第六章『彼(か)の幸福(しあわせ)』【前編】
私が、はじめて、その姿をみつけたのは、よく晴れたある春のことでした。
はるか遠方より訪れた、良き隣人。
誰もがそのひとを褒め称え、感謝するなかで、その当人である彼はしかし、いつもかすかに――悲しげに微笑していました。
ほんのちいさな、違和感。
それは彼と他を分ける、決定的な違い。
当時の私には、その意味など、とうていわかりませんでした。
――ですが、そんなことは、どうでもよかったのです……――。
彼は、驚くほど、美しい容姿をしていました。
深く澄んだ青い瞳、ぬばたまのような漆黒の髪、薄汚れてなお穢れない、象牙のような肌。
まるで天に愛された、「夜空の月の眷属」のような姿。
そんな彼は、しかし、けして着飾ることはせず、毎日村人に尽くし、よく微笑んでいました。
そして雨の日も嵐の日も、きまって花達を守っているのです。
その花たちはすべて、病めるひとに贈る花束であったり、ちいさな子どもに贈る花冠であったり……。
いずれにしても、誰かの役に立つためだけに、あるかのようでした。
そんな一輪一輪のちいさな命を、すっとした目を甘く細めながら――。
いつも、いつも、愛おしそうな……それでいて物憂げな瞳で、見守っているのです。
そして半年に一度、ふらりといなくなっては、また眉根を寄せ、なにもかもを失ってしまったような、茫然と――悲嘆に暮れた顔で帰ってくるのでした。
この村は、彼にとっては苦痛のように思えました。
隣人を愛す。そして、週に一度のミサに出ること。
それがこの村の数少ない「おきて」でした。
しかし彼にとって、果たしてそれが、よいことだったのかどうか。
私には、まるでそれこそが、彼を縛る無数の茨のように、思えてならなかったのです。
彼はいつも、苦い面持ちで、ミサに出ていました。
それはまるで――けして己は光をあびてはならないかのように……。
……じりじりと胸を焦がし、全身を焼き尽くそうとする痛みを、こらえるかのように――。
いつしか、私は、気づきました。
彼が、何かを悼んでいること。
後悔していること。
自分を、自分の過ちを憎んでいること。
ですが、それもまた、私のこの感情を妨げるものには、なりませんでした。
そうです。私は、もうすっかりと、あのひとに、恋をしてしまっていたのです……。
今でも覚えています。
彼に想いを告げた、あの嵐の夜を。
悲しく首をふった彼は、わずかに躊躇したあと、静かに私の涙を、ぬぐいました。
そしてまた、当惑したように、目を伏せるのです。
私は、どんな顔をしていたのでしょう?
――何が、彼を臆病にさせるのでしょう。
――何が彼を、苦しめているのでしょう。
そんな彼の痛みを、少しでいいから、分かち合いたいと思いました。
彼が姿をあらわさなくなって、そんなことばかりを、考えていました。
だから、次の嵐の夜、私は決めました。
彼に会いにいく、と……。