ? 他の怪我をした生徒たちは? 遥真以外は軽症だと聞いているが」

「……ええ、報告の通りです。一応、処置は済んで皆帰宅しています。遥真も落ち着いていますが、今は疲労で眠っていますので、まだ話はできません」

「そうか。学内の処理に手間取って来るのが遅れた。ご苦労だったな」

「いえ、職務ですから」


 飽く迄も事務的に話しかける聖也の口調には、僅かにも心配している素振りはない。生徒会長としての義務感と責任感は立派だが、その印象は冷淡を通り越して酷薄に過ぎた。

 対する雷も当然のように心は許していない。生徒会の部下として、或いは後輩として立場的に従っているだけだ。


(相変わらずこっわー……)

 同じ上下関係でも、青花たちとは大きく異なる。学校の風土にも負っている職責にもよるのだろうが、学生同士のやりとりにしては、やはり異様に思えた。


 青花が固まっていると、聖也は静かに身体の向きを変えた。

「君たちは……以前にも会ったな。なるほど。そうだ、扇浜高校か」

「その節はどうも、斎木くん」

 対外仕様の営業スマイルを駆使して、星乃が緩く応える。

「我が校の生徒と随分交流が深いんだな。目的は……まあ想像できなくはないが」

「穿ち過ぎじゃないかな。俺は新聞部なんだけど、たまたま縁あって取材協力をお願いしていただけの間柄だよ」

「……ふ」


 何の取材だか、と聖也は嘲笑するでもなく口端を微かに上げる。以前にも同じ笑みを浮かべていた。単に相手の発言に思うところがある場合の癖なのだろう。


「まあ、いい。今日はそれどころじゃないからな」

「会長、彼らは……その、友人として遥真の見舞いに来ただけです」

「だとしても、学外の方だ。今日はお引き取り願った方がいいだろう」

 雷が横から口を挟むのを許さず、聖也は星乃にだけ向き合った。

「もう聞いたかもしれないが、校内のことでこちらもまだ混乱している」

「ああ、承知している。今日はお暇するよ。御木くん、貴木くんにはお大事にと伝えてください」


 素直に聞き入れ退散しようとする星乃に、雷が無言のまま儀礼的に頭を下げる。聖也はそのやりとりを無感情に一瞥した。


(くそぅ、やっぱ顔は超イケメンだ)


 青花は半ば興味本位で彼を観察していた。憧れの君とまでは言わないが、推しキャラになるはずだった相手と思えば、知らず気分が高揚する。

 二次元の存在だった頃からずっと、その容姿とイメージに惹かれていた。

 静かに君臨しながらも他者を容赦なく拒絶する横顔は、まるで精緻な機械が擬人化したかのようだ。高嶺と呼ぶことすら恐れ多い。


 これほどまでに近寄り難い反面、両親が亡くなっているだの精神的外傷を抱えているだの、攻略対象者にありがちな設定が付されている。なるほど乙女ゲームであれば、彼の心を癒すなり徐々に打ち解けて過去を共有するなりして、好感度を上げていくのだろう。

(でも絶対難易度ヤバイわ)

 現実の人間として目の当たりにした時点で、ハードモードを遥かに超越しているのはわかり切っている。まあ別にゲームのように恋愛対象として狙っているわけではないが、通常の対人関係を結ぶにしてもハードルが高い。


 星乃は青花よりは緊張が少ないのだろうか。実際のゲームを知らないせいか、端から経験値が違うのか、ずっと平然と対峙している。

 聖也を凍土と例えるなら、星乃は温暖地方の木漏れ日だ。双方の印象は正反対ながら、星乃の態度に臆した様子はなかった。


「では、斎木くん。いずれまた・・・・・

「ふ……」


「なるほど、君はなかなか食えない奴のようだな」

 やや挑発的な星乃の言葉に、聖也はらしからぬ反応を見せた。

「いいだろう、面白い。では是非来てもらおうか」

「会長……?」

 雷が怪訝そうにする。

「いったい」

「文化祭だ、雷」


「11月第一週目の土曜日曜。ご存知と思うが、星辰学院の文化祭は毎年決まった日程だ」

「確か生徒の親族以外は入場制限があったはずだけど、もしかして直々にご招待いただけるのかな」

「ああ、それが狙い・・・・・だろう? まあ、いくらでも伝手はあるのだろうが……これも縁だ。後日チケットを送ろう」


 すぐにまた・・・・・会える――。

 聖也は言外に告げる。

 望むところだと言わんばかりに、星乃の口元は僅かに笑っていた。

次話より「お祭り騒ぎとぼっちの君と」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