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24.本命 4

 悲鳴が聞こえたとき、蓮は帰宅する直前で正面玄関にいた。何故か不吉な予感がした蓮は、まず渡り廊下から東校舎の入口に向かった。


「鍵が閉まっていたんだよ。もうひとつ、表側の入口があるんだが、そっちに行ったけど、やっぱり同じだった」


 校舎の出入り口は両方とも、外からも内からも専用の鍵がなければ開かない。仕方なしに蓮は諦める。そのまま帰宅しようと振り返ると――。


「雨なのにはっきりと赤い色が見えた」


 血だと思った。

 傘を差すのも忘れ、蓮は慌てて駆け寄る。

 女子の制服に、流れる血、ひしゃげた頭蓋、顔も一部潰れている。けれど……知っている。つい先程まで確かに話していた。



 ――か、んな、ぎ?

 ――ああ、本当に彼女だ。


 恐怖に手が震えた。だが愕然としたのは一瞬だけで、蓮は即座に我に返る。


 ――聖也、とにかく聖也に知らせねーと。

 ――おい……なんで出ねーんだよ!



「あのときは焦りで混乱していたから、全然頭も回ってなかった。あいつと連絡が繋がらないんで八つ当たったけど、タイミングが悪いだけだったと思ってた」


 蓮は今になって、不審を拭い切れないでいる。

 放課後は生徒会の仕事のため常に連絡を取れる状態にしてあるはずの聖也が、何故その日に限って電話に出なかったのか。

 神無木命が残っていたはずの東校舎の入口を施錠したのは誰なのか。


「疑いたくはない。だが……もし、万が一あいつの故意や過失なら俺たちはどうしたらいい?」


 神無木の最期が頭から離れない。

 悲痛に端麗な顔を歪めた蓮は、吐き捨てるようにそう言い零した。



 + + +



「さすがにこれだけじゃね。斎木会長が関わっているかどうか、全然わからないだろう?」

「それはそうですけど。言祝木さんはそう言ってたんですよね? 何かしら根拠はあるんじゃないんですか?」

「まあね。まずひとつに、東校舎の鍵の件がある」

 星乃がPCをいじると、画面に星辰学院の簡単な見取り図が映し出された。いつの間にこんなものを作っていたのだろう。油断ならない先輩に青花は呆れ果てる。

「まず一般教室があるのはこっちの中央校舎。東校舎は文字通り敷地の東側に位置していて、特別教室や例のプールなんかがある。ちなみに逆の西側には体育館があるね。コの字型の中は校庭。正面玄関は正面って名称だけど、実は真ん中にはなくて東校舎側に寄っている」

「へー本当だ。中央校舎の一階は他に職員室とか校長室、保健室なんかがあるんですね」 


 カーソルを動かし、正面玄関付近をズームする。星乃は東校舎に続くという渡り廊下を人差し指でなぞった。

「東校舎の出入り口は、ここと、外の校庭側にもう一箇所。言祝木くんによると、事故発生時はどちらも鍵がかかっていた」

「でも、違ったんですよね? 渡り廊下側の入り口は開いていたっていう……」

「学校側の調べによるとね。だから言祝木くんの勘違いじゃないかってことで処理されてる。実際に彼女はそこから東校舎に入って屋上まで行ったんだろうし」

「少なくとも彼女が言祝木さんと分かれたときには開いてたってことですよね。で、彼女がひとりで東校舎に行って……えと、ひとりですよね?」

「うん。その時刻周辺で他に出入りした生徒はいなかった……って話だよ。まあ、敢えて黙秘してるのでなければ、特に申し出た生徒はいなかった訳だ」


 もちろん恐ろしい想像もできなくはない、と星乃は言う。

 その日、神無木命は東校舎に赴いた。この時点で出入り口に鍵はかかっていない。同時刻、何者かがやはり東校舎に入った。または最初から校舎内に潜んでいたと仮定する。

 その人物は専用の鍵を手にしていて、二箇所の出入り口を施錠する。つまり神無木命を東校舎内に閉じ込め、(他の生徒がいない前提が正しいのであれば)二人きりになった。

 その後――彼女が屋上から落ちる。いったい何があったのか、どのような経緯でそうなったのか、という問いはとりあえず置いておく。兎も角、何らかの出来事があり、神無木命に不幸が訪れた。

