第1話
ジリリリリリリリリ
何度聞いても不快な気持ちにさせられるその音が、僕を夢の世界から現実の世界へと引き戻す。
「う……ふわぁ」
眠い目をこすりながら大きなあくびを一つ。まだ寝ていたいという気持ちが僕を再び夢の世界へと誘おうとしていたが、今日は平日、学校へ行かなければならない。
僕は頭を覚醒させるとベッドから降り、制服に着替えて玄関へと行き、
「行ってきます」
学校へと向かった。
「あー疲れた」
色々あって今は放課後。長い長い勉強の時間から解放された僕は鞄に荷物を詰め込み、教室から出る。
普通なら家へと帰るために生徒玄関に向かうところだが、僕はそうじゃない。教室から出たあと下ではなく上へと向かう。
そう、僕は部活動に所属してるのだ。そして今僕が向かっているのはその部室。
「さて、今日も頑張るか」
今からが一日の本番。僕はたどり着いた空き教室の前で気合を入れると、勢いよく扉を開けた――。
☆001
「なによこれ」
教室に足を一歩踏み入れた瞬間そんな言葉が飛んできた。
「なにって、あれだよ、物語の導入的なやつ」
僕は適当な席に腰掛けながらそんなことを言い返す。
「それはわかってるわよ。私が言いたいのは、どうしてそれをあなたがやっているのかってことよ」
「いや、まあ、物語は主役が必要だし? 主役ならやっぱり描写なんかも、担当しちゃったりしたりしないといけないじゃん?」
「はぁ? 誰が主役だって?」
「僕――うわっ」
そう言った瞬間、僕の目の前で火柱が上がる。咄嗟にその場から離れなければ、先程まで座っていた椅子や机のように真っ黒な炭と化していただろう。
「お前何すんだよ! 危ないだろうが!」
「いいじゃない、それくらいじゃあなた死なないでしょ?」
「確かにそれくらいじゃ死なないけど、そういう問題じゃねぇ!」
僕は目の前の炭を燃える前の姿に戻すと、また腰を掛ける。
「とにかく、この物語の主役は僕がやるように上から言われてるから、お前が何を言ったところで意味ないからな」
「えぇー」
まだ文句は言ってくるが、とりあえず上の命令と言われた以上また攻撃してくることはないようだ。
「……あんたに主役が務まるとは思えないけどねぇ」
「そんなことない」
「いやいやー。だってあの導入の描写もなんかイマイチだし、それに未だにこの物語についての説明とかしていないじゃない」
「む。」
「デキル主役ならもう地の文であらかたの説明は済んでるわよ」
「むむ。」
確かに言われてみればそうかもしれない。僕が前に読んだラノベなんかでは主人公視点で物語が進んでいくものだったけど、割と序盤の方で世界観だとか身の回りのことだとか、そういうことをやたら詳しく主人公が語っていた気がする。
「……そうだな、ちょっとやってみるか」
ということで、今からこの物語の説明をしようと思う。
まず、ここまでのことで薄々気がついている奴もいるかもしれないが、僕は普通の人間じゃない。いや、人間じゃなくなった、と言ったほうが正しいかも知れない。
まあ、詳しいことは今は置いておくとして。
僕には神の力がある。その力がどういうものか説明するのは、僕が完全に理解していないということもあり難しいが、簡単に言えば『なんでもできる力』だ。
その力を手にした僕はこの世界の理の外側の存在となり、そして僕と同じような存在である彼女と出会い、しばらくして僕や彼女に力をくれた上の存在が今回の物語の話を持ってきた。その際に僕は上からこの物語の主役として任命され――導入に繋がる。
それで肝心な物語の内容だが……実は決まってない。上が持ってきたのは物語を僕たちが創るという話だけで、どういう感じにするのかは一切指示されていない。
つまりこの物語は僕たちが今から設定の段階から創っていく話になるのだ。
「だいたいこんな感じでいいか?」
「まあ『神の力が使える』ということしか伝わらないけれど、それが一番重要だし、いいんじゃないかしら?」
「ダメって言われても、これ以上この物語について言えることなんて何もないけどな」
本当にまだ何も決まってないのだ。
