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21.本命 1

 星辰学院高等学校では今年、不測の事態が度重なっていた。


 まず6月に東校舎屋上から、フェンスを越えようとして誤って女子生徒が転落死する事件が起きた。事故で決着がついているものの、豪雨の中なぜ女子生徒が屋上に赴いたのかさえ判明していない。当然、いじめ等の学院内の問題を指摘する声もある。


 事故死した女子生徒の名は神無木かんなぎみことという。今年入学した1年生である。素行や生活態度、成績にも特筆すべき点はない。やや不思議な、というより年齢的にありがちな、オカルトちっくな発言をしていたようだが、一般的な範疇だろう。

 更に敢えて言うなら生徒会の面々と個人的な交流はあったようだが、特に親密な交際をしていた証言もなかった。

 家族間での確執も見当たらない。教員および生徒会長は葬儀に出席しているが、神無木家自体に地元の旧家である以上の特徴はない。親兄弟も健在で、(内実はともあれ)一見してごく普通の一般家庭と思われた。


 7月に入ると、次は2年生の女子の間で問題が発生した。

 授業中に突然「死にたい」と喚き出して、校舎の窓から飛び降りようとした女子生徒がいた。幸い周囲が止めに入ったため事なきを得たが、生徒はそのまま休学となった。その後も同様の事例が2件起こった。それとは別に、精神を病んだような状態に陥り、登校できなくなった生徒が幾人も現れた。

 該当するのはすべて女子生徒で、その殆どが2年のあるクラスに集中している。更に詳しく調べれば、彼女たちは生徒会副会長である言祝木ことほぎれんを熱烈に慕っていた一派だった。

 学校側は念のため当人を呼び出し聴取をし、周辺の調査も行ったが、関与を決定づける証拠などは出ていない。本件は事実上様子見の扱いになる。


 夏休みは小休止状態であったと言えるが、学校側は保護者説明会や東校舎含む全校舎の安全基準の見直しや点検に追われた。


 新学期、学内は平穏を取り戻したかに思えた。

 その裏で、生徒会役員が個人的事情等を理由に活動を度々ボイコットするようになっている。


 副会長の言祝木蓮は前述の事情により、学内での噂が落ち着くまで自粛する意が予め伝えられている。1年生である会計、貴木たかぎ遥真はるまは元々剣道部との掛け持ちのため、生徒会に割く時間は他の者より少ない。同じく1年の書記、御木みきあずまは2学期より家の事情で帰宅することが多くなっていた。

 2年で渉外の天木あまぎ玲生れお、問題行動と言えば彼が一番だろう。生徒会活動に顔を出さないどころか、授業まで無断欠席を繰り返すようになっている。補習すらまともに出ていないとの報告もあった。生徒の模範たるべき生徒会に相応しくないとの意見も出始めている。



「……どこまでも、祟るものだな」


 生徒会長の斎木さいき聖也せいやは仕事の溜まった生徒会室で、虚しく独り言ちた。

 振り返ってもぼやいても、自身の負担が減るものではない。彼は建設的でない思考が嫌いだった。だが偶には置かれた立場に不満を吐露する日があっても仕方あるまい。


 仕事に集中していて失念していたが、時計を見ればすでに20時を過ぎていた。

 聖也は嘆息して窓の外を見遣った。銀の月がひっそりと校舎を照らしている。


 彼が斜め前に見える東校舎の異変に気づいたのは、もうしばらく経ってからのことだった。




 


 ◆ ◆ ◆ 



 天木玲生により夜の学校に呼び出され、屋上で危うく襲われ掛けたところを反撃して殴り飛ばした――字面だけ見るとかなり際どい――空木うつぎ青花あおかであるが、一度へたり込んでしまうと身体に力が入らず、長く立ち上がれないでいた。

 青花の背後には星乃ほしのが寄り添ってくれている。


 少し落ち着くと、星乃はぐったりとなって立ち尽くす玲生と、それを後ろから腕で抱えるようにした蓮を一瞥した。

「ちょっと離れても大丈夫かな? 青花ちゃん」

「え、あ、は、はいっ」

 やむを得ずとはいえ、あまりの至近距離に今更ながら羞恥心や照れくささを感じる青花である。

(やば……顔、赤い)


