18.回想シーンは慎ましく 2
二人が呼び出されたのは、扇浜高校最寄り駅の前のロータリーだった。
(なんかデジャブ)
昨日の今日で、青花はややげんなりとする。予想通り、待ち受けていたのは迎えの車である。
「やあ、こっち」
「御木くん」
「どもっす」
「先日はライブチケットをありがとう」
「別に。なんか妙なことに巻き込んだみたいで、逆にごめん」
軽く挨拶を交わすと、雷に誘導されるまま二人は車に乗った。雷は助手席に移動する。何故か遥真の姿はなかった。
「遥真……貴木とは後で合流する予定。……あ、すみません、出してください」
問わずとも疑問に答えると、雷は運転手に命じて車を出させた。口調から察するに、御木家の手配ではないらしい。
「車はこれから行く家のものだよ。別に僕は徒歩でいいって言ったんだけど」
「……って、どこに?」
さすがに聞き咎めたのか、星乃が尋ねる。
「もしかして、貴木くんの家に?」
「違うよ」
雷は面白くもなさそうに否定した。実を言えば本意ではないと主張するように、厳しい顔つきをしている。
「先に言っておくけど、これは遥真の希望で、采配だから」
「まあそれは構わないけど、経緯とか説明ぐらいはしてほしいかな」
「わかってる。でもそれも含めて後で遥真に訊いてくれないかな。正直言って僕には理解できない。なんであんたたちを……」
続けられるべき言葉は、不意に途切れた。
わざとではない。雷のポケットからバイブ音がしたためだ。
「ああ、ちょっとごめん。電話」
「どうぞ」
着信に気づいて電話に出ると、雷は1分程会話を続ける。
「あ、はい。ですから今日は自分も行けません。家の事情で。勝手をして申し訳ありませんが、会長」
どうやら通話先は星辰学院の生徒会長と推測された。聞き耳を立てた訳ではないが、青花は少し気になってそわそわした。
何しろゲームの攻略対象者のうち、まだ一度も顔を合わせていないのは、生徒会長の斎木聖也のみである。この短いスパンで些か不自然な出会いが続いていると思わないでもないが、どうせならコンプリートしたいと望んでしまうのは、青花が根っからの乙女ゲーム好きである所以だろうか。
「天木さんですか? 自分は知りません。出席日数の関係で補習だとか仰ってませんでしたか? ……ええ、はい。貴木にはもし会ったら伝えておきます。では、はい。失礼します」
堅苦しい言葉遣いを崩さず、雷は電話を切った。同じ生徒会メンバーでもさすがに会長相手では緊張を強いられるのか、単に欠席の後ろめたさからか、通話が終わった直後の雷はあからさまにほっとしていた。
「ああ、ごめんね。話の途中で」
「別に構わないけれど……今の電話、星辰の生徒会長?」
「そう。知ってるかもしれないけど、今の生徒会、ちょっと状況が厳しくてね。会長もぴりぴりしてるんだよ」
「それって……役員さんたちがサボってるから?」
顔を出さなくなって久しいという副会長の蓮や、授業や補習すらエスケープしている渉外の玲生を思い浮かべて、青花は何気なしに訊いた。
「身も蓋もないね」
肯定すると、雷は大きく溜息を吐く。
「今の僕が言うのもなんだけど」
「仕事に支障が出てるってことかな?」
「所詮は学生の活動だからね。何とでもなる部分はあるよ。2年の先輩方があの調子だから、1年の僕らがちょっと損を被ってるだけで。ただ会長は……示しがつかないって思っているかもね」
足並みの揃わない生徒会に嫌気が差しているのは、雷も同様かもしれなかった。
(そりゃ良くないよね……)
生徒会長はいざ知らず、副会長は悪評に追われ、渉外は投げ遣りな生活態度、会計は隠密行動を取り、書記は他校に不法侵入……とまあ、これだけ色々あれば真っ当な生徒会活動など望めまい。
それもこれもすべてが彼女――神無木命の事故がきっかけだと言うのか。彼らの関係について部外者が語るには乱暴な結論だ。だが当事者であってもはっきりと異を唱えられる者もまた、いないだろう。
少なくとも雷は彼女の手紙で動かされた。玲生は明らかに彼女に執着している節がある。そして蓮は彼女の遺体の第一発見者であり、周辺は異様にきな臭い。
遥真と登場していない生徒会長も、いずれ攻略対象者として軛から逃れられるものではないだろう。
(どこまで現実にゲームの内容が影響するのかな)
ただ、いくら考えても詮なきことかもしれない。あくまで自分は彼らにとって外の世界の住人に過ぎないのだ――。
青花はこのとき、まだ純粋にそう信じていた。
+ + +
車は豪邸の前で止まった。
場所は星辰学院からさほど離れてはいない。つまり空木家の近所とも言える。
(こんなご立派なお宅、知りませんけど!?)
尤も見たところ築浅なので、最近建てられた邸宅なのだろう。古くからの近隣住人ではないということだ。
真新しい表札には『言祝木』とあった。
「え……ここって」
「副会長の家だよ。無駄に坊ちゃんだからね、あのひと。この家も高校通うためにわざわざ建ててもらったらしいよ」
「まじですか!?」
「それは凄いね」
感心というよりやや呆れて、青花も星乃も顔を見合わせた。お互い同じ感覚を抱いたらしい。イケメンバンドマンのうえ金持ちの御曹司とは、些かならずともキャラクター設定を盛り過ぎている。
門の向こうには遥真が待っていた。
日曜とは異なり、制服ではなく剣道部の胴着姿である。潔斎した武士のような佇まいからは威圧感が滲み出ている。
遥真は青花と星乃に深々と一礼した。
「先日は失礼しました」
「いや、あの子は大丈夫だった?」
「今は安定しているようです」
「それは何より」
日曜日の顛末は実のところはっきりとしていなかった。
羽村という女子生徒は遥真が病院まで運んだはずだが、容態……というより、その精神状態に問題があった。慕っていた相手の眼前で自殺未遂を試みるなど、常軌を逸している。
更に信じ難いのは、彼女は一例に過ぎぬという事実だった。
言祝木蓮の周囲で連続して起こる自殺未遂事件、或いは不登校の事案まで含めると、ひとつの推測が成り立つ。
蓮はおそらく近くで関わる異性を不安定な心理状態に追い詰めてしまうのだ。
その理由――根本的原因に至るため、遥真は今日、青花たちをこの家に呼び寄せたのである。




