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15.君の遺した消えない傷痕 4

『やー妹ちゃん。元気ー?』

『元気もりもりー(スタンプ)』

『暇ー?』

『超多忙! 嘘!』

『よし、ちょっと出てきなよー』

『いったい今何時だと思ってるんですか! 怒!(スタンプ)』

『8時?』

『ですよねー』

『じゃあ、うちの校門前で待ってるよー』

『おい!』

『そーだねー。来てくれたら、わかるかもよ』

『何すか、それ』

『君の知りたいこと』

『意味不明っす』

『まーとにかくよろー』


(はああああ!?)


 さて、先立って知り合った玲生となし崩しに連絡先を交換してしまった青花だが、自らの軽挙に激しく後悔したのは、その3日後のことだった。

 一方的な呼び出しのメッセージを受け、青花はただ途方に暮れる。

 何故か断ってはいけないような、しかし行ったとしても何かどうしようもない事象が待ち受けているような、不吉な予感がした。



 + + +



 青花が星辰学院の正門を訪れたのは、実に半年ぶりのことだった。

 中学校卒業間際の今年の3月――ゲームアプリがフリーズしたのをきっかけに、記憶の外から急に現れた学院の実在を確認した。

 学校の存在感はその時点と変わらない。

 それどころかキャラクターまで現実世界を跋扈しているのだから、やはり自分の脳を疑うべきだっただろうか。


(いやー、でも攻略対象者知ってますから)

 校門前で手を振る目立つ容姿の人物を認めて、青花は苦笑いをした。


「妹ちゃん、こないだはどーも」

「天木さん……何なんですか、いったい」

「先生ん家ってほんとに近いんだねー」

「兄は今日は飲みに行ってますよ」

「知ってるー。先生方の恒例愚痴大会でしょー」

「狙ってましたね?」

「わかるー?」

「非常に不本意ですが、そういうの慣れてるんで」


 軽口を応酬するも、玲生はなかなか捉えどころがない。わざわざ夜の学校に青花を呼び出した目的は、想像もつかなかった。

 簡単に誘き出される獲物だと、青花を下に見ているだろうか。いくら青花でも色気のある誘いでないことぐらいはわかる。

「で、何なんですか?」

「んー?」

 玲生は思わせぶりに校門を顎で指し示す。

「え? 開いてる?」


 夜間は閉まっているはずの門が僅かに開いているのを見て、青花は目を瞠く。辛うじてだが、人間ひとりが通れる隙間があった。

「腐っても生徒会だからねー」

「うわ。反則」

「だからちょっと、妹ちゃんにはつきあってもらいたいなー。いいよね?」

 確認でなく強制のため、玲生は尋ねた。

「わざわざ来てくれたってことは、妹ちゃんもやっぱり気になってることあるんでしょー? 僕ってそのへん理解あるからねー」

「それはどうも」


 青花が玲生を見定めたように、玲生も青花に何らかの期待、或いは思惑を抱いているのは確かである。乗ってやろうかと好戦的な気分で青花がここに赴いたことも、おそらく悟っている。

