19.回想シーンは慎ましく 3
遥真の案内に導かれ、青花と星乃、それに乗り気でない様子の雷は、言祝木家の敷居を跨いだ。
家人はおらず、手伝いの人間も今日は退出させていると途中説明が入る。運転手は車中待機なので、邸宅内には家主の蓮と来訪者4名だけになる。
「以前にも言ったけど、僕は全く副会長を信用していない」
当人の耳に入っても一向に構わないといった態度で、雷は最初からきっぱりと告げた。生真面目過ぎる性格は可愛らしい程の童顔にも凛々しさを与えている。
「でも遥真は副会長はただの第一発見者に過ぎないって言うんだろ?」
「そうだな」
それを受けた遥真もまた、表情も変えず、僅かにも動じることはなかった。
「敢えて言うなら、彼もまた被害者だと思っている。御木にも言い分があるだろうが、一度だけちゃんと見てほしい」
「……わかってる。今日はちゃんと遥真の顔を立てるよ」
(おお、ここは友情萌えポイント?)
今のところ腐った方向性には至っていないはずの青花だが、美形が並ぶと絵になるのは間違いなく、未だに相手が二次元世界にいる感覚から抜け出せていない。
「青花ちゃん、今は」
「はっ……すみません」
察した星乃がすかさず青花を窘めた。顔に出ていたのだろうかと青花は慌てて両頬を抑える。
「何? あんた、いつも落ち着きがないよね」
「そういう御木くんは毎度失礼ですねー」
まだ二度目の邂逅にも拘らず雷に憎まれ口を叩かれ、青花はむっとする。同じ1年でも落ち着き払った遥真とは雲泥の差だ。
「遥真もなんでこんな子にこだわるかな」
「……いずれ、わかる」
ぼそりと呟く遥真の科白に驚き、その場にいる全員が意外そうに青花を見た。
(いやいやいや! 私は別に何の変哲もない一般人のはずなんだけど!)
超常現象だの超能力だの騒いでも、青花自身の本気度は皆無だ。ゲームの延長の言葉遊びで言っているに過ぎない。
「えっと」
「……」
焦る青花を無感動に一瞥すると、遥真は誘導を続けた。個人宅にしては長い廊下を過ぎ、階段を昇る。残りの三人は後ろを追う。
やがて遥真はある部屋の前で立ち止まった。
「この部屋に副会長がいる」
「へえ。私室に引き篭もって客の相手もできないなんて、いいご身分だね」
「予め言っておく」
雷の皮肉にまるで反応を示さず、遥真は一方的に言い放った。
「何を見ても、何が起きても、あまり騒ぐな」
「え……」
――そして扉は開かれた。
+ + +
「……っ!」
事前に予備知識もなく覚悟も決まっていなければ、騒ぐなと言われても叫び出していたかもしれない。青花は驚愕を肺の中に呑み込み、深く呼吸を繰り返す。
部屋は中身はだだっ広いだけの寝室だった。キングサイズのベッドが置いてあり、ひとりの人物が横たわっている。言うまでもなく家主の蓮だ。瞼を固く閉じ、仰向けになっている。意識はないように思えた。
異常なのはその上方だった。
二階分をぶち抜いた高さの天井には、普通の家にはないものが描かれている。
「な、何ですか、あれ」
「……六芒星に見えるけど」
震える声で尋ねた青花に、星乃が極めて冷静な声で答える。
天井の紋様は白く浮き出て見えた。光る塗料か何かが使用されているのだろうか。描画は六芒星――籠目紋とそれを囲む円から成る。蓮の眠る真上にあり、直径はちょうど人間の身長と一致する。
「何これ? 宗教とか言わないよね」
「ああ……この明るさでは見えないか」
「遥真?」
大股で室内に入ると、遥真は躊躇なく部屋のカーテンをすべて閉め切った。照明もすべて落とす。日中にも拘らず、部屋は一気に薄暗くなった。
「君には最初から見えてたろう」
「え……だって、あれ」
遥真は迷いのない足取りで青花の傍らに立った。
青花にはもちろん、遥真の言う意味がよくわかっていた。
最初から天井の六芒星など眼中にはない。青花の瞳にはもっと別のものが映っている。驚愕――否、恐怖に値するものが。
ベッドの上にいるのは蓮ひとりではなかった。
その隣に座っているのは……。
(女の子……って身体が透けてるけど!?)
薄闇に慣れた星乃や雷にも、段々とその姿が見えてきたらしい。
息を呑む音が青花にも伝わってくる。
「ま、さか……」
雷の声は震えていた。
「なんで……彼女が」
「星乃、先輩」
歯の奥をかちかちと鳴らしながら、青花は星乃を呼ぶ。
「……ああ」
「あれって……もしかしなくとも、神無木」
「命――」
信じ難い光景に、最初から把握していた遥真以外の全員が絶句した。
半透明の虚像は曰くある黒髪の少女の姿を模していたのだ。
(ゆゆゆゆゆ幽霊!?)
まず青花がそう判断したのも無理はない。
とうに死んだと聞かされている少女が、失敗して擦れた3D映像のような状態で具現化している。面識こそないが、ビジュアルだけならゲームイラストで確認しているため、間違いはないはずだった。
(ホラーはないって嘘でした。ごめんなさい! お願い成仏してください!)
青花は思わず星乃の左手にしがみつく。
さすがの星乃の横顔も平素の穏やかさとは程遠く、固く強張っていた。
「まず大前提だが……あれは霊だの魂だのというものではない。更に言うと神無木さんですらない」
動揺して慌てふためく一同に、遥真は表情も変えず平然と告げた。
「いや、でも遥真、あれはどう見たって」
「見えるだけだ。惑わされるな」
「では……あれは何なのかな、貴木くん」
やや理性を取り戻した星乃が当然の質問をする。対して遥真は端的に答えた。
「近い言葉で言うならば、残留思念」
「もう少し正確に説明すると……副会長が受けた『呪い』そのものだ」




