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困ったドッペルゲンガー

作者: Ryo Lion

「こんにちは。私はドッペルゲンガーです」


「なにを寝ぼけたコトを言ってるんだ。きみは女じゃないか。僕は男だ」


「はい。確かにその通り……というのも、私は”あなたが女として生まれた場合”のドッペルゲンガーなのです」


「ややこしい話だな。要するに僕とは性別が逆になったドッペルゲンガー、という事か。うーんそういえばどことなく目鼻立ちが僕に似ているような気がする」


「はい、私が異性であること以外はあなたそのものですから」


「だが、そんな突拍子もない話をそうやすやすと信じることは出来ないぞ」


「突然のことで信じられない気持ちはわかります。ですが事実です。その証拠をお見せしましょう。あなたは昔、公園のジャングルジムから落ちて頭を強く打ちましたね?」


「ああ、そういえばそんな事もあったかな……」


「ご覧下さい」


そう言って女は、じぶんの後ろ髪をかき上げてみせた。うっすらと、後頭部に古い傷跡がある。


「あ……僕とまったく同じ場所に、傷が」


「これで信じて頂けましたか?私とあなたは同一人物なのです」


「うーん。でも、それだけじゃあな」


「ではこうしましょう。あなたしか知らないような質問を私にしてみて下さい」


「じゃあ、その怪我を負ったとき一緒に遊んでた友人は?」


「Y君です。体が大きくて目は小さめ……一年中日焼けして真っ黒で、いつもつばの折れた野球帽をかぶっていました」


「うーむ、その通りだ。だがその程度の情報なら、僕の子供の頃を知っている誰かに聞けば分かりそうなモノだ」


「はい、ですからもっと確実な情報を」


「うん。それじゃあ銀行カードの暗証番号なんてどうだ?これは親にすら教えていない」


「はい、四、七、七、一です。これは自分の生年月日ですが前半は昭和の年号で、あとは誕生日です。 本当は昭和57年の生まれだけど、”死・な・な・い”のほうが語呂がいいので頭の数字だけ変えてあります」


「正解だ。なるほど、どうやら本物らしい」


まじまじと”異性になった自分”を見つめる。なんとも妙な気分だ。


「これで分かりましたね。私は正真正銘あなたのドッペルゲンガーなのです」


「ふむ。最近のドッペルゲンガーは性転換のサービスもやってるのか。いや驚いた。見事なサプライズだったよ。 まあ、本物だというのはわかったから、とりあえず家から出ていってくれ」


「えっ」


「え、じゃないだろう。ここは僕の家だ」


「ちょっと待ってください。まさか追い出すというのですか?私はあなたの分身なんですよ?」


「いやきみが僕の分身なのはよーく分かった。だがそれとこれとは別問題だ。 僕は久しぶりの休日をのんびりビールでも飲みながら、映画を観て過ごそうとこころに決めていたんだ。邪魔をされちゃかなわない」


「そんな……もっと何かこう、疑問とかないんですか?異性なのになぜ同じ思い出を共有してるのかとかほら、もしかすると、並行世界パラレルワールドが存在するかもしれないとか……おそらく世界中であなたしかこんな体験してないですよ?」


「ああ、生きていれば面白いコトもあるもんだなと感心しているよ。だが僕には僕の生活がある。明日からの労働に耐えるためにも、心身のリフレッシュは何より重要なんだ。さ、分かったら出て行ってくれ」


「ちょ、出て行きません。出て行きませんったら」


「何を言ってるんだ、出しておいたビールがぬるくなってしまうだろ」


肩をぐいぐい押しながら玄関に向かう。足をふんばって抵抗しているが、しょせんは女の力だ。


「それじゃあ、また会うことがあるといいね」


「いや、あの」


ドアを閉めて鍵をかけた。


なにやら外で戸を叩いたりわめいたりして騒がしいが、じきに収まるだろう。


「さ、そんなコトよりビールだ」


ぽんと手を叩いて気分を切り替える。座卓につき、ビール瓶のふたを開け、ゆっくりと薄口のグラスに注いでいく。


私はビールの飲み方にはちょっとした拘りがあり、グラスは事前に冷蔵庫で冷やしておいた小ぶりなサイズの薄口のモノ(ちょうど大衆酒場などで、栓抜きと一緒に出てくるタイプ)で、コレにはあまり冷え過ぎていない8~10℃前後のビールが適している。


冷た過ぎるビールは最初の一口目こそ美味く感じるが、飲んでるうちに冷たさで舌が麻痺して、何が何やらわからなくなってくる。


なので最初の一杯は10℃前後のビールののど越しと爽快感を楽しみ、二杯目からは、やや常温に近いビール(といっても余りぬるくてもいけない)をゆっくり楽しむのだ。


肴はこだわりの乾物に、高級チーズにナッツ、スナック菓子もすこし。おつまみも万全で、まさに至福のひとときだ。


「いただきます」


しかしその瞬間、まるでタイミングを計ったようにインターホンが鳴った。


「やれやれ、新聞の勧誘かな。それともNHKの集金か。人の楽しみに水を差すとは許せん。門前払いにしてやろう」


インターホンの受話器をとる。


「うちのテレビは映画鑑賞用だから受信機もありませんし、新聞も取りませんよ」


「開けて下さい、開けて下さい」


「なんだまだ居たのか」


あまり玄関先で騒がれてもコトなので、入れてやる事にした。


「あ、あなた、常識がないんですか!」


「いや、常識がないのは君のほうだろう。いくら僕の分身といっても、無断で人の家に上がりこむのは違法なんだぞ。と、いうよりドッペルゲンガーの存在そのものが非常識だと思うが」


「私の存在から否定するのはおやめ下さい。大体ですね、あなたはこういった奇跡的な出来事に対してあまりに無頓着すぎます。そもそも映画好きだったらこういう展開は決して見逃したりしない……なにを飲んでいるんですか」


「ん?これは、ビールだよ」


「それは見れば分かります。なぜいま飲む必要があるのかと聞いているんです」


「ああ。もう映画は落ちついて観れそうにないから後回しにして、君の話でも聞きながら飲むことにしたんだ。どうぞ続けて」


女はなにか言いかけたが、こちらを睨んだままぐっと飲み込んだ。


そしてまるで住み慣れた我が家のようにスムーズな動作で戸棚を開き、グラスを手に持ってやってくる。


「私にもください!」


「勝手に上がりこんだうえに、ビールまで要求するのか……」







早く帰ってくれないかな

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