12.君の遺した消えない傷痕 1
(その後の星乃先輩調べ)
日曜日に危うく傷害事件に巻き込まれそうになった空木青花であるが、休み明けも半分夢の中のような気分だった。
何しろ信じ難い状況が続いている。
ライブハウスでは星辰学院生徒会副会長の言祝木蓮だけに止まらず、会計の貴木遥真に遭遇した。
それも謎のヤンデレ女子がナイフを振り回そうとする事件付きで、だ。
彼女は蓮に危害を加えようとしたのではなかった。刃先は自らに向けられていた。即ち自傷行為、ぶっちゃけると自殺を図ったということになる。
その、危険な行動を起こした羽村という女子生徒は、蓮の同級生だったらしい。つまり星辰学院の2年生である。
以前から蓮の取り巻きだった彼女だが、2学期に入って以来まったく登校しなくなっていた。
(でもそれは彼女だけじゃなくて)
星乃は不穏な噂を仕入れてきた。
1学期の終盤頃から、星辰学院の2年女子――正確に言えば蓮の周辺で、おかしなことが起きていた。
(自殺未遂3件、不登校5件)
字面だけ見ても尋常でない。その全員が蓮のファンだったという証言がある。おかげで彼に纏わる黒い噂が後を絶たたない。バンドをやっておりビジュアルも派手なせいで、悪評が加速した感もある。
(そりゃ生徒会にも顔出せないでしょ)
御木雷はどこまで蓮を疑っているのだろう。
6月に転落死した主人公の神無木命……の、事故の第一発見者である蓮が、彼女の死に何らかの関わりがあるというのか。
(それに……呪いって何)
青花は遥真の真っ直ぐな眼差しを思い出す。
錯覚なのかファンタジー的な力が発動していたのか、あの晩、青花は羽村の周りの黒い靄と、それを打ち消した遥真の光を目撃してしまった。
もし見間違いでないとしたら。
前者が「呪い」で、後者がゲーム内用語で曰く――確か「六根」とか呼ばれる特殊な家系の力なのだろうか。
もちろん青花はゲームアプリ『星に願いを、君に想いを』に謎の因縁がある。他校生でありながらこうまで首を突っ込んでしまったのは、どこかに理由があるのかもしれない。
(星乃先輩には、わかるのかな)
星乃は常に理知的である。
だからこそ彼の思惑が推し量れず、青花は憂鬱だった。
◆ ◆ ◆
その週は星乃の鶴の一声で、扇浜高校新聞部の活動は全面的に中止された。
どんな言い分を通したのかはわからない。部員である青花の友人、夕菜も首を傾げていたが、星乃は緊急事態と判断し、強行したのだろう。
「……という訳で」
「どんな理由っすか」
「青花ちゃんには説明不要じゃないか?」
急に招集されて、他部員のいない部室まで素直に出頭した青花に対し、星乃の態度は不遜極まりない。どうも最近翻弄される回数が増しているような気がして、青花はがっくりと肩を落とした。
「えーえー。わかっていますとも」
「さすが」
宥めるように言って、星乃がくすりと笑う。
そのまま徐に立ち上がると、雑然とした資料棚を開いた。
「本格的に探さないとなあ……」
「ですよねー」
仕方なく、青花も資料棚に近寄る。
二人の見解は一致していた。
「どう考えても、ここのような気がするんだ」
「右に同じっす」
星乃に同意して、青花はこくこくと頷く。
「それに、超能力に目覚めた今の青花さんには見つけられる予感が……!」
「うーん、本気なの?」
「えー……日曜のことは話したじゃないですか」
未だ星乃でも半信半疑のようだが、青花は自分の目にしたものを包み隠さず明かしている。正直自分でも中二病極まれりと思わないでもない。
ただ――耳打ちしてきた遥真の様子から、一笑に付すべき問題ではないとも考えたのだ。
「とにかく見つけましょう」
「そうだね。話はそれからだ」
互いに協力して、二人は片付いていない資料棚を漁り、片っ端からファイルを取り出し始める。
神無木命の隠した鈴のストラップを探すために、少なくとも今日一日は犠牲にする覚悟だった。
当たり前だが、ストラップの主たる神無木命という人物の詳細を、青花はまるで知らない。
当人とてゲームアプリの主人公という立場にはもちろん無自覚だったろう。もし設定が生きているのであれば、学院で仲間を探しつつ敵と戦っていたはずだ。
(敵って何なのかな)
呪いらしきを目撃した青花の胸中には、嫌な予感が巣食っている。
ゲームから現れた学校、登場人物、アイテムときて、敵だけが存在しない道理はない。何という名称だったか――そう、凶星「太歳」だ。
物語上はヒロインも攻略対象者も敵を封印するパーツでしかない。月並みな展開だが、倒せなければ世界は混沌の渦に巻かれ、闇に呑まれる。
神無木命が学院内で戦っていたとしたら。
あの薄気味悪い黒い靄が幻覚の類いではなかったとしたら。
……呪いとやらが、本当にあるのだとしたら。
(多分、ストラップが相当重要なものになる)
青花は大量のファイルを一頁ごと、ゆっくり丁寧にめくった。
手紙には『扇浜高校の部室棟』と『挟んである』というヒントしか書かれていない。けれども現時点で青花はそれが新聞部の部室だと確信していた。
偶然ではない。
おそらく、あらゆる事象には因果関係が――。
「……あ」
一冊の古いファイルを手に取ったとき、青花は気がついた。
ぼんやりと、ほんの僅かにではあるが、仄かに光る気配がある。
「先輩!」
「!」
青花は星乃を呼ぶ。
そのファイルは古い地元記事のスクラップをまとめたものだった。