一応ここは現代の日本ということになっているが、それも僕たち次第で変えることはできるし。導入で今いるのが学校の空き教室で何かの部活動の部室ということになっているが、それもその場のノリで適当に考えたので今後の流れ次第では“部活設定はなかった”といった感じでいわゆる没設定にすることもできる。
この物語はそれほど自由で何でもアリで、不安定な物語なのだ。
「とりあえずこのままだとまともな描写とかできないし、最低限の設定くらいはちゃんとしておきたいよな」
「そうね。今決まってるのは私が女であなたが男、そしてあなたが主役で目覚ましの音を不快だと思っていることくらいかしら」
「別に目覚ましの音のくだりはノリだから」
「導入の部分イマイチだし、せっかくだからやり直せば?」
「そうだなー。もう少し色々……具体的に言えば僕個人の設定をきちんとしてからやり直したいな」
「ならさっさと設定を決めちゃいましょ。主に名前とか」
「いつまでもお前やあなたじゃダメだしな」
一応人間だった頃はちゃんと名前があったが、今となってはその名も意味を成さない。
「やっぱりこういうのは規則性を持たせたほうがいいわよね」
「というと?」
「そうね……例えば、植物や動物の名前が一文字入ってるとか」
「『桜木梅花』とか『虎馬龍兎』とか、そんな感じか?」
「一文字ってのはどうしたのよ」
「むしろ全部揃えた方がインパクトあるかなって」
「……それもそうね」
「だろ?」
「じゃあそれでいいわ。私は『桜木梅花』であなたは『虎馬龍兎』」
「……え? そんな簡単に決めちゃっていいのか?」
「別にいいでしょ。まだ決めないといけないことはたくさんあるんだし、ここで時間を取るわけにはいかないわよ」
彼女――梅花の言うことも最もだ。あまりだらだらとしていても、グダるだけ。まだまだ始まったばかりなんだから。
「それで、次は何を決めるんだ?」
「趣味とか得意不得意とか……私たちは一応学生だし、得意科目・不得意科目は決めといたほうがいいかもしれないわね」
「あー」
確かにラノベの主人公は何故か冒頭でそういう説明してたな……まあ大体勉強も運動も平均とか言っときながら実際はとんでもないハイスペックだったりするが。
「得意科目……なんだろな。というかここはそもそもどこなんだ? 高校? 中学?」
「中高一貫校でいいんじゃないかしら。そっちの方がいざ私たち以外のキャラクターを登場させる時に便利よ」
「お前はそういうの考えるの得意なのか? 僕は全くそこまで頭が回らなかったわ」
「やっぱりあなた主役に向いてないんじゃない? 今からでも私が設定全部考えて説明までする有能な主役になってあげるわよ」
「だから上の指示だから……でも設定を考えるのはやって欲しいな」
「ただ楽したいだけじゃないの」
「バレたか」
「でも、まあ、いいわよ」
「え、マジで」
「マジでよ。ただ、今すぐは無理ね」
「いや今やってほしいんだけど」
「無理よ無理。だってもう疲れちゃったんだもの」
「……は?」
「今日はなんかもうテンションが上がらなくて。物語を構成する大事な要素ってなにかわかるかしら?」
突然なんだよ、と思いつつも考えてみる。
「世界観とか、ストーリーとか?」
「それも確かに大事よ。けれど、一番大事なのは登場人物だと私は思うわ」
そうか? とも思ったがまあ別にどれが重要かはプロじゃない限り人それぞれか。
「世界観やストーリーというのは、登場人物がいて初めてその価値があると思うの。つまり登場人物がいなければ物語は意味がないのよ!」
「おお!」
そう言われればそうな気もする。
「で、今その登場人物である私の気分が乗らないので今回はもうおしまいにしましょ。設定は次までに私が考えておいてあげるから」
「そんな理由で、こんな中途半端なところで終わらせられねぇよ!」
「あなたがなんと言おうとここで終わりにするわ。この物語はその場のノリだけで書かれているんだから、乗れなきゃ始まったばかりだろうといいところだろうと、オチがなかろうと終わりよ!」
なんてやつだ。ここはこの物語の主役として、僕がはっきりと言わなければ。
「そんなの上が許すわけな」
いつも設定を考えたあたりで満足してしまう
そこで考えた
「何も考えずにその場のノリだけで書けばよくね?」
その結果がこれである