洞窟
目を開ける。それと同時に空腹感が俺を襲う。
「あー」
声が漏れ出す。声と同時にこの脱力感や空腹感も抜けていけばいいのにな、なんて思ってもそんなことができたらまず苦労はしない訳で。
「あのー」
上から声が響く。とは言っても真っ暗で何も見えないので、声だけが響いている状態である。耳に残る甘ったるい声は、下校途中の小学生に非常に似通っていた。
しかし、いくら小学生とはいえ、寝転がっているこの状態で話をするのもとても失礼なので、立ち上がろうとする。
しかし、それをするだけのエネルギーすら無いのか、立ち上がれそうにもない。
「すまんが、なんか食べ物は持ってる?」
「いえ……」
「そうか」
目を閉じる。視界に映る光景は全くと言っていいほど変わらない。
(本格的に人生終わったかな?)
死に場所がこんな何処かも分からない場所なのはとても気に食わないが、まぁそれはそれでいいのではなかろうか。どうせ、ロクなこともしてない人生だったし、ロクでもない死に方をするのは自業自得かもしれないしな。
「あ、あの!」
女の子特有のソプラノボイスが耳に残る。なんであろうか?逃げ道でも聞いているのだろうか?
「―――!―――――!」
本格的に耳が遠くなってきた。理由の分からない衰弱死とかいう非常に納得いかない死に様である。
その時、口の中に何かが入り込んでくるのがしっかりと感じ取れた。液体、であろう。スルリと喉を通り過ぎたソレは、体内に劇的な変化をもたらした。
体が、意識が、蘇っていく。逆再生されるように力が湧いてくる。脱力感と空腹感はいつの間にか消え失せ、それどころか満腹感すらある。
「ぁ。ぁぁああ」
声にもハリが出てきた。なんだこれは。ファンタジーにも程がある。
上半身を起こし、手を地面につき、立ち上がる。数秒前は不可能な動作であったが、それが数秒で可能となっている。
「誰かは分からないが、ありがとう。本当に」
「ぁ、はい」
少女の声が一転してか細くなる。ん?なんで、俺は少女と分かった?というか、視界が、ある。光が差し込んでいないはずなのに、何故隣に少女がいる、ということが分かるのであろうか?
「裸ァ!?」
いきなりの大声に、少女が体をビクッと震わせる。
生まれたままの姿を晒している少女。アルビノのように白い肌と髪、それと対比するかのような真紅の瞳。
――美しい。ひと目みてそう感じてしまった。
「とりあえずこれ着なさい!」
ハッと意識を取り戻し、急いで学ランの上を脱ぎ、少女に着せる。秘所は隠したが、本当にギリギリである。
というか、恥ずかしがっている様子がほぼ見えなかった。というか隠してなかった。一体、どうなっているんだろうか。
ドドドドドッ
何かが崩れるような、そんな音が聞こえる。こんな状況、嫌でも想像がつく。
「逃げるぞ!」
少女の手を取る。急いで階段を駆け下り、魔法陣を突っ切って入ってきた入り口に向かい、駆け出す。普段から運動不足なのが祟ったのか、息がすぐ切れそうになるが、命の危機に比べれば大したことはない。
「えっ?えっ!?」
少女は困惑の表情を顕にしている。
命の恩人を放っておくほど俺はクズではないし、他に頼れる人間もいないのだから、俺がやらねば、という謎の脅迫感に襲われて走っているけれども――
「今日は厄日だな!」
後ろの、魔法陣のあった部屋?が崩れ落ちたようだ。一際大きな音と、風が後ろから俺の背中を押し、ただでさえアクセルベタ踏みの俺の焦燥感をさらに加速させる。
ふと前を見ると、出口の光がもうすぐそこまで近づいているということが分かる。
「キャッ!」
少女が転ぶ。慣れない足場に躓いてしまったのだろう。
「うぉい!」
手を取り、背中に乗せる。少女一人分とはいえ、只の学生にはそれなりの負荷がかかる。
しかし、そんなのを気にしていられる状況ではない。
少女を背負い、洞窟から飛び出す。その瞬間、洞窟が完全に崩れ、山の一部と成り果てた。
「なんて日だ!」
知らん顔して地上を照らしている太陽に向かって叫んだ。
新年開けても、大して変わんないやなって。