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1.星に願いを 1

本作は乙女ゲームが出てきますが、悪役令嬢物ではありません。タイトルはアレですが、ホラー的な要素は殆どないと思います。よろしければおつきあいください。

 ありのままに起こったことを、今、話そう。

 ――近所の森林公園があった場所に、スマホアプリゲーム、それも女性向け恋愛シミュレーションゲームの舞台である学校が建っていた。


(えーっと、何を言ってるのかわからねーと思うが……じゃなくて。本当に意味がわからないんだけど、これ、現実だよね?)


 空木うつぎ青花あおかは混乱して頭を抱える。

 自分が立っている世界は今までとほぼ変わりない。間違いなく、多分、きっと。

 だが……青花の記憶が正しければ、つい先日までここは学校はおろか建物のひとつも存在しなかったはずだ。


 やや挙動不審気味に、青花は厳かな正門の前に近づいた。

 3学期も終盤とはいえ平日の午前中なので、生徒は概ね校舎内いるようで見当たらない。敷地の外周の道には近所の人間がまばらに通るだけだった。

 信じ難く思いながらも、青花は覚悟を決めて校門に刻まれた学校名を確認する。



『星辰学院高等学校』



(嘘でしょう?)


 青花は息を呑んで、メニュー画面のまま止まってしまったアプリを疑うように、手にしたスマホをチラ見する。握り締めた右手に知らず力が籠り、頬には冷や汗が伝った。

 学校の名称はやはり憶えている通りで、籠目紋(六芒星)を象ってデザインされたマークもゲームと一致する。

 自分だけがゲームの世界に紛れ込んでしまった――否、ゲームの世界が一部、現実の中に顕現したとでも言うのか。

 校舎の方から微かに聞こえてくるチャイムの音が、思考の纏まらぬ青花の脳裏に、ぐあんぐあんと鳴り響いた。






 ◆ ◆ ◆



 受験も終わり、卒業を控えた中学3年生の青花にとって、そのゲーム・・・・・は自分へのご褒美のようなものだった。

 中1の頃からゲームアプリに嵌っていたが、さすがにここ1年は勉強に集中して、一切手を付けていなかったのだから、楽しみなことこの上ない。

 中学も消化授業を残すのみとなり、やっと好きなゲームに興じられる。友人に幾つかお勧めを聞いて、とりあえずダウンロードしたのが件のゲームである。



『星に願いを、君に想いを』



 内容はと言えば、いわゆる乙女ゲームだった。恋愛メインの現代学園物にプラスしてファンタジー要素ありの作品で、タイトルは陳腐ながら青花の好みのツボをついていた。

 ストーリーはシンプルである。曰くつきの学院に入学した主人公が特別な力を持つ仲間、即ち攻略対象者の男子たちと出会い、恋仲になったり悪しき敵を封じたりする。少女漫画的なキャラデザインも美麗かつ魅力的、また当然イケボ声優起用と基本を押さえており、オーソドックスな乙女ゲームファンにはそこそこ人気があった……()()()()()

 何故そんな曖昧な表現になるかというと、現時点でこのゲームの存在を認識できているのは、おそらくは青花ただひとりだからだ。



 事の始まりは金曜日の授業が終わったある日――いそいそと帰宅した青花は、自室で徐にアプリを起動した。週末であるから、今日は多少夜更かしも許されるだろうと期待しながら、ベッドの上でだらしなくスマホ画面を見遣る。


 オープニング動画が始まる――。


 小柄で可愛らしく、意思の強そうな黒髪の少女が、舞台となる学校に向かって走り出す。6人の男性のシルエットが彼女を待ち受ける。

 暗転する画面とホラーめいた音楽が忍び寄る敵を仄めかす。少女の光が闇を切り裂き、タイトルロゴが表示された。


「えっ……?」


 生じた異常に、青花は動揺して声を上げた。

 スタートをいくらタッチしても変化はない。画面が固まったまま微動だにしなくなったのだ。何回かやり直しても同じだった。

(まさかバグ?)

