第四章『彼(か)の心』
わたしは、孤児でした。
わたしは、ひとりでした。
ほんとうは、違いました。
わたしには、母がいませんでした。
また、父にも恵まれませんでした。
しかしそんなことは理由になりえません。
与えられない愛を嘆くより、与える慈愛がわたしを生かしました。
――仮の話……そう、たとえ、愛知らぬ子に欠陥が生じるのが常としても、その欠落を、その差別を、その嘲笑を退けるのが、わたしの生きる価値でした。
そのためにわたしは絶えるわけにはいかず、しかし健やかに生きるには、この性分はあまりに分不相応でした。
なぜなら、わたしもまた、欠けていたからです。
ひとを恨む気持ちを、わたしは持ちえませんでした。
憎む気持ちも――。
嫌う気持ちも――。
それはわたしには理解しがたいことであり、一生かけても手に入れることの叶わない性質でした。
結局、わたしは、わたしを認めることができなかったのです。
許されない死を、望みさえしました。
許されない衝動を、恨みました。
そんな感情を抱くわたしを、憎みました。
この叫びは、どこに発すればいいのでしょうか。
この、生きながら死んでゆく心は、どうすればいいのでしょうか。
わたしは、わたしは、なんのために、生まれてきたのでしょうか?
価値ではなく、意味のために。他者のためでなく、自分のために生きることができたなら。わたしはきっと、幸せでした。
――あなたに会いたいです。
たとえその出会いが不幸だったとしても、かまいません。
わたしは、あなたをゆるします。
だから――。
もう一度、でいいんです。
どうか、かなえてほしいんです。
ねえ、神さま。
いえ、〈青い花の名のあなた(リシアンサス)〉。
今日だけは、お願いしてもいいですよね?
あなたに、わたしは、今すぐに……。