 星乃が徐に立ち上がったのに合わせて、蓮が玲生から腕を離した。放心した玲生はまだ完全に正気には返らない。

「おい、天木……」

「……」

「待ってくれ」

 何か思案した後、星乃は水際へ歩を進めてしゃがみこむ。そのま水に手を入れると、プールの水を掌で掬った。


 ぱしゃん、と音がして水が飛沫を上げる。


「……っ!?」


 星乃は玲生の顔目掛けて水を掛ける。その動作を何度となく繰り返した。やがて、冷水を被った玲生の瞳に段々と意思の光が戻ってくるのがわかった。

「え……あれ、僕、は……」

「天木!」

「は? 言祝木?」

 同じ生徒会の仲間から名を呼ばれ、玲生は目を瞬かせた。何が起こったか理解していない表情だ。


「水もお清めに使うしね。試してみたんだけど、少しは効いたかな?」

「単に物理という気もしますけど」

 そう軽口を叩きながらも、青花はほっと胸を撫で下ろした。

 先程まで玲生を覆っていた、否、玲生から噴き出していた良くない気配はすっかり失せている。先日同様ストラップの力で呪いに対抗できたということだろう。

「にしても、よく言祝木さんまで」

「うん、緊急と言ったら家の車で送ってくれて、そのついでについて来てくれたみたいだけど。彼も振り回された人間だから、蚊帳の外ではいたくないようだよ」


「いや、こっちの不祥事だろ? 俺も世話になったみてーだが、天木がすまなかったな」

「何それ? ……って、言祝木、お前どうしたんだよ。いつの間にか『呪い』が消えてる……?」

「あー……お前それな。貴木にもちらっと聞いたけど、やっぱ端からなんか知ってやがったんだな。後で全部吐かせるから覚悟しろよ」

 さすがと言うべきか、蓮を一目確認するだけで「呪い」から解放されていることを悟った玲生が、驚きの声を上げる。更に現在の自分の状況を鑑みて、おおよその顛末は把握したらしい。

「……なるほどねー」


「ねー妹ちゃん……どうやら僕も助けてもらったのかなー? 随分思いっ切り殴ってくれちゃったようだけどー」

「す、すみません。怖かったので」

 実のところ殴打の必要性はなく、やり過ぎた感も抱いている青花は、やや後ろめたく謝罪する。

 尤も、言ってはいるが玲生に責めている様子はなかった。

「まー妹ちゃんにはめっちゃ感謝してるよ。さっきはマジやばかったわー。君が素質あるかも?ってのに賭けて大正解」

「……賭けて?」

 聞き捨てならない科白に、青花は反応する。

「こうなるってわかってて私を呼んだんですか、天木さん?」

「自分がそろそろ限界だってのはわかってたからねー。ちょっとギリギリだったけど、巫女姫どころか神具まで見つかるなんて。超ラッキーだったなー」


 玲生はまったく悪びれずに言った。心配したり危機感を覚えた側としては業腹である。

 加えて、青花が知らず神無木命の代わりの「巫女姫」と目されてることや、今も握り締めているストラップの存在を、玲生は当たり前のように感知している。軽薄そうに見えて油断ならない人物だった。


「はー」

 青花は大きく溜め息を吐く。

「何ですかね、もう。どっと疲れが」

「そうだね。時間も遅いし、細かいことは後日にして今日はそろそろ……」


 帰らないと、と口にした星乃だったが、不意にプールの出入り口を見遣ると口を噤んだ。穏やかな笑みが瞬く間に真顔に変わり、緊張が走る。

「……!」

 その場にいる一同全員が、同じ方向を視認して焦りを覚えた。



「……何をしている」



 誰もその気配に気がついていなかった。いつの間にか――本当にいつからなのだろう。ドアの横には密やかに、ひとりの男子生徒が佇んでいた。

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