「じゃあ、行こうかー」

 玲生はぽんと青花の背中に触れ、校門の隙間から中へと押しやった。

「……どちらに?」

「えー? そりゃ決まってるでしょ」

 学院の敷地内に入ると、玲生は青花の手を強引に握った。女子の歩幅を合わせる気もないのか、迷いもない足取りでずんずんと進んで行く。


「東校舎。神無木ちゃんが事故った屋上だよ」







 夜の校舎は暗く不気味だ。

 なのに何の恐怖も感じない自分に気づき、青花は困惑する。

 いや……それどころではない。

 灯りのない建物で、なぜ青花も玲生も平然と歩けているのだろう。非常灯だけでは闇が深すぎて、自身の位置を把握するのも困難のはずだった。


「さすが、()()夜目が利くねー」

 青花の疑念など筒抜けなのか、玲生がくすりと笑って褒めた。暗がりの中、彼の金茶の髪――だけでなく身体全体が、うっすらと発光しているように見えた。

「僕はねー、これでもが強いんだよ? 多分、貴木よりもイケてるかもー」

 玲生の言う「力」が物理でないと察して、青花はハッとする。

「あーやっぱり知ってるんだー?」

 急に真顔になった玲生は、青花の方を振り返った。

「それとも聞いちゃったー? 貴木?」

「お答えできません」

「へーそう」

 特に詰め寄ることもせず、玲生は再び歩を進める。校舎の端で、普段あまり使われていないという階段を昇っていく。


 青花は数段下から玲生の背中を追った。

 清浄な光が彼を包んでいるのは先刻から変わらない。と同時に、真逆のベクトルで渦巻く、あの黒い靄も確かに存在する。


「じゃあ説明しても意味あるのかわかんないけど、ある程度は知ってる前提で僕らのこと一応教えとくねー」

 玲生はそもそも青花の理解や納得を必要としていないのだろう。殆ど一方的に話を進める。

「あのねー、生徒会の連中と死んだ神無木ちゃんはさー、実はちょっと特別な血筋なんだよねー、僕も含めて。凄い大昔を辿れば親戚? みたいな」

「……はい」

「でもさ、僕ん家は結構そーゆーの代々伝わってたけど、あ、あと貴木のとこもかな……なんだけど、言祝木とか御木は全然なんだよねー。あー斎木は秘密主義だからよくわからないなー」


 明かされた情報はゲームの基礎知識として青花が認識している内容と相違しない。誰がどうとか詳細までは不明だが、「六根」――封印の力の持ち主である自覚が欠落した攻略対象者もいたはずだ。


「神無木ちゃんは真面目でさー。僕は正直ちょっと面倒だなって思ってた」

 まだ半年も経っていないはずなのに、玲生はまるで遠い日を懐かしむかのように語る。

「今時さー、使命とかとか封印とか、厨二ちっくなの流行らないじゃん?」

「天木さん……」

「僕は関係ないって主張したのに、神無木ちゃんはしつこかったなー。諦めさせようとして、妄想だお伽噺だ迷惑だって散々言ったっけか」

 振り返らない玲生の表情は、青花の位置からは見えなかった。背中に透ける悲しみは錯覚だろうか。どの道下手に口を挟むこともままならない。


「馬鹿だよね。派手に騒げば目をつけられるに決まってる」

 くくっとわざとらしく喉を鳴らす音が響く。玲生は多分、少しも笑わずに声だけを立てた。

「だからねー、神無木ちゃんが呪われても……死んじゃっても、本来なら知ったことじゃないって思ってたんだ」

「天木さん……」

「もちろん運悪く知識のない言祝木がうっかり神無木ちゃんの遺体に触って、『呪い』を感染うつされちゃっても、本当にどうでもいいやってねー。あのね、僕が放っておいたのも確かなんだよ」

「あまぎ、さん」


 段々と青花にもわかってきた。

 先程から、いや先日初めて会ったときから、玲生が「神無木ちゃん」と口にする度に、纏う負の澱が絶望を孕んで膨張している。


 黒い靄、嫌な気配、闇、暗黒――表現は何でもいい。「呪い」と言うならそれでもいい。

 ずっと危機感と焦燥が青花の脳裏を掠めるどころか圧迫し続けている。

 玲生自身が危ういと、青花はとうに知っていた。



「六根清浄……」



 屋上の続く階段を昇り切り、扉を開けようとする玲生の表情は見えなかった。

 微かに月明かりが落ちる。

 秋風が夜の帳を拭った。


「もし六根ぼくらが全員清らかでなくなったら、一体どうなるんだろうねー?」

【設定-用語等補足】

六根清浄(wiki調べ)…六根清浄ろっこんしょうじょうとは、人間に具わった六根を清らかにすること。六根とは、五感と、それに加え第六感とも言える意識の根幹である。眼根(視覚)、耳根(聴覚)、鼻根(嗅覚)、舌根(味覚)、身根(触覚)、意根(意識)のことである。

六根は人間の認識の根幹である。それが我欲などの執着にまみれていては、正しい道(八正道)を往くことはかなわない。そのため執着を断ち、心を清らかな状態にすることを言う。そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つことが行なわれた(山ごもりなど)。「六根浄」ともいう。

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