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14.君の遺した消えない傷痕 3

 とりあえず外で騒いでいるのも恥ずかしいからと、青花は促されるままに忍の車に乗った。

 本当は助手席に座りたかったが、迂闊にも玲生のいる後部座席に誘導されてしまった。車内は密着するほど狭くはない。警戒を悟られるのも嫌で、青花は仕方なしに約20センチだけ幅を取って座る。

 車はすぐにロータリーを出た。忍は丁寧な運転でカーブを曲がり、やや入り組んだ道に入っていく。


「実は僕の家まで送ってもらってたんだよねー」

「天木ん家、この近くなんだよ。途中でお前の姿が見えたから、駅で待たせてもらったんだ」

 軽い口調で忍が種明かしをする。言われてみれば何でもない経緯だ。

「送るって、まさか具合悪いとか?」

「そーそー」

「マジっすか?」

 体調不良にしては血色のいい玲生の横顔を見咎めて、青花は胡散臭そうにする。保健室にいたら間違いなくサボリの烙印を押されるタイプだろう。


 玲生は癖のある金茶の髪をかき上げると、ははっと声を立てて笑った。

「僕、問題児なんだよねー」

 まるで悪びれずに言うと、玲生は肩を竦めて説明した。

「ちょっと補習サボって遊んでたのを見つかっちゃってねー。自宅に強制送還中? 空木先生だったから今回は見逃してもらったんだけどー」

「次見つけたら学校に報告すっからな」

 運転中のため振り向かずに、忍が釘を刺す。なるほど生活指導の一貫だったのか、と青花は一生徒に限った送迎行為に納得する。


「生徒会役員なのに補習?」

「授業も結構サボってたんだよねー」

「そーっすか」

「呆れてるー? 幻滅したー?」

「いえ、別に」


 まあ思い返すも、ゲームに登場する玲生も素行が微妙なキャラクターだったような気がする。言動が軽く女子にすぐ声をかける……要するに軟派でチャラくて馴れ馴れしい。

 攻略を進めると、実は女性不信とか孤独とか影のある設定が出てきそうだが、未プレイの青花には与り知らないことだった。

 演技過剰と察せられるくらいにわざとらしくへらへらした態度で、裏に抱えている事情を忖度しろと言わんばかりだ。青花は逆に引き気味になる。


 それに……何だろう。

 青花は微かに違和感を感じた。

 ゲームキャラというのを度外視しても、初めて会ったはずの玲生に()()()既視感を抱く。

(いい感じと、悪い感じ、両方)

 探るように目線を向けると、玲生も同様に青花を観察していた。互いの視線が交差する。そこで青花はようやく思い至る。

 そうだ。つい先日の日曜日に、自分は一体何を見たのか――。


(良い方の気配は、多分あの貴木遥真に近い感じ? でもって、悪い方は……)

 すっかりファンタジー的感覚に慣れてしまった青花は、玲生から読み取った空気に名を付ける。


(呪い――)







 いったん認めてしまうと、その気配はますます濃厚になったように思えた。

 日曜日に暴れた羽村という女子生徒、彼女を指して遥真や蓮は「呪い」と言っていた。そして青花が目にした黒い靄……あれが()()ならば、今まさに玲生を覆う悪い空気は酷似している。

 警戒も忘れて、青花は玲生を凝視した。

 玲生は意外そうに青みがかった両眼を瞬かせる。


「ふぅん……妹ちゃん面白いねー、先生」

 運転席の忍に話し掛けながら、玲生は唐突に青花の髪を掴むと、くいっと軽く引っ張った。

「なっ……」

「うん、やっぱり? ぽい・・んだよねー」

「何言ってんだ、天木?」

 玲生は匂いを嗅ぐように、青花の髪を一房、鼻先に近づけた。


「ねー先生もそう思わない? 妹ちゃんってちょっとあいつ・・・みたい」

「はあ?」

 意味がわからないという反応は、見事に兄妹仲良くハモった。

 忍が後ろを振り向けないのを承知のうえで、玲生は青花の髪を指に絡めたまま離さない。

「天木、お前……?」

「先生はあんまり知らないんだっけ? 変な話するけどさー、妹ちゃん、なんか通じるものがあるんだよねー」

「……?」



「あいつ――神無木ちゃんに」



 その名を出した玲生の瞳は決して穏やかではなかった。

「何だそれ? どこが? 意味不明」

「うーん、どこがどうっていうのは、具体的には言えないんだけどー?」

「……っ」

 青花は声を呑むのに必死になる。

 ここにきて再びあの神無木命だ。主人公と攻略対象者の繋がりは断ち切れないものらしい。モブですらない青花をダブらせるのはさすがにどうかしているが、それだけ玲生の感性が鋭いとも言える。


「神無木、ねぇ……」

 話題の対象が故人であることを慮ってか、忍はやや抑えた声音で低く呟く。

「お前、仲良かったんだっけか?」

「僕ー? どうかなー。キャンキャンしちゃって子犬みたいで可愛かったなー。斎木とか言祝木はうざがってたけど、僕は嫌いじゃなかったし? ていうか女の子はみんな好きだけどねー」

 軽薄に告げる玲生の科白が強がりなのは、青花にも、おそらく忍にもはっきりと理解できた。



 この現実世界で、神無木命がどこまでゲーム(そうとは知らないだろうが)を進捗させていたのか、まったく定かではない。

 ただ……これまで知り合った攻略対象者の発言を考慮すれば、彼女が生徒会メンバーそれぞれと個人的に話ができるレベルで親しかった事実は疑いないだろう。

 中には好感度が恋愛に近いレベルまで達していた攻略対象者もいたかもしれない。例えば玲生はどうか。会ったばかりで決めつけるのは本意ではないが、もしかしたらと青花は推測する。


 だからこそ、痛く辛い。

 すでに彼女が亡くなっているというこの哀しい現実は、彼らの精神にどれほどの喪失を与えたのか。部外者の青花だとて心痛を感じずにはいられない。


()()()()神無木命は死んだんだろう)

 触れてはいけない傷痕に、青花は想いを馳せる。

(事故はなんで起こったの?)


 しかし――その疑念を抱いたのは誤りだった。

 すべては偶然で自分は巻き込まれただけだと主張するなら、あくまで無関係の第三者を貫くのであれば、本当は考えてはいけなかったのだ。



 後から思い起こせば、青花のターニングポイントはおそらくこの日である。日常に引き返せるかどうかの最後の瀬戸際で、知らず青花は茨の道に迷い込んでいた。

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