 瞬間の悲鳴に蓮が気づく。遺体に気を取られて蓮が渡り廊下側から目を離した隙に、その人物はドアを開錠して、何食わぬ顔で出て行った……そんな可能性だ。


「なんてね。これは勝手な妄想の類いだよ。第一そんなことをして口を噤んでいたとしたら、そいつの立ち位置はかなり微妙だろう」

「いや、ほぼ犯人でしょう、その行動は」

 冗談では済まない星乃の与太話に、青花は頬の筋肉を引き攣らせた。憶測に過ぎぬと嘯きながら、かなりの関心を持ってその可能性を検証していたに違いない。


「えーっと……校舎って、普段は当直の先生が施錠するんですよね?」

「らしいね。当然その前に全フロアの見回りをするんだけど」


 しかしこの日、当直の教員はまだ施錠に赴いていない。

 内鍵で閉められないタイプのドアのため、中に誰かいようといまいと、施錠するとしたら必ず鍵が必要になる。

 校舎の鍵を所持しているのは学校側と……生徒では唯一、生徒会長の斎木聖也なのである。


「さっきの話じゃないですけど、実は斎木さんが校舎にいて、一度施錠して、この間話せないような何かがあって、たまたま事故があって、そのどさくさで開錠して出て行った……なんて、あり得ないですもんね」

 青花は考えあぐねて、うーんと唸った。

「鍵を持っているってだけで、斎木会長が関与しているかもしれないとは言えないよ。だから言祝木くんもさすがに口に出せなかった。それに事故の場所からも可能性は低いし」

「場所?」

「屋上プール。斎木会長は多分、足を踏み入れないだろう?」

「ああ!」


 先日の一件を思い出し、青花は納得の声を上げた。あのときも聖也はプール側に来ようとはしなかった。蓮が挑発しても微妙な表情をしていたが、内実はどうだっただろう。

「水が駄目ってことなんでしょうか」

「多分ね。溺れたことでもあるのかな」

「あんな完璧超人みたいな顔して、泳げないとか意外すぎますよ」

 蓮の言い回しを考えれば、どちらかと言えば恐怖症的なものなのだろうが、想像し難い弱味であることには違いない。

 青花が正直すぎる感想を述べると、星乃も神妙に頷いた。

「そうだね。過去に何かあったか……」


「それに関係しているのかはわからないけど……斎木会長は幼い頃にご両親を亡くしているらしい」

「え、そうなんですか?」

「こういう個人のプライバシーに触れるのは、気が引けるけれどね」

 言いつつも、星乃の口調には少しも罪悪感らしき感情は見られない。こういうところは新聞部の怖い面でもある。


「と言っても、調べても特に情報も出てこない。逆にどうも不自然に思えるんだ」

「不自然?」

「若いご夫婦が同時に亡くなっていて、事故や事件の形跡が見つけられない」

「同時に……ですか」


 それは確かに不審極まりない。青花はわけがわらず首を傾げた。

 容易に思いつくのは交通事故に類するものだが、だとすれば詳細を調べるのも難しくないのだろう。


「これは私見だけど……敢えて隠蔽されているように感じるね。青花ちゃん、斎木会長のご両親が亡くなったのは、いつ頃だと思う?」

「へ? 幼いっていうからには幼稚園とかですかね?」

「それがね、12年前・・・なんだよ」

 意味深に告げると、星乃はマウスを動かして別のファイルを開く。

 スキャンされたその記事スクラップを見て、青花もすぐに奇妙な符号に気がついた。

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