祭壇
何度も味わい、もう慣れてきた意識の暗転から目覚めた先は、ごつごつとした岩の地面から洞窟ということだけが分かる。明かりはなく、うっすらと一方向から差し込んでくる光が唯一の光源と言っても過言ではないだろう。
「スマホ何処やったっけか」
現代が作り出した文明の利器を探す。しかし、入れていたはずのズボンのポケットの中はなにもないということを主張しているばかりであった。
胸ポケットを触れてみても、朦朧とした意識の中で手に入れた意味深なメッセージしか出てこない。どうやら、服以外のものはほぼ全て失ってしまったということだろう。
しかし、神様の慈悲かどうかは知らないが、ティッシュとハンカチだけは持たせてくれていた。随分潔癖なのか、それとも役にたたないと判断したのかは分からないが、まぁあるだけありがたい。
とりあえずか細い光源に向かって進むが、非常に動きづらい。慣れない足場で歩くというのはコンクリートで舗装された道をいつも歩いていた現代人からするととても辛い。
体感時間数分後、光源にたどり着く。
そこには、西アジアを彷彿させる言語が円形に並べられ、それを幾何学模様で閉じ込めたような、いわゆる魔法陣のようなものが描かれていた。全体的な形は六芒星であり、左右は対象。うっすらと光を放っており、これが漏れ出してきていたようである。
魔法陣の周りに目を向けると、こちらから見て奥には机のようなものが一つあるだけで、他に何も目につくものはなかった。
何もアクションを起こさない、というのが許される状況でもなさそうということは歩いている最中にも理解できていたので、積極的な行動を取っていく。
まず、魔法陣のある床に、階段を伝っておりていき、そこから魔法陣を踏まないように細心の注意を払いながら机へ向かう。
机は魔法陣よりも高い場所にあり、階段がその台座に接続されている。
ここが何かしらの宗教の儀式の場だとすると、机は祭壇ではないか?という実に安直な考えの元こちらに向かってやってきたのだが、どうやら正解らしい。
机は石でできていて、綺麗な断面から誰かが意図的に切り抜いてきたということは明白である。大きさは仕事用で売っているデスクとほぼ同じであった。こうしてみると、机というよりもモニュメントや建材と言われたほうがしっくり来るかもしれない。
机には何もおいてはいないかったが、階段の下や廊下からは見えない柱の横に、何故か日本語で文字が書かれていた。
『召喚の場』
たったそれだけであった。どのようにすれば召喚できるのか、どのようなものが召喚されるのか、などの記述は一切なかった。
「わかりにくい説明書だなオイ」
ついつい愚痴が漏れてしまう。机の前に座り込み、ここが一つのターンポイントだと感じ、物事の整理を開始する。
まず、自分がどのような状況に置かれているのか?という点だが、現代のものを全て奪われた上で洞窟の中、飯もなにもないという非常にどうしようもない可能性もある状況である。
そして、その洞窟だが、何らかの宗教組織の儀式する場所っぽい。召喚の場らしいが詳細は一切不明である。
十数分ほどで整理した情報はこの程度だ。まぁ情報自体がとても少ないのでこの程度であろう。
冷静に考えると、祭壇に何か捧げればいいのか、ということ発想に至る。
「捧げるもの、ねぇ」
よくよく思えば手持ち品のほぼ全ては没収されている。ハンカチとティッシュはあるが、とても結果には期待できそうにない。
胸ポケットの中から紙を取り出す。
「これ、行けるか?」
ハンカチやティッシュなどよりかは期待できそうだったので、とりあえず乗せてみる。
突然、紙が発光し、それに呼応するように魔法陣が怪しく光を放ちはじめる。
「うおぉぅ」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
光はより激しくなるだけで、それ以外は一切何もわからなかった。光で視界が覆い尽くされていくのを只呆然と見つめながら、原因の分からない脱力感に襲われていた。手足には力が入らず、表情も変えられないほどの脱力感である。
「あぁ……」
吸い取られるように全身から力が抜けていく。意識もまた途絶えそうである。最近、本当に気絶ということに縁がある。
気を失う寸前、まさに首の皮一枚というところで脱力感が強まっていく、ということがなくなった。そして、それと同時に光が一切合切消え失せた。
暗い、暗い、暗い。恐怖と不安感のみが心を支配していく。情報の少なさがそれを助長し、心までもが暗く染まりそうになる。手足に力も入らない。
実に絶望的だ。
俺の意識は、そのまま、暗く染まっていった。
実にあけおめって気分です。