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22.本命 2

 他者を冷ややかに見下ろす双眸は、鋭くも激しくもなく、夜空の澱を閉じ込めたかのように静かで落ち着いていた。

 青花にはそれが誰なのかすぐにわかった。

 たとえ事前知識がなくとも、彼が尋常ならざる相手だと察したはずだ。


 整い過ぎた顔立ちからは人間味が失われるのか、彼の容貌は酷く無機的に見えた。それでいて圧倒的な存在感が鮮烈な印象を与える。立っているだけでプレッシャーを抱かせる人間など、高校生でそうはいまい。


(生徒会長――斎木聖也)


 星辰学院の生徒を代表するその人物は、嗤いもせず怒りもせず、ただそこに立っているだけで場を支配した。



 + + +



「何をしている?」


 全員が気まずく沈黙する中、ドアの横から微動だにもせず、現れた人物――斎木聖也は静かに、だが威圧する声音で尋ねた。

「生徒会に顔も出さず、こんな時間にこんな場所で遊んでいるとはな。勝手が過ぎるとは思わないか」

「聖也……」

「ちょ、なんで斎木が……」

 冷たくひと睨みされ、普段は不遜な蓮や軽薄な玲生さえも、容易には言葉を返せなかった。

「それに……」

 静謐な月の光のごとく凪いだ眼差しは、続けて見慣れない生徒たち、即ち青花と星乃を捉えた。


(やば……!)

 青花は慌てて立ち上がった。その際にさりげなく手の中のストラップを上着のポケットに仕舞う。位置が良かったのか、お守り袋の中に巧く嵌まった。

(先輩、どうしよう)

 しかし、どう弁明しても他校生が勝手に入り込んでいるのはまずかろう。先日の御木雷ではないが、最悪通報されても仕方がない状況だ。

 青花も星乃も星辰学院の生徒に扮している訳でもなく、私服である。扇浜高校の制服姿でなかっただけマシかもしれないが、素性を問われたら誤魔化し切れない。


「我が校の生徒ではないようだが」

「……っ」

 一瞬で見極める聖也は、星乃と同じ特技を持っているようだった。その星乃も咄嗟の言い訳を考えあぐねているのか、言葉を詰まらせる。

「どこの学校の生徒だ?」

「……あー、それねー」


 詰問されて仕方がないといった風に装い、最初に答えたのは玲生だった。

「ごめんねー、斎木。実はそっちの女子さー、あの空木先生の妹さんなんだよねー。見てよ、結構似てるでしょ?」

「空木先生の?」

 突然名指しを受け、青花はぎょっとする。しかも兄を出されてはどうしたらいいかわからず、反応に迷ってしまう。

「さっき空木先生に用事で校門前にいたのを、僕が適当言って引き込んだんだー。先生はとっくに帰っちゃってるんだけどねー、彼女知らなかったみたいだから」


 玲生はすらすらと適当な嘘を並べる。褒められたものではないが、平然というより堂々としていた。

「でねー、そっちが彼氏くん。連れてくの偶然見咎められて、追っ掛けてきたみたいな?」

「か……」

「彼女のこと溺愛してるらしくてさー、勘違いされて殴られちゃったよ。見て、この頬。ああ、大事にしないであげてよ? 僕が無理矢理ナンパしたのは事実だからさー」


 さすが生徒会で渉外を生業としているだけあり、玲生の口からは淀みなくそれらしい事情が語られた。生徒会じぶんの失態を認めつつ、事象を色恋沙汰にまで卑小化させ、何とか表沙汰になるのを避けようとしている。

「なるほど?」

 だが無論、組織のトップには小手先の口八丁は通用しなかった。


「しかし教員の身内だからと言って、他校への無断侵入は許されるものではないな。もちろん学校側へ情状酌量を訴えるのはやぶさかでないが、差し当たってはお前も含め、全員公平な罰則を受け入れてもらおうか」

「うわー非道ー。斎木くんってば」

 茶化してはいるが、玲生も聖也の隙のない主張に抗う術がない。

 さもありなん――公正にして沈着、冷徹にして不動の精神力があればこそ、個性派揃いの生徒会で長の地位を担えるのだ。


 八方塞がりに思われた、そのとき――。

 事態を打開したのは意外にも蓮の方だった。


「いいぜ、生徒会長リーダー

 蓮は斜に構えたように言い放った。

「お前の理屈は尤もだが、俺たちにも譲れない道理がある。仲間内でとことん話し合おうや」

 不敵に挑発してみせる蓮には、聖也であっても反応せざるを得なかった。

「蓮?」

「いーから、こっち来いよ。いつまでもそんなところに突っ立てないで、腹を割って話そうぜ?」

「……どういう意味だ?」

「一方的に決めつけて聞かないつもりか? だったら来れるだろ。なあ聖也?」


「それとも……()()()()()()()はやっぱり無理か。()()()()だもんな」

「お前……」


 聖也は不快そうに眉間に皺を寄せた。

 そんなつまらない所作すら、石像が生命を刻んだかのような迫力がある。

 蓮は動じなかった。冷や汗をかきながらも、一歩も怯まず聖也に譲歩を持ちかけている。意味深な科白の内には、不動の生徒会長をして躊躇わせるような含みがあった。

「どうするよ?」


「……ふ」


 やがて聖也も諦めたのか、口の端だけで笑ってみせた。

「いいだろう。お前がそうまで言うなら、今回は見逃そう」


「ただし今後、生徒会の活動を疎かにするのは許さない。それでいいな? 蓮も、玲生も。無論1年の遥真も雷もだ。お前たちが責任を持って伴え」

「……仕方ねーな」

「はい、はーい」


 渋々でも不承不承でも、返答さえ聞ければそれでいい――あからさまな態度で、聖也は生徒会メンバーの諾を聞くや否や、青花たちには一瞥もくれずに、ドアの向こうへと消え去った。


 青花は唖然とする。

 クール且つ高圧的な帝王キャラ的立ち位置なのは端から知っていたはずだが……実物を目の当たりにすると、やはり半端ない印象である。


(あれが……斎木聖也)


 さすがは件のゲーム内において攻略対象の大本命でありながら、難攻不落とさえ謳われる孤高の生徒会長である。一瞬置かれた状況も忘れ、青花はただ感嘆にも似た想いで、彼の後ろ姿を目に焼き付けていた。



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