 期待していただけにショックを受け、青花はそのまま枕に突っ伏した。

(最悪……)


 また時間を置いて試してみよう、と青花はいったん諦める。

 残念ではあったが、不具合であれば仕方がない。正直たかがゲームと、そのときは軽く落ち込んだ程度で深くは何も思わなかった。







 世にも奇妙な状況が判明したのは、夕飯の時間であった。

 その日は青花の兄、しのぶが珍しく在宅していた。8歳上の忍はこの春大学を卒業する。一浪したため妹と卒業年が被ってしまったのが一生の不覚だと、いつもぼやいている。

 普段はアルバイトで夜は家にいないことが多く、夕飯を共にするのは久しぶりだった。


「兄ちゃん、どうしたの? バイトは?」

「休み。そろそろ辞める時期だし、徐々にシフト減らしてもらってんの」

「そうなんだ。兄ちゃんも社会人になるのかって思うと、なんか不思議」

「お前が高校生になる方がよっぽど違和感あるよ」


 忍は揶揄って笑った。青花は少しだけくすぐったい気分になる。同じ家に住んでいるにも拘らず、兄妹で軽口を言い合うのも実は稀だからだ。

 顔立ちはお互いよく似ており仲も悪くないものの、年齢差と生活リズムの違いのせいか、最近は話すことも減っていた。

 兄の就職についても、先日母から聞いたばかりだ。随分前に決まっていたのに、青花が無情にもまるで興味を抱いていなかったのと、両親が言ったつもりで失念していたせいで、受験が終わるまで全く知らなかった。


「学校の先生ねえ……兄ちゃんが」

「これでも教育実習ではモテモテだったからな」

「黙っていればってヤツだよね。まあ一応背ぇ高いし、チャラそうだし」

「親しみやすいイケメンと言えよ。つーか黙ってないだろ。授業してただろ」

「先生補正ってあるし?」


 まあ妹の欲目かもしれないが、忍自身はぱっと見それなりにいい男だとは思う。やや軟派な印象が強いとはいえ人好きのする取っつきやすいタイプで、十代の頃から女の子たちには人気があった。大学でも同様だっただろう。

 赴任先の学校で憧れの先生として女子から慕われるかもしれない、と想像すると、妹なりに優越感を感じないでもない。


「あれ? そういえば兄ちゃん、なんて学校に勤めるの? まさか扇浜おうぎのはまじゃないよね?」

「お前な……」

 妹の無頓着ぶりに落胆して、忍はわざとらしく肩を落とす。

「お前の行く高校の訳ないだろ。妹と同じところなんて絶対避けるわ」

「だよねー。もしそうだったらキモイ。最悪」

「おい。泣くぞ」

 くすくすと笑う青花に、忍は手で顔を覆って泣き真似をしてみせた。


「ごめんごめん。でも兄ちゃん通勤大変だったりしないの? 独り暮らししちゃったり?」

「しない。近所だから」

 安月給もあり当面は実家から通う、と宣言する忍に、青花は首を傾げた。

「近所ってどこ?」

「一番近所。驚け」



「――星辰学院、だよ」

【設定-用語等補足】

乙女ゲーム(wiki調べ)…乙女ゲーム(おとめゲーム)とは、女性向け恋愛ゲームのうち、主人公プレーヤーが女性のゲームの総称である。「乙女ゲー」「乙女ゲ」「乙ゲー」などと略称される。

1994年にコーエーから発売された『アンジェリーク』がその1作目と言われている。代表作は『遙かなる時空の中でシリーズ』、『ときめきメモリアル Girl's Sideシリーズ』など。少女漫画に共通する点が多く、例えばコンシューマゲーム及び全年齢対象のパソコンゲームの場合、主人公の年齢は15歳から18歳前後に設定されていることが多い。しかし、成人し会社員や教師として働いている主人公もそれなりに存在する。

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